『ノクターナル・アニマルズ』映画評

トム・フォードの監督二作目となる『ノクターナル・アニマルズ』。現代美術の世界で生きる主人公とその過去、そして元夫が書いた小説が交差する複雑なナラティブに挑んだこの意欲作を映画批評家の大寺眞輔がレビュー。

by Shinsuke Ohdera
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21 November 2017, 7:13am

『ノクターナル・アニマルズ』は、第73回ヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを獲得したアメリカ映画だ。ジャンルとしてはネオ・ノワール、ないしは精神的サスペンス映画になるだろう。監督はこれが2作目になるトム・フォード。映画人以上にファッション・デザイナーとしての名声で知られている。だが、これは他業種の著名人が単なるアイコンとして監督の神輿に担がれた作品ではない。フォードが自ら100%出資した第一作『シングルマン』同様、『ノクターナル・アニマルズ』は彼の個人映画として見られるべき作品であり、かつてGucciやYves Saint Laurentといった老舗ファッションブランドを新しい魅力で再創造したように、物語からイメージの細部に至るあらゆる側面をトータルコントロールし、そこに自己を投影する映画作家という特権的職業を、彼はここで改めて再創造しているとも言えるだろう。事実、フォードは映画愛好家としても知られ、Yves Saint Laurent 2003秋冬コレクションではファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をモチーフとしたことでも有名である。

©️Universal Pictures

トム・フォードが『ノクターナル・アニマルズ』に詰め込んだ彼のパーソナリティは、ファッション・デザイナーという肩書きから容易に予想されるような、冷たい悪意に満ちたゴージャスでスタイリッシュな側面ばかりではない。確かにエイミー・アダムス演じるスーザンは、現代アートや高級ブランドに囲まれたエスタブリッシュメントの世界を生きている。それは『シングルマン』にも通じた、フォード自身がよく知る世界であるだろう。物質主義的世界での孤独という主題は、アルコールやドラッグへの依存によって多くの愛する人々を失った自らの過去を反映したものだと彼自身もインタビューで語っている。「人生の中で大切な誰かを見つけたら、その人を決して使い捨てにしてはならない」というフォードの言葉は、この作品の一つの側面を見事に表現したものだろう。だが同時に、この作品には強い暴力、怒り、復讐、そしてテキサスというファッション世界とはほど遠い舞台もまた登場する。スーザンが捨てたかつての夫エドワードの世界だ。そして、エドワードがスーザンに捧げた処女小説が、映画内で入れ子構造になったもう一つのフィクションとして作品に組み込まれる。この映画は、現在、過去、そして小説という3つの位相にまたがる複雑なストーリーテリングを有しているのだ。そして、それら3本の物語の糸は、やがて一枚の大きな生地へと織りなされていく。

エドワード同様、テキサスで生まれたアメリカ人フォードは、幼少時代からその地で自らに求められてきた典型的男性像からの乖離を常に感じてきたと言う。現在、13歳年上のジャーナリスト、リチャード・バックリーと同性結婚しているフォードは、自らの性的指向を自覚する以前、自室の壁にファラ・フォーセットのポスターを貼っていたと告白する。それは、一つの仮面だったのかもしれない。金髪で小麦色の肌と白い歯が印象的な彼女の姿は、フォードに押しつけられた「健全な女性像と性的対象」のイメージそのものだっただろう。フォードはそのイメージをこの映画の冒頭でグロテスクに変容させている。過剰に肥大したチアリーダー姿の裸の女性たちが花火を持って踊る様子がスローモーションで映し出されるのだ。彼女たちのヘアスタイルは、どこかフォーセットを想起させる。本編と直接関係ないこの映像からは、アメリカが自分に押しつけた文化に対するフォードの強い怒りと復讐心が感じられるに違いない。だが同時に、彼はこの場面を自ら撮影しながら、彼女たちが見せる圧倒的な身体的自由さに奇妙に魅了されたとも述べている。それは、彼が属しているファッション世界とは真逆の場所にある自由だ。確かに、フォードが感じた自由さが『ノクターナル・アニマルズ』の作品的魅力に結びついているとは言い難い。だがそこにはまた、新進映画作家トム・フォードの今後の可能性が眠っているかも知れないのだ。

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ノクターナル・アニマルズ
11月3日(金・祝)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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