NYヒップホップ界のレジェンドを撮影したフォトグラファー、ジャミルGS interview

ジャミルGSが、ジェイ・Z、ケリス、メアリー・J・ブライジなどのアイコニックなポートレートを販売するウェブストア〈The Dope Hip-Hop Shop〉をローンチ。

by Grant Rindner; translated by Nozomi Otaki
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08 July 2021, 3:18am

1970年代のヒップホップ黎明期、この世界で顔を知られることは、曲を聴いてもらうことと同じくらい重要だった。このジャンルがメインストリーム進出を果たすと、ウータン・クランやジェイ・Zなどのアーティストがポップカルチャーで影響力を強めるにつれ、ファンがヒットソングやファッショントレンドの裏側にいる人物を認知することは、ますます重要性を増していった。それとともに頭角を現したのが、ジャミルGSをはじめとするヒップホップ界の伝説のフォトグラファーたちだ。コペンハーゲンで、ムスリム・ジャズ界のレジェンド、サヒブ・シハブとデンマーク人のマイケン・ガルマンのあいだに生まれたジャミルは、多文化的な子ども時代を過ごし、グラフィティアーティスト/Bボーイとしてヒップホップの世界に身を投じるようになる。

父親の死後、ニューヨークに渡り、フォトグラファーとして活躍。彼が最初期に手がけたのが、1994年のi-Dのブロンクスに住むプエルトリコ系の女性たちのストリートスナップだ。その後ディアンジェロ、Juvenile、クイーン・ラティファといったミュージシャンのポートレートで知られるようになり、ジャマイカでも広く活動する。

BORIQUA woman photographed in a jewelry store by jamil gs

エレガンスと粗い質感が同居するジャミルの写真は、ミュージシャンの多くが体験してきた貧しい生い立ちだけでなく、ラップが世界共通言語となった今、彼ら彼女らが到達した高みも表現している。それは真っ赤な壁の前に立つメアリー・J・ブライジの1997年の印象的なポートレート、彼がi-Dのために撮影した若きフェイス・エヴァンス、世界貿易センターの前に立つジェイ・Zの力強い写真(ジャミルGSのウェブストア〈The Dope Hip-Hop Shop〉で発売中)にもよく表れている。

「あの頃の撮影は、ほとんどがかなりの低予算だった」とジャミルは回想する。「(自分の狙いは)ヒップホップの地位を向上させ、そのための空間をつくることだったけど、それはアフリカ系や有色人種全般のためでもあった。当時の彼らは正当な評価を得られなかったから。メインストリームのメディアでは特にね」

mary j. blige lying down on a couch photographed by jamil gs

The Dope Hip-Hop Shopで、ジャミルは自身の代表作のポスターやTシャツなどを手頃な値段で販売するとともに、長年にわたる作品の数々(もっとも古いのは1995年の写真)を展示している。ラップ人気が高まり、SNSによってアーティストが画像やビデオを共有する場を獲得すると、このジャンルで記録をとることは当たり前になった。しかし、ヒップホップの美学がメインストリームを席巻する土台が築かれたのは今から数十年前、ジャミルと仲間たちが手がけた『The Source』『XXL』『The FADER』『Rolling Stone』などの作品だ。これらの若く多様なバックグラウンドを持つフォトグラファーたちは、しばしば誤解され、社会から見放されてきたヒップホップを、まずは米国で、次いで海外で、ブラックカルチャーを祝福する唯一無二のジャンルへと変化させたのだ。

ウェブストアの開設をはじめ、ラップと写真の関係がいかに進化してきたのか、そして2021年5月に逝去した伝説のフォトグラファーCHI-MODUについて、ジャミルに話を聞いた。

JAY Z photographed in front of a yacht in nyc in 1995 by jamil gs

──これまで数々のアーティストとお仕事をされてきましたが、The Dope Hip-Hop Shopに出品する写真はどのように選んだのですか?

 (若い頃から)何度も展示会をやって、バイヤーやコレクターに直接写真を売ってきたけど、今回はしっかり準備を整えて、別のやり方で販売したかったんだ。印刷した写真は美術品とみなされ、それ相応の値段がつくものだけど、もっと多くのひとに手に取ってもらえる状況をつくりたくて。

出品するものに関しては、正直まだ悩んでる。まずは時系列順に並べるところから始めようと思った。それで結局、1995年のジェイ・Zを選んだ。これは僕が最初期に手がけたレコード業界の撮影だったから。まだ仕事を始めたばかりの頃だ。これは僕の基礎であり、ある時代の始まりでもある。ヒップホップ黎明期から〈ヒップホップの時代〉への進化だ。このジャンルにとっても写真にとっても重要な時期だった。

 ──あなたが仕事を始めた頃から、ヒップホップと写真の関係はどのように進化してきましたか?

 昔は写真は重視されていなかった。ただ必要だから撮っていただけ。その時代や、ステージ上のアーティストを記録することの大切さを誰も理解していなかった。僕は大のヒップホップ好きで、四六時中ヘッドホンで聴いていたけれど、 このアーティストたちは必ずしも写真とアートを同等に捉えていたわけではないと思う。彼らの考えが変わったんだ。

Raekwon and Ghostface Killah photograhed in NYC in 1995 by jamil gs

──ブロンクスに行ってShowbiz & A.G.を撮影したり、マグノリア・プロジェクトでJuvenileを撮ったり、あなたの作品は、その人ゆかりの場所で撮影しているものが多いですね。今は音楽業界で写真が増えたいっぽうで、何もかもがオンラインで公開されるということもあり、背景を説明する機会が減っています。フォトグラファーにとっても、ミュージシャンの背景を捉え、唯一無二のイメージをつくることが難しくなっているんでしょうか?

そのとおりだけど、何か新しいものが生まれることを願ってるよ。ヒップホップにはとても深い歴史があるから、なかなか難しいけど。僕が若いアーティストを撮り始めたときは、ヒップホップ自体まだ歴史が浅くて、勢いもなかった。まだ居場所を確立できていなかったんだ。

多くのひとは、レコード会社ですら、ヒップホップが長続きするとは思っていなかった。プラチナレコードに認定されたCDもほぼなかったし、まだ何十億ドルも売り上げる業界でもなかった。まだまだ新しいジャンルだったんだ。(アーティストたちは)数十年の歴史をあてにしたり、それを出発点として活用して、今後の展望を考えることもできなかった。

チャンスがなかったわけではないけど、それほど多くはなかった。あの頃はジェイ・Zもいなければ、億万長者の実業家ラッパーもいなかった。今はすべてのラッパーがそれをひとつの可能性として目標にするし、むしろそれを狙わない理由がないだろ? 「俺は最高のラッパーじゃないかもしれないが、実業家としてはピカイチだ」ってね。

d'angelo photographed on an nyc street corner in 1995 by jamil gs

──ここ数年で、あなたやCHI-MODUが駆け出し時代に手がけた作品を再評価する動きが高まっています。それには何かきっかけがあったんでしょうか? それとも偶然に始まったもの?

いや、 それは僕たちが生まれた時代に関係していると思う。まずはニューヨークとロサンゼルスに、その後は南部に、この時代はやってきた。NYの1990年代は、僕の両親にとっての60年代のようなものだった。ワイルドで自由で、ジュリアーニが市長になる前の時代。振り返ってみると、かなりクレイジーな時代だった。

あの頃の作品は、その時代のエネルギーを封じ込めたものが多い。それは音楽からも感じられる。僕にとって、当時の写真や音楽はタイムカプセルのようなもの。ある瞬間を凍らせておいて、いつでも開けられる、というような感じ。

君もあの時代に生まれたんだから、君だってその一部だよ。当時はまだ子どもだったかもしれないけど、そこにいたのは確かだ。君だってエーテルを通してあのヴィジョンを吸収したんだよ、わかるだろ? だから君の心にも響くはず。NYやLA、マイアミなど、その場で体験した人なら誰でもね。米国から遠く離れたここヨーロッパの人たちもそう。他のみんなから反響して伝わってくるんだ。

USHER posing on the back of a boat in the 90s photographed by jamil gs

──あなたは米国と縁があり、ずっと米国で過ごしていましたが、90年代のヒップホップの世界で、コペンハーゲン出身として認めれられ、そこに飛び込んでいくのは大変でしたか?

ブルックリン出身のひとがクイーンズに行くのと同じだよ。繁華街から住宅街に行けば、別の誰かの縄張りに入っていくことになる。僕は繁華街に住んでいて、アーティストはたいていブルックリン出身だった。僕たちは中立的な場所にいたんだ。20代前半の僕は若造だったけど、根っからのBボーイだった。他のアーティストもだいたい同世代で、クラブなんかで知り合ったひともいる。みんな同じ環境にいて、自由に活動しているひとりの若者からまた別の若者へと繋がっていった。

僕がこのカルチャーを後押しするために活動しているということをはっきり理解してもらったことも、一役買っていたかもしれない。それは僕の使命だった。ここにいる人びとの美しさに気づき、それを際立たせ、彼らを尊重するためなら何でもやった。バックグラウンドの違いによって誤解されたことは何もなかった。

jay-z photographed on a lexus by jamil gs

──〈American Royalty〉展のときのあなたのメッセージを読んでいたんですが、〈Ghetto Fabulous〉という写真のアイデアについて、「ヒップホップをストリートからヨットやペントハウスへと導く手伝いをしたい」とおっしゃっていましたね。その考えは、今あなたがアーティストを撮るときも変わっていませんか?

 ちょっと変わったかな。今はもっと人間的な面に目を向けるようにしてる。アーティストによってスタイルや育ってきた環境はさまざまだけど、その人がどんな人間かにフォーカスしてる。〈Ghetto Fabulous〉は、品格というテーマと深い関わりがある。これは僕が常に引き出し、焦点を当て、際立たせようとしている要素なんだ。

「これはフォトセッションで、厳密にはスナップの撮影じゃない。周りをスナップ風に見せることはできるけれど、あなたという人間にとって、この写真は100年後も残る。あなたはどんな風に自分を見せたい?」という感じでね。

 ──今はもう好きな仕事を選べる段階にいらっしゃいますが、一緒に仕事をしてみたいと思うのは、どんな新人アーティストですか?

僕は本当に音楽が好きなんだ。音楽はスピリチュアルで、とても重要なもの。そういう要素を備えているひとや、その可能性があると感じるひと(に興味を引かれる)。何かを聴いてこれドープだな、って思うのが大好きなんだ。

Raekwon and Ghostface killah photographed in nyc in 1995 by jamil gs

──最近亡くなったCHI-MODUとは、同世代のフォトグラファーとしてとても親しかったそうですね。彼にまつわるエピソードを教えていただけますか?

彼のあだ名のひとつが〈The People’s Champ(みんなのチャンプ)〉だったんだけど、彼はまさにその名のとおりの人物だった。長年写真や作品を売ってきたけれど、The Dope Hip-Hop Shopの立ち上げに関しては、彼が手伝ってくれた。僕より何歳か年上だったから、その分野にも精通していた。とても力になってくれて、本当に感謝してるよ。

著作権に関しては、彼はすべてのフォトグラファーのためにリスクを恐れず努力してくれた。だからこそ、彼は〈みんなのチャンプ〉なんだ。写真以外でも、とても重要な働きをしてくれた。それは彼を象徴するもので、永遠に生き続けるレガシーだ。

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