グライムメイト雑談:LA拠点の映像作家・Riko Uchidaとアーティスト・Nariakiの場合
グライム・カルチャーの根底にあるものは一体何なのか。グライムメイトであるLA拠点の映像作家・Riko Uchidaとアーティスト・Nariakiにロンドンで明かした数々のグライムナイトについて訊いた。
今、最も注目すべきムーブメントのひとつとして、Black Lives Matter(#BLM)運動が存在しているのは言うまでもない。BLMは警官による黒人に対する暴力行為への抗議をはじめ、構造的差別に抗議するムーブメントだ。そんなBLMだが、様々なアウトプットが見られる中で、イギリスではある種のカルチャーが若き黒人たちの社会に対する反抗心や心の打ち所を代弁している。そのなかでも強く投影されていると言えるのが、グライム・カルチャーである。

グライムはカリビアン系のイギリス人たちが持つ、独自の視点から見る社会への主張を表現するための音楽として誕生した。しかし、今では音楽にとどまらずファッションやライフスタイルにも影響しカルチャーとして存在している。ファッションの方面ではグライムにおける代表的なアーティストStormzyのパフォーマンス用のコスチュームをでアート界の異端児バンクシーが製作したり、Gucciがグライム・カルチャーのユニフォーム的ファッションであるトラックスーツを販売したりしている。また、Louis Vuitonのメンズアーティスティック・ディレクターであるVirgil AblohはLouis Vuitton menswearの最初のショーでグライムアーティストのOctavianをモデルとし起用するなどしている。さらにグライムは国境を越え、アメリカでも広く受け入れられており、Frank Oceanがグライムサウンドの鬼才Skeptaとコラボし、Little Damonという曲を出すといったことまでも起こっている。グライム・カルチャーはイギリスの若者たちが社会における感情が生々しく表現されたライフスタイルであり、多種多様な人々に受け入れられている文化なのである。
今回はそんなグライム・カルチャーについて学ぶためにグライムメイトでもあるロサンゼルスを拠点としながらロンドンのCentral Saint Martinsに通っている映像作家 Riko Uchidaとアーティスト、Nariakiにロンドンの片隅にひしめく若者文化、グライム・カルチャーとはどんなものなのかということについて教えてもらうことにした。若者の社会に対する様々な思いを原動力にスタートした音楽は今ではカルチャーとして大成し、様々な分野、人々に影響を与えている。ある意味で、最も勢いを持ったBLM運動であるといえるし、構造的差別を受ける被害者たちにとっては偉大な希望なのである。私たち含め、多くの若者は様々な感情を社会に対して抱いている。しかし、私たちの多くはそれらの感情をムーブメントに変換する方法を知らない。グライム・カルチャーは言語化しにくい感情をムーブメントへとどのように変換するか教えてくれる。真に声を上げる必要がある時のために、真に運動を起こす必要がある時のため、共に学ぼう。
― 二人はどうやって仲良くなっていったのですか?
Riko Uchida(以下、R):グライム、そう音楽ですね。
Nariaki(以下、N):音楽もだし、カルチャー大好きだし、お互い日本人だし。
R:Keep Hush(キープ・ハッシュ)のイベントに行ったときに一気に仲良くなった気がする。
― “Keep Hush”?
N:ロンドンを拠点にしたコミュニティーで。開催場所が一時間くらい前に発表される形式をとっていて、どこでやるかは事前にはわからない。突然、マンチェスターで開催告知されたりすることもある神出鬼没なパーティです。
― ということは、場所と時間次第では行けなくなりますよね?
N:そうなります。あとKeep Hushにメールアドレスを登録しておかないと開催場所の情報は送られてこないんです。
R:そう。ひとつ自分からエフォート(努力)をしないとコミュニティには入れないっていう仕組みになっていて、だからこそコミュニティーが形成されて、本当に行きたい人だけが集まってくるようになっているんです。
― お二人がみてきたロンドンのアンダーグラウンドなグライムシーンについて知りたいです。
Riko:とにかく、ロンドンのグライムのイベントには決まった型とかルールがなくて、完全にDIY。他の人達のものでもないし、自分達のスペースを持っていて、参加者全員で作り上げるというDIY感がアンダーグラウンドなグライムの特徴だった。参加者に共通して言えることは、みんなオープンマインドでクリエイティブ。「みんなで作り上げる」という鉄則が自然とコミュニティ形成を促すのかもしれないですね。
― イギリスのユースたちがそのようなイベントに訪れるモチベーションは何だと思いますか。
Riko:教会に行くみたいな感じ。同じモノを信じて共有するため。多分ある種の宗教のようなものですね。
― 彼らは何を共有していると思いますか?
Riko:社会的な立場からの「痛み」と「怒り」ですかね。グライムのイベントに行くとそれを共有できる人が集まっているので、共に分かち合いに解放するためなのだと思う。ロンドンの友達は一種のセラピーみたいって言ってたぐらい。きっと、ある種の「Escapism(現実逃避)」なのかなと。

― 具体的に痛みや怒りを共有する方法ってありますか?
Riko:スラングを言い合うことかな。実際にストリートで感じる痛みと怒りを持った人にしかわからなかったりする「言葉」を共有することで、解き放たれるんだと思います。私が感じた、グライムの原点はストリートの中に生きているということでした。。特定の地域、特定の人種としてイギリスで生活する若者たちが、自身が感じる社会的抑圧や政府からの抑圧を声にして、ラップにして意見するのがグライムの根底だと思います。
― この社会的背景が生み出したカルチャーに、Rikoさんと小袋さんがハマった理由、は何だったのですか??
R:Central Saint Martinsで勉強するためにロンドンに行ったんですど、自分の居場所をなかなか見つけることができなくて。でも、友達にグライムのイベントへ初めて連れて行ってもらったそのイベントでは音楽だけじゃなくてみんなの一体感がすごくて、居心地が良かったんですよ。そういう居場所としてのグライム、一体感があるものとしてグライムに惚れましたね。
N:僕はただ単純にイベントに行って彼らがエネルギーを解放しているのを見るのが好きでした。今もし僕がグライムのイベントに行ったら最年長になっちゃうんじゃないかな。集まってる子たちは10代後半と20代前半だからみんなエネルギッシュで反抗的で革命的で、彼らは常にイライラしているんですよ。若い人たちがテンポの速いラップに乗って、身体を動かして、イライラを爆発させてる場としてグライムが受け皿となっているのは面白い現象だと思いますね。


― テンポが早かったりするのって何か理由とかあったりするんですかね。
R:イギリスにいるときに友達とそのことについて話してたんですよね。で、その理由が走るときのテンポ感とよく似てるからって言われて、「走ることとグライムなんの関係があるの?」って聞いたら、「We are always running. (僕たちは常に走り続けている)」って返答してきたんですよ。「何から走ってるの?」って聞くと、「警察から逃げるため、友達から、両親から、僕たちはいつも走り続けてる」って説明してくれました。 そんな社会的圧迫を反映した音楽でもあるんですよね。グライムって。
― ”We are always running.” ですか。
R:そうそう。あと、その’We are always runnning.’っていう重要なグライムの特徴は音楽だけじゃなくて、ロンドンのファッションにも影響を与えているんです。今のロンドンの若い子はみんなトラックスーツを着ていて、実は、トラックスーツってグライムのユニホームなんです。トラックスーツがユニホーム化した理由として、着心地や動きやすさというのがあります。ストリートに生きるロンドンの黒人たちは常に走り続けなければならない。グライムの音楽、ファッションのルーツは特定の地域に追いやられたストリートに生きる黒人たちが感じたり、実際受けている社会的抑圧を理由としたトラブルを彼らの目線で伝えるというところから始まっているんです。そのような社会的背景があり、彼らが着る服につながっている、そして、今のファッションシーンにも影響を与えているんです。

― スケプタとかもトラックスーツを着ているイメージがあります。
R:スケプタはまさにファッションアイコンですよね。彼がデザインしたスニーカーを若者がよく履いているのを見るし、彼のファッションスタイルはかなりの影響力がありますよね。。でも彼自身がそういう環境で育って、グライムカルチャーが生活のベースだったわけで、ファッション業界がグライムのスタイルをハイファッションに落とし込んでいるのは、グライムというものが音楽やアンダーグラウンドだけではなく、他の業界にまで影響を与えているカルチャーになった証明だと思いますね。
― 最近のグライムのおすすめアーティストとかっていますか?
R:私が推したいのはM.I.Cかな。彼の音楽は政治についてよく話していて、イベントでもパフォーマンスを通して、その声を発信しようとしてる。面白いよね。新しいグライムっていう感じ。
N:Kanoですね。超有名なんですけど、サウンドというよりも役者として、僕は好きですね。
「Top Boy」とか最高ですよ。「Top Boy」って、イギリスのストリートをリアルに映し出したドラマなんですけど、彼の地元でも撮影をしてたらしくて、「あっちの角はあいつが死んだところだから、あそこで撮ろう」みたいなスタイルで撮影をやってたみたいです。やっぱりストリートから来たんだなっていうのがバシバシと伝わってくるところがやられちゃいますね。
― 今のグライムシーンはどのように進化していると思いますか?
N:今、日本ではヒップホップが市民権を得てますよね。ある程度の有名な番組でフリースタイルのラップバトルが放映されていますし、その状況と今のグライムシーンが似ているようにも感じます。大物グライムアーティストがアメリカのテレビに出て、イギリスではどこかのチャンネルをつければグライムが流れてくる状況。グライムがアンダーグラウンドから、ポップなものになっているという状況に、「は?」って思う人もたくさんいると思います。方向性とルーツがあやふやになってしまっているというか、僕はそのあやふやになっている状況をあまり面白いとは思えない。逆に、Boy Better KnowとかSkeptaみたいなアングラであることを守りつつ、表舞台でガンガンやってる人たちは面白いし、かっこいいと思いますね。
R:やっぱり、グライムの変わらない部分っていうのは、若くてエネルギッシュなサウンドであって、若者たちのための音楽であり場所なのだと思います。
N:パンク精神を持った音楽と言えますよね。その昔パンクロックだったものがグライムに変わってるのかな。いつの時代も若者たちの怒りと反抗心って常に存在してて、その受け皿となっているものが今はグライムなのだと。そう思えば、現代の日本には若者たちがそうやって息抜きできる受け皿がないのかもしれませんね。












All images courtesy Riko Uchida
Interview and Text Kazuki Chito