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『ソニータ』の監督が語る、映画以降のソニータとイランの音楽業界事情

イランに暮らすアフガン女性が直面する苦難と、その現実に立ち向かう姿を収めたドキュメンタリー映画『ソニータ』。監督のロクサレ・ガエム・マガミがソニータを追うことになったキッカケとイランのいびつな音楽業界を語る。

by Oliver Lunn
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19 October 2017, 5:12am

ドキュメンタリー映画『ソニータ』で、16歳の少女がラップを披露する場面がある。この歌は、彼女が友人のひとりに向けて書いたものだそうで、その友人はこの曲を聴いて涙する。なぜそこまで歌詞に心動かされたのか訊かれた友人は、こう答える。「父に伝えたいそのままの言葉だったからです」

このティーンのラッパーは、ソニータ・アリザデ(Sonita Alizadeh)。イランに亡命したアフガンの難民だ。彼女はイランやアフガニスタンで10代にして嫁として身を売られる若い女性たちの現状を歌い、社会に中指を突き立てているラッパーだ。「私たちは羊じゃない。価格がつけられるおぼえはない」と彼女は友人に歌う。

目を背けたくなるような現実をまざまざと描き出すこのドキュメンタリーは、ロクサレ・ガエム・マガミ(Rokhsareh Ghaemmaghami)監督によるもの。反逆の精神を宿し、ときに残酷な現実を前に恐れず立ち向かう勇敢なティーンを克明に捉えている。そう、これは「大きな夢を持ったティーンの女の子の話」だ。しかし、イランという国で夢を持つということが何を意味するか、読者の皆さんには想像がつくだろうか? 歌手になる夢を、見ること自体がいかに難しいことか。イランでは女性がひとりで歌を歌うこと、ましてやレコーディングをするなど、政府の許可なしにはできないのだ。さらに劇中で母親が彼女のもとを訪れ、花嫁として売るためにアフガニスタンに連れ帰ろうとする。ソニータはロクサレに助けを求める。しかし、彼女はドキュメンタリー作家だ。そこで個人的な感情で介入することが、果たして正しいことなのだろうか。監督は悩む。しかし、私が助けなかったら、ソニータは一体どうなってしまうのか……?

——ソニータと、その壮絶な物語との出会いについて聞かせてください。

「児童労働に苦しむ子ども達やストリートチルドレンをサポートする団体でソーシャルワーカーをしているいとこを通じて知り合いました。もともとは、ソニータの音楽の才能と夢を知ったいとこから「すごい子がいるから、なんとか世界にこの子を」とお願いをされたんです。当時の彼女は16歳で、すでにラップを1曲レコーディングして、ミュージックビデオも自分で撮り、編集まで済ませていました。すべてスマートフォンでね。そんな才能溢れるソニータを「誰かミュージシャンの知り合いに紹介してもらえないか」と、いとこは私に聞いてきたわけです。私は純粋にソニータの作品に感動したので、なんとかして助けになろうと決めたのがきっかけでした」

——イランの若い女性ラッパーとして、彼女に希望はあると思いましたか?

「彼女を知っていくにつれて、彼女が持つストーリーに興味を持ち始めました。ドキュメンタリー映画を撮るという意味では、彼女のストーリーはあまりにダークでしたね。そこには希望がないように感じられました。ドキュメンタリー映画として、彼女に関するいくつかの公的書類を入手しようと何度も試みましたが、それすら叶わなかったんですよ。私すら希望を失いそうでした」

——ソニータはリアーナのファンなのですよね。しかし彼女は、自らの作品ではイランとアフガニスタンに若い女性として生きる現実をラップで訴えています。ソニータは、これまでもずっと若い女性のために音楽で戦ってきたのでしょうか?

「初めてラップを聴いたとき、"私はこれをやっていきたいと思った"と彼女は語っていました。彼女には、世に訴えたいことがたくさんあったし、多くの言葉を曲にのせることができるラップなら、彼女が世に聞かせたいストーリーをそこに描くことができると感じたわけですね。彼女が生まれ、そして育ったコミュニティは、いずれも女性に声が与えられていない——イランに暮らすアフガン人は300万人。彼らは隔離されて生きています。さらに女性は外出することまで禁じられていて、近隣住民と話す自由すら与えられていないのです。ソニータはそんな現実を歌い、コミュニティに変化を生みたいと考えたわけです。ですが変化を生むには、まず外界の人間と繋がる必要があった。話をして、声を聴いてもらわねばならなかったんです」

——このドキュメンタリーを観るまで、イランに女性ラッパーがいるなんて思いもしませんでした。女性がラッパーになるということは、イランで可能なのでしょうか?

「イラン人の女性ラッパーはたくさんいますが、もれなく国外に住んでいます。イランの女性歌手たちは、自由な活動を制限されていて、レコーディングもできなければ、コンサートも開くこともできません。ロックやラップなど、現代に生まれた"西洋音楽"の多くはイラン国内で禁止されているため(男性も同様)、大きなアンダーグラウンドのミュージック・シーンが盛んなのも特徴です。といっても、一応は違法行為であるわけですが、それに違反して殺されたなどという話は聞いたことがありません。ただ、イランではその様子を報道してはならないし、アルバムをレコーディングすることも、コンサートを開くことも許されていないんです。そこで、多くのアーティストはイラン国外でレコーディングを行い、インターネットで発表し、パフォーマンスを世界に発信しているというわけです」

——劇中、ソロで歌おうとしたソニータは困難に直面しますね。

「そうです。イランでは、まず女性がレコーディングをするには政府の許可が必要で、それも男性歌手とのデュエットでなければいけないという不思議なルールがあるのです」

——ソニータは奨学金を得て、アメリカへ渡ります。あれ以来、彼女は家族に会っているのでしょうか?

「Skypeで顔を合わせているようです。仕送りまでしているようですよ。祖国のお母さんは、もう働かなくていいと喜んでいます。ソニータがアメリカに渡るまでは学校に行けなかった子ども達も、今では学校に通っています。すべてソニータのおかげだと、みんなが感謝し、彼女を誇りに思っているようです」

——ソニータの家族は彼女を"一家の恥"などとは思っていないんですね?

「ソニータは、メディアでどう振る舞えば家族が自分を誇りに思ってくれるかをよく理解してるんです。アメリカではきちんと伝統装束をきて、Channel 4でもBBCでもきちんとヴェールをまとい、決して西洋の女の子を真似るようなことはしない。彼女のコミュニティに受け入れてもらえる格好をすることで、彼女が訴えようとしているメッセージがより正確に伝わると、彼女は解っているんです。見た目で否定されたら、言葉を聴いてもらうどころではなくなってしまう、とね。だから、伝統としきたりに敬意を払った服装を欠かさないんです」

——渡米して以来、ソニータは一度でも帰ったのでしょうか?

「帰っていません」

——危険を伴うのですか?

「いいえ、単に今はそんな暇がないんだと思います。彼女は渡米する前、一度も学校に通ったことがなく、今は英語も早く話せるようにならなくてはならない。大変なことですよ、人生初の学校がすべて外国語での授業というのは。すべてが大変で、今はソニータにとって試練のときなのです。ですが一時帰国はしたがっています。変化をもたらしたい、と」

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@OliverLunn

Credits


Text Oliver Lunn
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

Tagged:
Culture
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