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ポップカルチャーの言語の壁を打ち破るファン翻訳たち

K-POPから、ノルウェーのドラマ、中国のテレビ番組まで──好きが高じて、歌詞やインタビューを翻訳し、映画やドラマに字幕をつけるファンたちがいる。コミュニティ同士の距離を縮め、異文化の交流を促している〈ファン翻訳〉の世界を紹介。好きこそものの上手なれ!

by Rhian Daly; translated by Nozomi Otaki
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05 August 2019, 6:49am

Photography Scott Kowalchyk / CBS

「中学の頃からずっと韓国ドラマが好きだったんですが、当時の韓国語の知識は、単語をいくつか知ってる程度でした」と23歳のナディアは回想する。K-POPの曲を一緒に歌ったり、必死に字幕を追うことなくNetflixで『テラスハウス』を楽しんだり、その国の言語の実践的な知識はないが、アニメのストーリーをどうにかして理解したい。そう願う彼女のようなファンは多いはずだ。

グローバル化やインターネットによって様々な壁が打ち破られている今、境界線がなくなりつつある世界では、意識的に探さなくても、他国の音楽、映画、テレビ番組、文学を簡単に享受することができる。しかし、その国の言語に堪能でなければ(もしくは少しでも知識がなければ)、何に触れるにしても、異国の文化のすべてを理解するのは難しい。

そこで登場したのがファン翻訳者だ。彼らは熱心なポップカルチャーファンで、同志たちがそれぞれの世界の一員であると感じられるように全力を注いでいる。誰もがバックグラウンドに関係なく、SNSやYouTubeなどコンテンツの宝庫を楽しめるよう、ファン翻訳者たちは、好奇心旺盛なファンたちと彼らの好奇心のあいだの架け橋となり、動画に字幕をつけ、インタビューを翻訳し、文化的背景を説明している。

ナディアもそのひとりだ。ジャカルタに住む彼女は、日中は金融業界で働いているが、暇な時間には世界的人気を誇るK-POPグループBTSのコンテンツを、彼女の母語であるインドネシア語に翻訳している。彼女は、BTSと同じ7人のグループINDOMY(インドネシア人(Indonesian)とBTSのファンARMYを掛け合わせている)のひとりだ。ナディアは、BTSをきっかけに、「メンバーが話していることを知り、歌詞を理解する」ために韓国語を学び始めたという。彼女はBTSの楽曲や韓国のライブストリーミングサービス〈VLIVE〉で韓国語を学び、YouTubeの動画や他のウェブサイトで文法の知識を身につけていった。

「面白いものや何かためになる情報を見つけたら、ARMYと一緒に笑ったり、皆にそれを知ってほしい」と彼女は翻訳したコンテンツを他のファンと共有する理由を語った。「BTSのコンテンツを観るだけで元気が出るんです。だから皆にも共有したい」

ナディアは暇な時間に翻訳に勤しんでいるが、ほぼフルタイムで趣味に打ち込むファン翻訳者もいる。ジェレミー・”デスブレイド”・バイは、ボランティアとしてファン翻訳の活動を始め、今は中国の武俠小説の翻訳で生計を立てている。

「一時期は週30時間くらい翻訳をしていました。しかもフルタイムで働きながら。さらに子どもも生まれたんです」と彼は説明する。「自分でもどうしてあんなことができたのかわかりません。すごくキツかった」

ファン翻訳者が活躍しているのは、アジアの文化だけではない。ノルウェー発のティーンドラマ『SKAM』は、視聴者たちがGoogle Driveのようなプラットフォームで英訳をシェアしたおかげで、口コミで世界中に広まった。本作が他の国でリメイクされたさいも、ファン翻訳が行なわれた。

オランダ語版『SKAM NL』の製作が発表されたとき、ファンのひとりのエステルは、自分も翻訳に参加しようと決めた。「ただコンテンツを消費しているだけじゃない」と彼女は訴える。「皆ドラマを〈体験〉し、リアルタイムで関わっている。世界中の十代の子たちが、キャラクターの生活を体験しているのをみて、私たちも翻訳を通して貢献したいと思ったんです」

エステルは、ドラマの製作準備段階からTumblrページを立ち上げ、ネット上でドラマについて話していたファンたちに、翻訳チームを結成しようと持ちかけた。その後、彼らは翻訳者を募り、経験とスキルに基づいてメンバーを選んだ。現在、彼らは11人のチームで(ひとりはオリジナル版『SKAM』の翻訳グループのメンバー)、ドラマ本編、ショートビデオ、SNSのメッセージを翻訳している。

「チームに入ってから、コミュニティの一員だと実感できることがすごくうれしい」と今年4月にオランダの翻訳チームに加わった18歳の学生、タイナはいう。

「こういうコミュニティにいると、皆の距離が近くなる気がする」とエステルも同意した。「これは〈人民による、人民のための〉活動なんです」

ファン翻訳者には、新たな友人をつくったりファン同士が繋がる以外のメリットもある。前述のジェレミーは、翻訳の仕事をするだけでなく、翻訳からヒントを得たという小説『Legends Of Ogre Gate』を出版した。また、ナディアは韓国語の知識を活かし、2018年のアジア競技大会でバレーボール韓国代表の渉外係を務めた。

中国とインドネシアにバックグラウンドを持つ22歳の学生、ジアリンは、国際チームのメンバーとして、人気上昇中の中国人俳優、屈楚萧(チュー・チューシアオ)のインタビューを英訳している。また彼は、オペラ、ベル・カント、クラシック、ミュージカル歌手が競い合う中国のスター発掘番組『声入人心』の字幕翻訳も手がけている。これらのプロジェクトを通して、彼は、「自分自身と折り合いをつけ、ずっと嫌っていたルーツを受け入れる」ことができたという。

「僕たちはインドネシアではマイノリティで、政府は1966年、中国語の使用や中国の文化を禁止しました。中国名をインドネシア名に変えなければならず、言葉を話すことを禁じられ、祭りを祝うこともできなかったんです」

今では禁止令は廃止されたが、インドネシアにはいまだに人種差別が残っている、とジアリンは訴える。

どんな物事にも負の面はあるが、ファン翻訳もそうだ。たとえば、ナディアが指摘したように、誤訳は許されない。誤訳は誤解を生み、それがネット上で事実として広まれば、アーティストや作品の評価を傷つける恐れもある。今回取材した翻訳者たちは、ほぼ全員がある一部のファンの態度に言及し、特にジェレミーは、プロの翻訳者(と武俠小説の世界でのネット上の有名人)になってから何度も批判を受けたという。

ファン翻訳者は、表面的にみれば、他人の楽しみのために無私無欲で自分の時間を犠牲にする、親切なグループかもしれない。しかし、彼らはポップカルチャーを変え、より広いオーディエンスが異文化にアクセスできるように、積極的に働きかけている。

『SKAM NL』翻訳チームのメンバー、ローラは、エンタメそのものにおける不均衡を正したい、と考えている。「メディアは米国や英国の番組で溢れていて、他国の作品は正当な評価を得られていません。米国や英国以外の国で、国際的なファンダムをつくることで、他の国でも同じような番組が製作されるようになるはずです」

「翻訳された番組を通して、様々な国のひとびとが『SKAM』のような美しい作品について交流し、絆を築くことができるのは、すばらしいことだと思います」とタイナはいう。

ジアリンは、翻訳コミュニティの活動のおかげで、中国の歴史や文化への関心が高まっていることを実感している。「何よりも大切なのは、僕たちが中国のひとびとや文化へのステレオタイプを打ち破る助けになっていることだと思う」と彼は述べ、これは他の多くの文化にも応用できる、と訴えた。「たとえ少しでも偏見が減らすことができれば、それは大きな一歩です」

This article originally appeared on i-D UK.