lirotoの序幕:デザイナー富塚尚樹 interview

「偶発的に生まれたものが悪いという考えはまったくありません」。tricot COMME des GARÇONSのパターンナーを長年務めた富塚尚樹が、lirotoのファーストコレクションで表現したかった思いとは?

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maj 29 2018, 3:19am

2018年3月20日の夜、富塚尚樹が手がけるliroto(リロト)のデビューコレクションが発表された。「現代の東京らしいクラシック」をテーマに掲げたショーは、lirotoの“ミューズ的存在”ともいえる玉城ティナ、琉花、モトーラ世理奈の3人が、富塚の“ショーまでの日々を綴った日記”を朗読して静かに幕をあげた。演出を手がけた〈マームとジプシー〉主宰の藤田貴大によって3部構成に仕立てられたロマンチックなショーを頭のなかでリフレインしながら、lirotoのアトリエに向かった。

「デビューブランドがショーをやる、という反常識的なことをやりたくて」。どこか禁欲的で抑制された色彩、少女性が香ってくる装飾、そして不思議な造形の数々……。彼が思い描くブランドイメージは、ショーのあらゆる要素からひしひしと伝わってきた。「まずは自分の好きな方向性、僕が今できることの100%を“表現”として出しきることが最大の目標でした」。今回のショーは、パターンテクニックをデザインプロセスの中枢におくlirotoの“自己紹介”的なプレゼンテーションなのだ。

東京で生まれ育った富塚の眼に、ファッションの道がはっきりとうつり込んだのは高校生の頃だった。「SUPER LOVERSや渋谷系ブランドが台頭してきた90年代半ばに、『Zipper』や『smart』、『FRUiTS』を読み始めたことがファッションの楽しさに気づく入口でした。その頃から70年代の音楽が好きになり、UKロックに夢中になり、必然的にモッズにも影響を受けましたね」。新宿や代官山、原宿に行けば、90年代を彩った同時多発的なカルチャームーブメントが彼を刺激した。「COMME des GARÇONSはもちろん、MASAKI MATUSHIMA、TRA I VENTI(20471120)が躍動していた時代。クリストファー・ネメスがではじめた頃でもありました」。自身が共感できるブランドと出会い、専門学校への入学を決めた頃から“デザイナー志望”をずっと心に抱いていたという。「それまで特技と言えるようなものがなかったんです。勉強もスポーツも得意な方ではなかったけど、専門学校に入って服を作ったら成績がすごく良かった。ようやく自分の特技を見つけたと思いましたね」

専門学校を卒業後に渡仏し、MARC LE BIHANのアトリエで経験を積んだのち帰国。今では「最大のリスペクト」を捧げるCOMME des GARÇONS社の門を叩き、主に栗原たお率いるtricot COMME des GARÇONSで企画・パターンを担当してきた。「内部にいると自然なことでしたが、退社して初めて自覚した“すごみ”は数え切れないほどあります」。改めて確認するまでもないが、あらゆる側面の“高水準”を有する世界でも指折りのもっともクリエーティブカンパニーのひとつである。「僕より先に辞めた人たちから『ものさしができる』という話を聞きますが、それは服そのものの品質についてだけでなく、デザインに対する探究心を常にハイレベルで維持しないといけないという気概のようなもの」。CdGでの約14年間——そのたしかな経験が、lirotoの服作りを裏打ちしているのは疑いようもないが、彼は明瞭に語りを続ける。「たしかに“超えられない壁”としてあり続けると思います。それでも僕自身のバックグラウンドを打ち破るような“新しさ”を内包したクリエーションを生み出さなくては、ブランドを続ける意味はないと思っています」。その意志は明快だ。

デザイナー自ら、アトリエのラックにかかる服を手にファーストコレクションの解説をしてくれた。今季のスタートラインのひとつは、川上未映子が脚本を手がけた〈マームとジプシー〉の舞台「みえるわ」の演目のなかで、彼が制作を担当した「水瓶」の衣装だという。「今回つかわれた川上さんの詩のなかでおそらく唯一、都市を名指しする固有名詞として“渋谷”がありました。何かに葛藤する女の子が登場する詩で、川上さんはなぜ“渋谷”という言葉を使ったのか。その意味と、東京で生まれ育った僕のバックボーンをすり合わせながら、自分が数十年間抱いている“東京”のイメージを紐解いて素直に表現しようと思いました」。その回答のひとつが、“近未来”的なハイテク素材と“クラシカル”な装飾性の調和だった。PVCのビニール素材に直接刺繍を施した、彫刻的なフォルムをしたドレスは今シーズンのハイライトだ。

この衣装撮影で、スタジオの照明が服に反射して黒い服地にぼんやりとした青い光が宿ったと言う。実際の演劇中は渋谷の街の光景がプロジェクターで投影され、光を吸収したドレスの黒色はまた表情を変えた。「その色がとても綺麗で、どこか“東京的”だとも思ったんです」。この発見がコレクションに深く影響していく。「その時まではナチュラルな生成りの服をデビューコレクションの試作として作っていたのですが、全部やめてしまったほどに」。

コレクションは黒を基調に、鈍い光沢のあるダウン素材、水彩画のような花柄のテキスタイル、フリルの装飾などが彩る。「たとえばフリルとかの“可愛い”ディテールは数百年以上前からずっと引き継がれているもの。ヴィクトリア時代の資料をあさることが多いのですが、それは普遍性に対する共感であり、リスペクトなのです」。可愛いものは、時代と場所が移り変わろうとずっと可愛い、と彼ははっきりと断言する。「展示会に来た20歳くらいの女の子が服をみて“可愛い”と言ってくれて初めて、僕が20年以上抱いている感覚をいまの時代が受け入れてくれたような気がしたんです」

「富塚さんの服は、どの角度からみても様子がちがう」。藤田貴大に言われた言葉だという。富塚はおもむろにある一着の型紙を取り出した。「すべて直線のパターンで、カーブがないんです」。スウェット地などのトップスは、ギャザーをよせたり、ステッチを加えたりすることで部分的なボリュームが立ち現れている。直線だけでパターンをひいた一着を起点に、服同士を合体させたり、一着の着方を変えたり、素材を変え、ときに必要なアイテムを加える。ひとつの造形を複眼的に捉え直しながら、まるで数珠つなぎのようにコレクション全体が構成されている。「服やスタイリングの完成形をはじめからデザイン画で描くことは僕にはできません」。ただ、小手先の技術ではなし得ない、長年の経験こそが裏打ちする方法論でもある。「僕にとって、パターンをひき、ボディにあてながら“かたち”を探っていくことこそが、イメージを広げること、画を描くことと同じ意味を持つんです。だからなかなかコレクションの終わりがみえない。発表まで間もないときなんかは、スタッフの心配が緊張感に変わって伝わってきましたよ(笑)。それでも、きっと僕は、この方法を続けていくのだと思います」

彼にとって“未完成な一着”である限り手を動かし続け、ようやく生み出される服に宿るのは、lirotoが模索し、再表現する“現代の可愛い”エレメントなのだ。「偶発的に生まれたものが悪いという考えはまったくありません。どんなプロセスを経ようと、それが“可愛い”と直感できたらそれで良いという思いの方が強いですから」