アフリカに暮らすアルビノ女性

差別に屈することなく強く生きる女性の姿を捉えたウガンダの写真家サラ・ワイスワに話を聞いた。

by Sarah Moroz
|
09 August 2016, 4:42am

photography sarah waiswa

遺伝子情報の欠損でメラニン色素が欠乏する遺伝子疾患、先天性白皮症。別名アルビノ。シリーズ『Stranger in a Familiar Land』で、フォトグラファーのサラ・ワイスワ(Sarah Waiswa)は、ナイロビ最大にしてアフリカ最大でもあるスラム街キベラで、アルビノへの誤解と偏見に立ち向かい戦う若い女性、フローレンス・キソンベ(Florence Kisombe)をドキュメントしている。そこには、サハラ以南のアフリカで人々がアルビノたちへ向ける侮蔑の視線が見て取れると同時に、それをはねかえそうと果敢に生きるフローレンスの姿がある。サラ・ワイスワ曰く、このシリーズは「太陽の光と社会が彼女たちに突き付ける苦難」を描き出しているのだそうだ。フローレンスの白い肌——そして彼女の紫色のブレイズとミントグリーンのドレス——に、周囲はあからさまに偏った視線を向けている。しかしケニヤと隣接する国タンザニアにおいては、事態はより深刻だ。アルビノが魔力を有していると今でも信じられており、その骨や肉、体毛にいたるまでを薬やお守りとして売るために、呪術医がアルビノを殺害するなどの行為が公然と行なわれているという。

そんな状況下でアルビノが抱える孤独を、ワイスワの写真は如実に物語っている。オーバーサイズのメガネや長いフェザーイヤリングなど、フローレンスが身につけている楽しいアクセサリーの数々は、彼女の反抗と反逆の精神を表しているものの、傷ついた彼女の気持ちを完全に隠してくれてはいない。サラがある写真に添えたひと言に、こんな一節がある。「今日はとても自分が醜く思える。昨日はもっとひどかった。自分の写真を見て、"自分じゃない誰かになりたい。綺麗になれたらと思う。誰かに愛してもらえるような誰かに……息が苦しくなるときがある"」 ——フローレンスの孤独感に共鳴したサラが紡いだ言葉だ。

ウガンダに生まれたサラだが、現在はケニヤのナイロビに暮らしている。社会学と心理学で学位を取得したサラ。しかし今、彼女は「新たなアフリカのアイデンティティ」を探る手段として、写真を用いている。周囲の期待や過去の伝統にとらわれない生き方を模索する新たな世代が生み出している、アフリカ生まれの新たなアイデンティティだ。そんな彼女の『Stranger in a Familiar Land』は、今年初旬、南フランスはアルルで開かれる写真祭Recontres d'Arlesでディスカバリー賞を受賞した。

あなたにとって「ニュー・アフリカン・アイデンティティ」とは一体何を意味しているのでしょうか?
私がまだ幼少の頃には「これが良いアフリカ人の子供のありかた」という暗黙の圧力があったんです。ファッションやキャリア選択、セクシュアルアイデンティティなど、自分を表現したり意思表示をしたりというということはあまり認められていませんでした。そうした風潮も近年になって変わり始めていて、今の若い人たちは果敢に自分たちを表現するようになってきています。夢を追い、社会からの期待をベースにした人生の選択を拒否しているように思います。

アフリカのイメージが今後どう変化していくことを期待していますか?
長い間、アフリカは国外の人々の視点からしか描かれてきませんでした。いま、私たちは若いフォトグラファーとして、私たちが見ているものを世界に見せ、私たちにとって大切な物を世界と共有することができるチャンスを与えられていると感じています。アフリカには深刻な問題が山積しているけれど、素晴らしいこともたくさん起こっているのです。今わたしのエキシビションが行なわれているアルルで、エチオピアに関する写真集を作ったイタリア人フォトグラファーに会いました。彼はエチオピアの僻地に暮らす人々が鶏を運んでいたりする、要はステレオタイプのイメージを本にしていて。「どこで撮ったの?」と訊いても、「覚えてない。どこで撮ったかは重要じゃない」と言っていたんです。西洋のフォトグラファーがみんなそうだということではなく、ただ、それこそは西洋がずっとアフリカに対して行なってきた搾取と同じメンタリティだと思ったんです。

アフリカ人でも他国の出身でもかまいません。好きなフォトグラファーを教えてください。
もちろん名匠のマリック・シディベやサミュエル・フォッソ(Samuel Fosso)、アイーダ・ムルネー(Aida Muluneh)、ザネーレ・ムホーリ(Zalene Muholi)は尊敬してやまないし——他にも好きなフォトグラファーはたくさんいます!そしてたまに、息を呑むような写真を撮る無名のフォトグラファーに出会うこともあって、アルルでは、エイメン・ドイル(Eamonn Doyle)というアイルランド出身のストリートフォトグラファーに出会ったんですが、彼の写真にはノックアウトされました!

この『Stranger in a Familiar Land』プロジェクト以前にアルビノの人との接点はあったのでしょうか? プロジェクトのアイデアはどこから生まれたのですか?
「タンザニアのように、今でもアルビノの人々に対する残虐行為が行なわれている国々が存在する」という内容の記事を新聞で読んでショックを受けたんです。そこで、Albinism Society of Kenya(ASK)の会長にコンタクトを取り、ソーシャルメディアを通して情報を発信するなど、アルビノへの認識を高めるために共に活動していきましょうと話を持ちかけたんです。

撮影ではどの程度ポーズを決めて、またどの程度即興を取り入れているのですか?
これまでにはなかったアルビノの描きかたをしたかったんです。キベラというスラム街で撮影したんですが、写真のなかでフローレンスの周りに見られるものは作られたものではなく、すべてリアルなものです。教会にできた列なんかもね。流れに任せて撮影を進め、そこにいた人々からの冷やかしの声や、フローレンスを見た人々が瞬時に見せた表情などに私たちが反応していったというわけです。何かを叫ぶひとや、フローレンスの写真を撮りたがるひともいました。

共に作品作りを行なっているフローレンスがヤジを飛ばされるのを目の当たりにして、どう感じましたか?
このプロジェクトの重要性を改めて認識しました。重要性が増しましたね。これまで彼女がどんな生活を送ってきたのかを垣間見たような気がしました。

被写体としてのフローレンスについてもう少し聞かせてください。彼女とコラボレーションをするのはどんな経験だったのでしょうか?
彼女と会って、まずはプロジェクトについて話し合い、そこでフローレンスが自身の半生について教えてくれたんです。それまでに経験してきたこと、彼女が思い描く未来像なんかも。フローレンスはとても強くて、社交的な女性です。私はすごくインスパイアされました。そして彼女が表現力豊かだというところにも惹かれました。紫色の髪も、このプロジェクトのために彼女がやったことではなく、あの時期に彼女がそうしたいからすでにしていたものだったんです。

アルビノをはじめとする"部外者"を受け入れないコミュニティのあり方が、このシリーズのテーマだと思いますが、女性への一般的な軽視がその問題をさらに複雑にしているのでしょうか?
私の作品の多くは女性を被写体としています。女性が性差別に直面するという現実に加えて、今回のケースではアルビノのように、身体的特徴を理由に差別を受けることがあるという現実には憤りを感じます。フローレンスの話では、アルビノ女性よりもアルビノ男性のほうが恋愛もしやすいんだそうです。

現在はどんな活動をしているのですか?
『African Cityzens』というプロジェクトを進めています。フォトグラファーのジョエル・ルクホヴィ(Joel Lukhovi)と私がアフリカ大陸を旅して各地の街を訪れ、そこに息づく都市生活をドキュメントするというプロジェクトです。そこに、アイデンティティ、動き、空間を見い出すのがテーマ——アフリカ人は同じ大陸であっても他国に旅することがほとんどないなんです。お金もかかりますし、アクセスも、整っているとは決して言いがたい状態ですからね。

sarahwaiswa.com

Credits


Text Sarah Moroz
Photography Sarah Waiswa
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

Tagged:
africa
activism
albino
Arles
albinism
sarah waiswa
stranger in a familiar land
strange in a familiar