Magnumの秘蔵っ子マット・スチュアートが撮るロンドン

ロンドンのストリートにある日常を、美しく、そして面白可笑しく切り取って20年。Magnumの秘蔵写真家マット・スチュアートに、被写体の警戒心を和らげる方法を訊いた。

by Oliver Lunn
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23 January 2017, 9:15am

Magnumが最近になって発掘した写真家マット・スチュアート(Matt Stuart)は、ロンドンのストリートを裏まで知り尽くしている。彼はロンドンを過去20年にわたり撮り続け、通勤途中や帰路につく人々、買い物に奔走する人々、そして観光客たちの波を静かに見つめてきた。彼には特別なアンテナがついているようで、例えば、まるで運転手のようにオープンカーの座席に座ったグレートデンや、色の衝突、屋外広告のキャラクターとその前を行き交う人々が起こす奇跡の一瞬など、日常に非日常が起こる瞬間に自然と反応してしまう。そんな彼が撮った写真を前に、私たちは笑ったり頭を掻いたり——ほとんどの場合は目を疑って、改めて写真に見入ってしまう。

そんな奇跡の瞬間を20年間にわたり撮り続けた膨大な作品群の中から、スチュアートはカラーでの撮影をするようになった過去12年間に着目。うち80枚を厳選し、この度、写真集『All That Life Can Afford』としてリリースすることになった。オックスフォード・サーカス、リバプール・ストリート、カムデン、バンクなど、スチュアートの足が赴く先で撮られたこれら写真には、このストリート・フォトグラファーのハングリーで温かな視点が伺える。

スチュアートがSkypeの向こう側で、彼の「取り憑かれる性分」について、ロンドンがこの数年でいかに変わったか、そして"禅"的アプローチが彼をいかに危険から救ってくれたかについて、i-Dだけに語ってくれた。

この写真集『All That Life Can Afford』を制作した経緯について教えてください。
トランペットからスケボー、マリファナ、カンフーに至るまで、これまでやってきたことはすべて私の"熱中"から生まれたものです。気づいたら、月曜には合気道、火曜にはテコンドー、水曜は空手、木金土はカンフーの教室に通っていたなんていう時期もありました。ちょっと混乱してしまって、カンフーの教室で合気道をやってしまったりしていましたね。その"取り憑かれてしまう"性分は今も変わらずです。というわけで、この写真集に関しては、私がこの12年間、取り憑かれたようにロンドンの同じ道を歩き続けた記録です。

どんな瞬間を求めて歩いていたのですか?
当初は、際立った個性や色を探していました。例えば、髪がオレンジ色の中年女性を捉えた写真がありますが、もちろん私はあの女性の個性に惹かれたわけです。でも最初に私の注意をひいたのは、彼女の個性ではなく、オレンジという色でした。「なぜあの写真を?」とよく訊かれますが、あのときは私の視界に色が雪崩のように流れ込んできたように感じたんです。人々のジェスチャー、ボディ・ランゲージ、そしてその連続性にも惹かれますね。

インパクトのある写真が多いですが、よく見てみると写真の中では他のことが起こっていたりしますね。
そんな風に、観るひとが中の世界に入り込んで、そこで何かを得られるような写真が好きなんです。「よく見るとそこに何かが見つかる」というような写真がね。明確なインパクトを持った要素より、ささやかなことの方がよほど興味深い——でも、そうですね、インパクト大の写真もやっぱりいいですよね。

駐禁をとられて困っている男の後ろに、悪魔の格好をした男が微笑んでいる、あの写真はその好例ですね。
そう、そのとおりです。悪魔の格好をしていた男は、映画撮影中の俳優さんだったんですよ。しばし撮影から休憩を取っていたんです。そこへ、悪魔の前にとめてあった車の持ち主が現れて、駐禁をきられたことに気づいた。最初に撮った写真は、あのオレンジの悪魔と、緑のタイヤロックをタイヤに取り付けられた車だけを写したものだったんです。でもそこに車の持ち主が現れた。肩を落として、駐車違反切符を抜き取ってね。その後ろに、太った男をかたどったロゴも入っていたりして、不思議と面白い絵になりました。怒り爆発寸前にある男を、悪魔が横目に見ているわけです。悪魔は最後まで私のほうを向くことはありませんでしたし、車の持ち主の男も私にまったく気づいていない様子でした。それが私の撮影ルールですね。いかなる意味でも、私が干渉しないかぎりは捉えてもいい、と。

危険な目に遭ったことは?
まったくないですね。いや——本にも写真を収めていますが、ある男に詰め寄られたことがありました。でもそれが、この長いキャリアの中で唯一危険を感じた時ですね。大きな100ドル札が鏡に貼られて、その前で脚立を使って男が仕事をしている、あの写真のときです。脚立に乗って作業をしている男ではなく、脚立の足元で携帯電話を手に鏡に写っている男が、私に気づいて詰め寄ってきました。脚立をおさえていないのを注意されるとでも思ったんでしょうね。

写真を撮り始めた頃のロンドンを思い返しいてみて、何を思いますか?
まず、撮りためてきた写真を「ロンドンのストリート」という視点で本にするなんて、これまでの20年でいつでもできたはずで、これからも撮り続けるつもりですから、本にするのが今から20年後でもおかしくなかったわけです。でも、カラーで撮っていると、写真の中の色の変化が顕著で、そこに街の変化が浮かび上がります。例えば、この本に収められている多くの写真にはバスが写っていますが、同じバスはもうロンドンの街では見られないわけです。

あなたが写真を撮り始めた頃には写り込むことが稀だったスマートフォンですが、今の写真にはほぼ確実に写り込んでいますね。
そうですね。最近の写真には多く写り込んでいますね。

被写体に見るスマートフォンの登場は、ストリート・フォトにどんな影響を及ぼしましたか?
山高帽や傘やパイプと同じく、ストリートに時代を映す最新版の装飾品なんじゃないでしょうかね。スマートフォンが登場していなかったらこうはならなかっただろう、と考えさせられることはないでもないですが……道ゆく人全員がスマートフォンを片手に下を向いてしまっていますからね。面白くないと思うことはあります。でもタバコを味わっていたり、何かに気を取られていたり、ひとは色々なものに意識を向けている——それがストリートなわけです。電子タバコが最近の傾向ですね。最近撮った写真には、ものすごい蒸気が空気中に吹き出されているものがたくさんあります。スマートフォンの次は電子タバコですね。

現代のロンドン人たちは、以前に比べてカメラを向けられることをより意識しているように感じますか?
プロのカメラマンに対する警戒心は強いですね。「そのLeicaは俺に向けられてるのか?」なんて警戒されることはあっても、iPhoneのカメラを向けていてそれを咎められることはほとんどありません。ストリートでは、実直さが大切です。「良い写真を撮ることで社会に参加しよう」という動機しかないわけですから、ネガティブな波長が発せられることもないし、となれば道ゆく人は私の存在にすら気づかないんですよ。善意で写真を撮っているわけで、悪いことをしているわけではない。変な表現ですが、防弾チョッキを着ているような状態です。「何やってんだ?」と攻撃されても、「あなたの髪と、そのコートの色に差す光があまりに美しかったもので、あなたの写真を撮らせてもらっていました。奇跡の光景だったので」と答えれば、それが銃弾の衝撃を和らげてくれる——素直に答えれば、問題に発展することはないんです。ひとは、相手が素直に事実を話しているか、そうでないかぐらい、瞬時に感じ取るものです。そういう"禅"のアプローチでずっと写真を撮っています。

@OliverLunn

Credits


Text Oliver Lunn
Photography © Matt Stuart / Magnum Photos
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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