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      music Yu Onoda 1 June, 2016

      22歳のラッパーが独り研ぎ澄ませるセンス

      ラップを始めて10か月で発表したデビューアルバム『Horseman's Scheme』から4年。ニューヨークはハーレムに渡ったラッパー、ビートメイカーのKid Fresino。評価が高まる彼の現在の心境とは?

      KID WEAR ALL MODEL'S OWN

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      Kid Fresinoの登場は非常にセンセーショナルだった。それ以前はラップしたことも、リリックを書いたこともなかったという19歳当時。ヒップホップ・グループ、Fla$hBackSのビートメイカーとDJを務める彼が、初めて録音した楽曲「Come In」からわずか10ヶ月でリリースした2013年のアルバム『Horseman's Scheme』は、10代の初期衝動を注ぎ込んだ荒削りな勢いだけでは片付かない、光り輝く何かに多くのリスナーが惹きつけられた。

       「はじめてラップしたのは、その場でトラック制作に立ち会っていて、『あ、俺、このトラックでラップしてみようかな』っていう、その場の思いつきですね。いま聴き返すと、全然ラップできてないんですけど、ビートに対して、言葉を当てていく勘があったということかな。その勘ですか? 俺、中学生の頃から自分で作ったビート集を店に置いてもらったり、そのCD-Rを渡そうと、池袋のクラブ、BedでやってたRefugee Market(ヒップホップ・クルー、DOWN NORTH CAMPが主宰)のデイイベントに足繁く通うなかで、観たもの、聴いたもの、出会った人が全てというか、ラップも知らず知らずのうちにやり方を覚えていたんでしょうね。カッコイイものが何かってことは、カッコイイものを知らなきゃ、分からないことですから」

       手軽な機材で、ビートを作り、ラップをスピットする。その曲をインターネットで公開して、反応を得たり、知らない誰かと繋がれるようになった今、ここ日本において--人知れず地下で繰り広げられている音楽だった--ヒップホップは手を伸ばせば、すぐそこにある。まさにそんな世代のBボーイである彼の場合、ヴァーチャルではなく、リアルな大人の世界に混じっていきたいという気持ちと、上下関係を押しつけることなく、彼をあたたかく受け入れるコミュニティが身近にあったという点では、少々特殊なケースなのかもしれない。現場でセンスを磨いていった才能の原石は、単なる若さゆえの思い込みに終わらない音楽に対する情熱を膨らませていった。

       「高校の時、自分以外、みんなが進路を決めていくなかで、『俺は音楽やりたいな』ってつぶやいたら、同級生に『お前、自分が特別な存在だとでも思ってんの?』って言われたんですよ。確かにチビでダサくて、何事も長続きしなくて、勉強もダメ。女の子に相手にされたこともなくて、何もないって感じだったから、言い返せませんでしたね。でも、いつも同じ格好していた高校時代、issugi君(ヒップホップ・グループ、monjuのラッパー)に『お前のスタイルは完成してるね』って服装を褒められたんです。褒められたのは後にも先にもその時だけなんですけど、それから何年かして、映画の『KIDS』を観たら、(Supreme Teamの)ジャスティン・ピアース演じるキャスパーが全く同じ格好してたんですよ。Independentのシャツ、ぶっといdickiesにconverse。俺とは比べものにならないくらい滅茶苦茶な役でしたけど、服は表現ですからね。それが一緒っていうことは、近いものがあるのかなって思って、少し嬉しかったです」

       分かりやすい言葉で、自分を誇示し、鼓舞する彼のスタイルは、動画配信で私生活を丸写しにしてしまう今風なマナーではなく、距離感が図られている点においても、この時代には珍しくクラシカルだ。

       「SNSもやってないですし、携帯も持ってない。連絡手段はSkypeとメールだけなんですけど、それでもやり取りしたい人とは出来てるし、自分には必要ないんですよね。というか、辛いこととか思い出を心にとどめる強さを持てよって、俺は思うんです。みんな、SNSですぐに言うでしょ?  痛みを分かち合うとか、肩を組み合うとか、そういうのはカッコイイことじゃないし、何かを伝えようと思ったら1人で大声出さなきゃダメなんですよ。ラップもそう。今のラップの多くは、自分のことを簡潔にさらけ出しまくっているけど、隠す部分は隠していて、それを紐解くのも聴く側それぞれの楽しみじゃないですか。だから、俺は全てを語るつもりはないんです」

       2014年にはビートメイカーのArμ-2との共作アルバム『Backward Decision』とフリーダウンロード・アルバム『Shadin'』、昨年9月にはセカンド・アルバム『Conq.u.er』をリリース。リリースを重ねながら、評価を高めている彼の音楽世界は、スキルの向上と共にリリックの深みが増している。さらにはトラックメイカーとしても、ソウルをサンプリングするというオーソドックスな作風から、より現代的なものへと目覚ましい進化を遂げている。そして、現在、22歳となった彼は、1年半前に音楽修行で渡ったニューヨーク・ハーレムの狭いワンルームで、今まで以上に独りヒップホップに没頭している。「ホント、今がよければいいって感じで、ずっとやってきて。レコーディングエンジニアの勉強がしたいと思い立って、勢いでニューヨークに辿り着いたんですけど、計画性もなく、いまだにその場で全部決めてて、我ながら、大丈夫なのかっていう(笑)。そこには自信や確信があるわけではないんですけど、音楽っていうホントに夢中になっているものがあるし、作品を作ってやライブを重ねていくなかで、気持ちと自分の能力が同じ領域に入ってきた手応えも感じるんですよ。だから、あと4、5年でサウンドを含めて、決定的な作品を作りたいですね。それしかないというか。ヒップホップははかない輝きを作品にして、歴史に名を残して消えていくことも重要な音楽だと思っているので、その先のことは全く考えてませんね」

      Credits

      Text Yu Onoda

      Photography Takay

      Photographer's assistant Steve Gaudin

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      Topics:music, music interviews, kid, rapper, kid fresino, hiphop, japanese hiphop, hip hop

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