Photography Henri Kisielewski

タコのオブジェの中で1ヶ月過ごしたアーティスト

「この空間全体が、自分の身体の延長だと考えてみた。このタコが新たな命を生み、自分以外のあらゆるもののために命を捧げるかのように」 元Gucciのモデルのイタリア人アーティスト、Agnes?が、23日間におよぶパフォーマンスのきっかけと舞台裏を明かす。

by Will Ballantyne-Reid; translated by Nozomi Otaki
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07 June 2021, 5:55am

Photography Henri Kisielewski

ロンドン、ベルサイズパークの緑豊かな通りに面する廃医療センター。先月、この場所で公開されたインスタレーションが、大きな話題を呼んだ。

本作〈Transgenesis〉へと足を踏み入れると、まるでひだ状の内臓の中を進むかのような、暗いトンネルに行き当たる。その先の鏡張りの部屋には、色鮮やかな深海の生物を思わせる細長い足のついた陶器のオブジェが立ち並ぶ。さらに暗闇の奥で待ち受けるのが、元Gucciのモデルのイタリア人アーティストAgnes?本人だ。彼女はタコのようなオブジェと一体化し、セイレーンの歌のような呼吸音を響かせている。

アートコレクティブ〈The Orange Garden〉が発表したこのインスタレーションは瞬く間に注目を集め、4月末のオープン以降、Instagramのストーリーやフィードを席巻した。Agnes?の個人的な発見と宣言を表す、強烈な作品だ。

今回、パフォーマンスを再開する数時間前に、会場から徒歩数分の場所で朝食をとる彼女を直撃した。パフォーマンスは1日8時間、それを23日間続けるというかなりの長丁場だ。

Octosapiens 4 by Stephen White
Photography Stephen White

オレンジジュースを飲む彼女には疲労の色がうかがえるが、表情は明るい。アートギャラリー〈Harlesden High Street〉協賛のもと、アルトゥロ・パッサカンタンド、トマッソ・デ・ベネディクティス、チャーリー・ミルズがキュレーションしたこの〈一連の実験〉が始まったのは、遡ること2020年8月、Agnes?がこの巨大な洞窟のようなスペースに出会ったときだった(Harlesden High Streetの展示は毎回違う場所で、今回のような一風変わった、未使用の商業スペースで行われる)。実際に制作に入ったのは11月で、Agnes?はイタリアのスタジオで毎日作業を続け、友人の手も借りながら、なんとか期限内にこの巨大な作品を完成させた。

円形の穴に実寸大の胎児のようなラテックスのオブジェが並ぶ最初の薄暗いトンネルから、作品がもたらす目や耳の恍惚感まで、会場全体が五感への刺激に満ちている。陶器の作品の部屋では、薄暗がりの中、クラゲのようなオブジェが金属の葉の上でぼんやりとした光を放ち、床は白い砂で覆われている。

「重視したのは、この場所をひとつの身体に見立ててこの空間で遊ぶ、ということです」とAgnes?は語る。「新しい身体をつくると同時に、この空間を身体として提示する。この空間全体が、自分の身体の延長だと考えてみたんです。このタコが新たな命を生み、自分以外のあらゆるもののために命を捧げるかのように」

 
Fetal Gestation 1 by Stephen White _ Co.jpg
Fetal Gestation. Photography Stephen White

Agnes?にとって、海はいつも流動性と変化の象徴だった。父親は船乗りで、彼女はボートの上で育った。朝食を食べながら、彼女の手にいかりと魚のタトゥーが入っていることに気づいた。彼女は、幼い頃に父親に海に投げ込まれたという。「水の中はいつも安全で、心地よい場所でした。母の胎内に戻ったみたいに。いつも守られているような感じがしたんです」

Agnes?の海についての話は、このプロジェクトの基盤と深く結びついている。それは彼女がロンドンに来たその日に始めた、ホルモン治療によるトランジションだ。「水には命を生み、変化させるという偉大な力がありますが、同時にものを破壊することもある。とても強力な元素です」
地下洞窟の暗闇と、子宮のようなインスタレーションの流動的で肉厚のひだから成る水中の世界において、創造と破壊、幻想と驚異というテーマがはっきりと示されている。「私は新しい何かを生み出しながら、過去の何かを破壊している。トランジションとは、それ自体が破壊する行為です。ホルモンが自分の一部を壊す。新たな創造のためには、身体の一部を壊さなければならない。タコも同じです。タコは最期に子どものために命を捧げ、自分の身体を犠牲にする偉大な母、献身的な母の象徴です」

 
Octosapiens 2 by Stephen White

Agnes?という存在が最初に出現したのは今から5年前で、当時彼女は大学生だった。「5年前にAgnes?について話し始めたときは、Agnes?とは何者なのか、自分にとってどんな存在なのか、まったくわかりませんでした」

彼女のホルモン治療と同時に展示が始まったこのプロジェクトは、生成と存在の非常にパーソナルなプロセスのための祈りであり、それを具現化するものでもあった。「私のパフォーマンスは本物です。まさに目の前で変化が起こっているんですから。ただの演技とは違います」

Agnes?は今やi-Dをはじめ、〈Time Out〉などのメディアに引っ張りだこだ。1990年代、パートナーのエイズによる死をキャンディーで表現し、それを観客が持ち帰ることができるようにしたフェリックス・ゴンザレス=トレスを思い出しながら、個人的なプロセスを公の場で披露するのはいったいどんな体験なのだろう、と考えた。

フェリックスは当時、「痛みをコントロール」したいと願いながらも、芸術的メタファーをポケットに入れて嬉しそうに去っていく人びとを見た途端、キャンディを全部取り返したくなった、と書き残している。

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Agnes?はこの問いに次のように答えた。「トランジションをしたい、変わりたいという願いは、コントロールできます。でも、自分の意のままにならないものはコントロールできません。トランジションの最中は、身体に何が起きるかわからない。このパフォーマンスも同じでした。自分が何を体験するのかわからなかったんです」

この展示がネット上で拡散することの主な懸念は、大切なのはあくまで「その場での物理的な交流」なのに、ただInstagramで消費されて終わり、実際に作品を体験してもらえないのではないか、という点だった。「私の作品と人生は、相互につながり、双方がお互いを特徴づけている。アーティストしての私とプライベートの私は無意識かつ無条件に結び付けられ、融合しているんです」

私たちは帰る準備をし、Agnes?は再び会場へと戻った。そこで彼女はマスクとマイクをつけ、ベビーパウダーをはたき、はしごと跳ね上げ戸を通ってタコの上へ登る。何ヶ月もの作業のあと、パーソナルな作品の中に入り、見晴らしのよい場所から外を眺めて、彼女は何を思ったのだろう。

 「永遠のように感じます。時間が過ぎていないような感じ。でも、私は変わります。悲しくなったり、泣いたり、喜んだり、笑ったりする」

結局、このプロジェクトは今のAgnes?が象徴するあらゆる物事の本質を表明し、具体化するものだ。「私もこの作品も変化の途中にあります。この空間に入ったひとも変化を体験しなければならない。これは心を開くための呼びかけなんです」

Octosapiens. Photography Stephen White
Octosapiens. Photography Stephen White
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