#StopAsianHateと発言したくないのは何故か

欧州でアジア人差別を経験してきた日本人女性が、#StopAsianHateと自ら発言したくない理由について考えてみた。

by MAKOTO KIKUCHI; photos by Steven Molina Contreras
|
14 May 2021, 1:01am

日本で日本人の両親のもと育った私は、人種差別というものにほとんど無縁だった。いや、マジョリティ側の人間として「差別とは無縁だ」と思える特権を有していた、と言ったほうが正しい。人種という概念自体、あまり深くは理解していなかったと思う。自分がアジア人である、ということをはっきり意識するようになったのは大学生になってからだ。西洋諸国でアジア人として生まれ育った友人から話を聞いたり、海外旅行中に嫌な経験をしたりしていくなかで、自国の外へ一歩出れば自分が差別の対象になるのだということを理解していった。2年前にドイツに移住してからは、道端で「ニーハオ! チンチャンチョン」と声を掛けられたり、街で日本語を話していると真似をされたりジロジロ見られたりする“カジュアル”な人種差別は、私の新たな日常となった。

事態が深刻化したのは去年の4月。新型コロナウィルス感染拡大のニュースが世界中で話題になり始めたころだ。道や電車でジロジロ見られることが圧倒的に増えた。そのうち電車で居合わせた人に車両を変えられたり、同じエレベーターに乗ることを拒否されたりするようになった。見知らぬ人に突然罵倒されることもあった。次第にパリやロンドンでアジア人経営の店が襲われたり、アジア人が乗っている自家用車が車上荒らしに遭ったりといったニュースを耳にするようにもなった。ひとりで外出するのを極力避けるようになったのはそのくらいの時期だ。マスクとサングラスで顔を隠している状態に安堵感を覚えるようになった。

「さっき知らない男の人に傘で殴られた」と数ヶ月前にイギリスに住む日本人の友人から連絡が来たときは、気が動転して思わず携帯を落としそうになるほどだった。ロンドンの中心地、それも主要駅の目の前で見知らぬ男性に突然傘の柄でお腹のあたりを思いっきり殴られたのだと彼女は言う。「最初はびっくりして何が起きたのか分からなかった。殴られるとき、その人は何かを呟いていたんだけど、後から冷静になってみて分かったんだよね。あれ『コロナ』って言ってたんだって」

ここ数ヶ月にアメリカを中心に相次いでいるアジア人襲撃事件は、欧州に住む私にとって決して他人事ではない。アジア人の高齢女性が白人男性に暴行を加えられる動画を見ながら、「これは私だったかもしれない」と何度も思った。それだけ差し迫った問題であるはずなのに、不思議と“STOP ASIAN HATE.(アジア人ヘイトをやめろ)”とSNSで声を挙げることを躊躇している自分がいた。思い切って発言したところで、誰も私の話を聞いてくれないような気がしたからだ。白人男性に、自分が経験した人種差別について話すとき「僕の周りではそんなこと起きていない。君の考え過ぎだ」と言われることがよくある。「差別されるなんてありえない。アジア人の女の子は人気なんだから、君は得している」と言われたことも数えきれないほどある。その度に私は口を閉ざした。彼らに自分が感じた苦痛を知ってもらうことなど不可能だ思った。

アメリカのマサチューセッツ州ボストンで生まれ、現在はロサンゼルス、東京、ロンドンを拠点に活動するアーティストの竹中響子は今年三月、自作のショートフィルム『HOME』を自身のホームページに無料公開した。そのなかではアジア人女性への性的対象化(フェティシャイゼーション)がいかにして日常的に行なわれているかが明確に示されているシーンがある。レストランやバー、タクシーの車内といった場所で実際に起きた会話を録音し、動画にしたそのクリップは、インスタグラムで30万回以上再生された。「君の顔はとても美しい、オリエンタルだ」「寿司屋に連れていってあげるよ」といったそれらの会話は、どれも聞き覚えがあるものばかりだった。

在アメリカで多発しているヘイトクライムの被害者の多くはアジア人女性だ。自分より非力に見えるアジア人女性を攻撃の対象とする一方で、彼女達に「謙虚で従順」というステレオタイプを押し付けて性的に消費する。このグロテスクな非対称さを目の当たりにして、私の声に耳を傾けてくれなかった人々のことを思い出した。「君は得している」と言った人は、今頃なんの悪気もなしに「#StopAsianHate」とタグを付けてSNSに投稿しているのだろうか。差別の体験を語ろうとして「そんなものは差別じゃない」と黙らされた人々が、この世界にどれほどいるのだろうか。私もどこかで、あのときの白人男性と同じように誰かの痛みを矮小化してはいないだろうか。発言する勇気を奪い、絶望させてはいないだろうか。そんな思いがぐるぐると頭のなかで駆け巡っていた。

Tagged:
social issues
#StopAsianHate