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スガダイロー新アルバム『公爵月へ行く』review:「ジャズという月の裏側に置かれたピアノとモノリスに触れに行こう」大谷能生

これまでJason Moran、向井秀徳、灰野敬二、飴屋法水、contact Gonzoらとコラボを行なってきたピアニスト/作曲家のスガダイローが新編成のトリオで発表した、初フルアルバム『公爵月へ行く』。その全貌を〈音楽/批評〉の大谷能生が無尽に語る。

by Yoshio Otani
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05 July 2019, 6:38am

一曲目、「ソリチュード」の冒頭、4オクターブ離れて叩かれたDフラットとCの二つの単音にまず痺れた。遠く水平に離された、垂直に刻まれるこの半音の残響のなかに、スガダイローは同じピアニストとしてのデューク・エリントンを呼び込んで、向き合おうと試みている。

コンポーザー、アレンジャーとしてのエリントンではなく、彼の弾く個性的なピアノに真正面から向き合ったピアニストは……と、いまジャズの歴史を思い出そうとしてみて、あらためて、このアルバムにも登場するもう一人のユニーク、セロニアス・モンクの名前くらいしか挙げられないことに気が付いた(と書いた瞬間に、セシル・テイラーのことを思い出したが、ここでは脇においておきます)。エリントン曲を演奏するミュージシャンは多いが、彼のピアノ・スタイル自体をテーマにした演奏はきわめて珍しいのである。

しかも、ここで参照されているのは、デュークがチャールズ・ミンガス、マックス・ローチという恐るべきモダニスト二人と組んだ『マネー・ジャングル』である。六〇年代のジャズの高揚を背景に、ガチのケンカが音に映し込まれているこの三酔黒人経綸問答は、バド・パウエル・トリオとも、ビル・エヴァンス・トリオともまたまったく異なった「ピアノ・トリオ」の古典と成り得る傑作だ。「このアルバムにピンと来ない人はジャズという音楽とは無関係だと思う」といった旨の発言をスガダイローはしていたと思うが、しかし、このアルバムのサウンドをモデルとした演奏は、これまで誰も手を付けて来なかった。

現在の耳で聴くならば、『マネー・ジャングル』は、反復されるリズムやコード、リフレインに充たされた、その後のブラック・ミュージックにおけるいわゆる「ブレイク・ビーツ」的サウンドで組み上げられた楽曲が揃っている。おそらく、この黒人的ミニマリズムが「モダン・ジャズ」において、このアルバムが咀嚼されることを拒んできた一つの要因ではないかと思う。つまり、ジャズ・ミュージシャンは、この音楽の「黒さ」を十分に処理出来なかったのである。

スガダイローは、千葉広樹と今泉総之輔というリズム隊を得て、このピアノ・トリオの未踏のジャングルへと乗り込む。千葉も今泉も、伝統的な楽器演奏能力と同時に、90年代以降のヒップホップ/ネオソウル・ミュージックを同時代的な感覚で身に付けているミュージシャンである。彼らにとっては、ダンス・ミュージック的な反復の時間と、ジャズ的な「即興」によって前進してゆく時間は矛盾したものではない。21世紀、デジタルな音楽ギアの一般化によってリズムを描写するための画素数は格段に上がった。スガダイロー・トリオは血肉化されたその精密なビットマップによって、かなりの暴力が吹き荒れている『マネー・ジャングル』の構造を描 写することに成功している。

エリントンはアポロ計画の成功に興奮して「MOON MAIDEN」という曲を作り、思わず自分で歌まで唄ってしまったが、垂直軸と水平軸をグラグラ揺らしながら、スガダイロー・トリオはデュークとともにモンクとハービー・ニコルズという巨星も無重力空間に打ち上げ、ジャズ・ピ アノの伝統にあらたな領土を付け加えた。21世紀の処女地探索!

ここまでがレコードだとすればA面。ひっくり返してB面は、オリジナル曲を中心にした、 2018年にソロでリリースした『季節はただ流れて行く』でも追求された、スガダイロー独自の世界をトリオで表現した演奏が収められている。近現代クラシック的にも響くドライな叙情を湛えた楽曲が、疾走する打鍵に絶妙なフレームを与えて、ぼくたちが思う「フリージャズ」とも、もしかして「ジャズ」とも似ていない、オリジナルなピアノ・ミュージックがここにはある。圧巻は、反復しながら変化してゆくフレーズの洪水に浸された「I Loves you porgy」。ジョージ・ガーシュインのこの曲は、ギル・エヴァンスのアレンジによって、マイルス・ディビスが初めて「音階」だけでソロをとった楽曲である、といったジャズ史の小ネタがどうでもよくなるほどの迫力である。

近年、「ジャズ」という音楽の多様化、正確に言えば、DJを中心にしたダンス・カルチャーにおける「ジャズ」、楽器の演奏者がスキルとして引き継いできた「ジャズ」、ネオソウル以降の ブラック・ミュージックの基盤としての「ジャズ」、世界中の学校で自分たちのポップスを演奏するための基盤として教えられる「ジャズ」ーーと、少なくともこれだけ別々の「ジャズ」が21世紀の現在、楽しまれているわけだが、演奏者もリスナーも、このスガダイロー・トリオの作品から、例えば、トラック・メイカーはループを断ち切る深みのある和声を、シンガー・ソングライタ ーは旋律の背後に隠れている強靭なビートを、DJたちは楽器一本で全てを表現する矜持を、インディーロック・バンドは伝統を引き継ぐことで得られる自由を、そして、ジャズ・ミュージ シャンは、自分の演奏にふさわしい楽曲を作るための日々の研鑽を、それぞれが好きなように喰い取れるはずだと思う。ジャズという月の裏側に置かれたピアノとモノリスに触れに行こう。

スガダイロートリオ NEW ALBUM RELEASE TOUR FINAL
■日程:7/8(月)
■会場:渋谷 WWW
■料金:座席(自由)・前売 ¥4,500 (+1D)、座席(自由)・当日 ¥5,300 (+1D)/立見・前売 ¥3,000 (+1D)、立 見・当日 ¥3,800 (+1D)
■時間:開場 19:00、開演 20 : 00
■購入: イープラス 座席 イープラス 立見

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