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HIPHOPの王様:ケンドリック・ラマー インタビュー

ケンドリック・ラマーがトランプとオバマ元大統領、誰でも世界に変化を生む歯車の一部になれるということについて語る。

by Touré; photos by Craig McDean
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06 November 2017, 8:31am

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This article originally appeared in The Sounding Off Issue, no. 350, Winter 2017.

「わからない」とケンドリック・ラマーは、なぜドナルド・トランプがアメリカ大統領になったのかと尋ねたわたしに言った。ラマーはアメリカをよく理解している。だからリアリティショーのテレビ番組でお茶の間的に有名だったあの億万長者がなぜ大統領になったのか、知っているはずなのだ。日曜の午後ラマーはニューヨークのブルックリンにあるバークレイズ・センターのバックステージにいる。仄かな照明が灯る小さな灰色の部屋で数時間後にライブを控えているのだ。シルバーのNike Air Maxを履き、マルーン色のスウェットを着ている。スウェットの上下には、TDEのロゴが配されている。TDEはラマーのレーベル「Top Dawg Entertainment」の頭文字だ。ラマーは落ち着いた雰囲気で静かに話す。しかし彼の存在感には緊張感のようなものを強く感じる。選ぶ言葉に重みがあるのだ。決して雄弁ではないが言葉に深みがある。彼は繊細で、明晰だ。だから多くのアメリカ人同様、トランプの米大統領就任には大きなショックを受けた。「みんな困惑している。トランプの大統領就任は、俺の道徳と道理に完全に反する」とラマーは言う。アメリカが見せている変化にいち国民としてショックを受けているのではない。バラク・オバマはラマーが敬愛した大統領であっただけでなく彼の音楽を愛しホワイトハウスにまで招いてくれた友人でもあったのだ。

「オバマと話していたら、『わたしたちがホワイトハウスにこうして立っているなんてな』って言うんだ。すごいことだよ。彼の口からそんな言葉を聞くなんてね。『お前がホワイトハウスに入れるわけがない』と言われて育ったふたりの黒人がホワイトハウスにいる。現実とは思えなかったよ」。そこまで話すとラマーはしばし黙った。そこで彼は10代のころに亡くなった祖母について思いを巡らす。黒人初の大統領が誕生し、孫がホワイトハウスに招かれるなどと祖母は想像すらしなかっただろう——生きていたらきっと大喜びしたにちがいない。「そこに感動するんだ。ホワイトハウスでオバマと話し、彼の知性に触れ、彼が俺にだけでなく俺のコミュニティ全体に与えている影響について考えたとき、俺たちがこれまでにどれだけ進歩してきたか、そしてここからどれだけ進歩していけるかを痛感した。オバマが大統領としてホワイトハウスに暮らしているという事実だけで俺たちはひとつになって、やりたいことを推し進めていけると感じさせてくれた。俺たちには夢を実現するだけの知識と知性があるんだってね」

バラク・オバマもケンドリック・ラマーもまったくの無から、言葉のもつ力によって現在の地位にまで登りつめた。ふたりはホワイトハウスの大統領執務室で、お互いの人生の数奇さについて語り合ったという。「わたしたちがいま、こうしてホワイトハウスにいるなんてな」と。しかし現在のホワイトハウスにとってふたりは敵のような存在だ。「なにがなんだかわからない」とラマーは一年ほど前に招かれたホワイトハウスに今は憎まれているという状況について語る。「オバマとトランプの最大の違いは道徳心、品位、道義、そして常識」とラマーは言う。オバマはラマーにとってインスピレーションだった。しかしトランプに対しては敬意すら払うことができない。「優しさと慈悲の心、繊細さをもってひとと接することができない人間なんかに、誰がついていこうと思うんだ?」。とはいえトランプが権力を持ったことでラマーの内に芽生えるものがあった。「今の状況に俺は燃えてる。プッシュできるだけプッシュしていこうと、熱い炎が燃えたぎってるよ」

ラマーがリリースした4作目となる最新アルバム『Damn』は200万枚を超えるセールスを記録し、商業的な成功を収めるとともに批評家たちからも称賛された。批評家たちはすでに称賛されてきたラマーをどうやってさらに称賛するか考えあぐねた。Pitchforkはこのアルバムについて「ラップの傑作、素晴らしいビート、放たれる鮮やかな言葉、そしてラマーがアメリカで抱える宿命のストーリー」と手放しで称賛した。ラマーは『Damn』で掲げたビジョンについてプロデューサー陣に「『どこか違う場所で生き、でもそこでは俺たちが自分自身でいられて、かつより良い世界を目指して叱咤激励できるような世界観を作りたい』と言ったんだ。サウンドに関しては、"未来に帰る"というような、聞いたことがないけど聞き覚えがあるサウンドをね。わかるかな?」 現在ケンドリック・ラマーはヒップホップ界でもっとも偉大なMCであると誰もが認める存在だ。アンダーグラウンドのMCバトルにも勝ち、どんなポップなラッパーよりもアルバムを多く売ることができるMC——議論の余地なく、彼はヒップホップの王様だ。

ラマーはまさに「キング・オブ・ヒップホップ」の名にふさわしい生き方をしている。ヒップホップの王様が、「完璧なビートと最高のライムを生み出すためにスタジオにこもるもの」だと考えればだが。「完璧なバースを生み出すためなら、完全に自分の世界にこもるときもある。一日中スタジオにこもり、携帯の電源を切って、音楽にひたる。これこそは俺がやるよう使命を受けたものだと感じるからね。俺の音楽は誰にも邪魔できない」。MCには珍しくラマーは音楽を作るときにハイな状態を求めない。「完全にシラフの状態で作りたいんだ。酒じゃなくて俺が音楽を作っているんだと感じたいから」。ヒップホップがゲームだとすればラマーは勝つためにプレイしている。「ヒップホップには2つのあり方ある。ひとつはコンタクト系スポーツとしてのヒップホップ。もうひとつはひとが感情移入できるものとしてのヒップホップ。ソングライティングだね。子どものころNasとJay-Zのバトルを聴きながら育った。あれはスポーツだった。スポーツとしてヒップホップに挑むとき、俺は言いたいことを言いたいときに、言いたいように言える。もうひとつのあり方はひとが感情移入できる何かを表現するためのもの。俺にはコンタクト系スポーツで戦えるだけの競争心もあるしひとに何かリアルなものを語って聞かせたいという慈悲の心もあるんだ」

「ヒップホップには2つのあり方ある。ひとつはコンタクト系スポーツとしてのヒップホップ。もうひとつはひとが感情移入できるものとしてのヒップホップ。ソングライティングだね。子どものころNasとJay-Zのバトルを聴きながら育った。あれはスポーツだった」

「完璧なライムができたと思うことはあったか?」と訊くと、ラマーは『Damn』に収録されている「Fear」にこれまで書いたなかでも最高のバースがあると応えた。「心からの言葉だよ。冒頭のバースは、俺が7歳のときに恐れていたものすべてに関する言葉。2段目のバースは17歳、3段目のバースは俺が27歳のときに恐れていたものを歌った言葉。どれも心からの言葉」。ラマーが誠実な言葉を紡ぎ出せるようになった背景には長年創作活動を共にしてきたスタジオのファミリーの存在がある。「書くものすべてが素晴らしいなんてことはありえない」と彼にひたむきさを忘れさせないファミリーについてラマーは言う。「偉大な書き手でも駄作は書くもの。だから『これは駄作だ』って言ってくれる存在が大切なんだ」。彼には何を必要としているかを教えてくれる友人がいる。それが大きな違いを生んだとラマーは話す。「スタジオで俺が書いた最悪なバースやフックを『クズだな』って言ってくれるやつらがいる。そうやって酷評を受け止めて、またスタジオに入って作詞する。それを繰り返していたら的が外れているときは、自分で察知できるようになった。次のレベルへと自分をプッシュする方法をそうやって学んだ」

現在のラマーが形成されるうえで彼は卓越したライムを作り出す以上の努力をしてきた。カリフォルニア州コンプトン出身で多くの人命が奪われギャングや殺人者、死体が溢れかえったローズクランス通りに育ったラマーはつい最近まで地元コンプトンに暮らしていた。彼にとって音楽は単なる感情の捌け口ではなかった。魂が失わないために音楽が必要だったのだ。子どものころラマーはスヌープ・ドッグ、ドクター・ドレ、2Pac、パブリック・エネミー、KRS-One、Rakim(ラキム)、Jay-Z、カニエ・ウエストなどのヒップホップ・アーティストのほか、マイケル・ジャクソン、クインシー・ジョーンズ、プリンス、マーヴィン・ゲイ、アイズレー・ブラザーズ、ルーサー・ヴァンドロスなどのミュージシャンに夢中だった。そして黒人公民権運動活動家のマルコム・Xにも。「マルコム・Xの考えが音楽の根幹になった」とラマーは言う。マルコム・X本人と作家アレックス・ヘイリーによる自伝『The Autobiography of Malcolm X』は10代のラマーがアーティストの自己を形成していくうえで大きな影響を与えた。「どうやって自分の音楽を作っていくか。そのアイデアを最初に教えてくれたのがあの本だった。マルコムと同じく『思考と心をもって、より良い自分を実現していこう』というシンプルな考え方で音楽を作ろうと思ったんだ」。音楽に目的意識を見出していなければラマーは迷える大人になっていたかもしれない。「成功を手にした大人が地元に来ては世界の善悪について語っていった。でもそこに生まれ育った俺たちにとってそれはなんの意味もなかった。どんなにポジティブなことを教えられても、一歩外に出れば頭を撃ち抜かれるところを目のあたりにして、現実に一瞬で引き戻されるんだから。そんな現実はひとの自信を少しずつ削り去る。そして萎縮してくんだ。暴力をいつも目のあたりにしていたら、子どもの魂はどんどん荒んでいく。一緒に育ったやつらは暴力に心を蝕まれた。壊れてしまったやつらは『なんでもいい。生き抜くためならなんでもやる』と考えるようになった」。では、いかにしてラマーは心を壊されることなく育ったのだろうか? 「暴力に心を蝕まれてしまう前に、音楽に自分を見出し始めていたんだ」

ブルックリンのバークレイズ・センターで、あの夜ラマーはステージの床下から現れた。会場は歓喜する観客で埋め尽くされていた。縁が黒くトリミングされた黄色のトラックスーツを着たラマーは映画『死亡遊戯』のブルース・リーを彷彿とさせた。ライブ全体のほとんどをひとりで通した彼は、会場を圧倒した。ステージを動き回るその小柄な体からは力がみなぎっていた。憧れのRakimやNas同様、ラマーも踊ったりなどしない。そして、いつでもシリアスだ。観客は目を離すことができない。彼の後ろには大きなスクリーンに映像が映し出されている。ショーのために作った『The Damn Legend of Kung Fu Kenny』だ。70年代のカンフー映画に触発されて作ったもので、劇中のラマーはカンフー・スターのような存在感を放っている。しかしこれはコスプレではない。これが彼という存在の核にあるものなのだ。カンフー映画の多くは主人公が技や術を取得して、自らの心に勝つさまを描いている。それはまさにラマーというアーティストの姿そのものだ。スキルを磨き、卓越した技術を披露し、自らを未聞の高みへと登り続けている。「好きな言葉は?」という問いに、彼は「Perspective(大局観)と、Discipline(自制心)」と答えた。「この言葉が大好きなんだ。ディシプリンを通してひとは自分自身を知る。世の中には不道徳が溢れてる。特にエンターテインメントの世界は。それを目のあたりにするんだ。欲しいものを目の前にチラつかせるやつもいる。でも目の前にカメラもなく、照明もステージもないとき——脚光を浴びていないときの自分には、どれだけ自制心があるか。その考えに惹かれるんだ。どれだけひたむきでいられるか——そこに真の自分がある。自分をコントロールすること、それが最大の力だと思う」

彼は自分をコントロールする術を学び続けている。それに大きく役立っているのが毎朝行なう瞑想だ。「今この瞬間に集中するために一日に30分間瞑想をするんだ。エンターテインメントの世界ではすべてが」と言ってラマーは指をパチンと鳴らす。「すべてがあっという間」なのだ。「6ヶ月後、1年後までの計画を立てながら仕事をしているからあっという間に一年が過ぎてしまう。そんな生活を送っているから、朝の30分間はその瞬間に起こっていることだけに集中したいんだ」。瞑想をすることで大局観を養うことができる。そう、彼がもっとも好きな言葉だ。

「俺も家族があって、個人的な問題もたくさん抱えているひとりの人間。でも俺は世界に何かを送り出さずにはいられない。それが俺の責任だと思ってる。失敗から学び、経験から得た知識と教訓を世界に広める責任があるんだ。音楽は俺にとって単なる仕事やエンターテインメントじゃない。音楽は世界に貢献できる手段なんだ」

しかし、彼がいま生きているのはトランプ政権下のアメリカだ。人種差別が横行し、より暴力的な様相すら呈している国だ。がラマーのアルバム『To Pimp A Butterfly』に収録されている「Alright」はその現状に抵抗するひとたちのアンセムとなっている。ラマーはこの曲が持つ力についてよく理解している。「あれはこれまでに作った中でもっとも良くできた曲のひとつだと思う。若者たちに声を与え、より良い世界を実現させるために外へ出て何をすべきかを示しているからね。あの曲を聴いて若者たちが正しく生きようと社会に参加している。それが彼らの小さなコミュニティであろうと、子どもの世界であろうと、若者が社会で、より良い世界を作り上げたいと声を上げ、行動に移しているんだ」。ラマーはそのことに責任を感じているのだろうか? コミュニティを背負っているという自覚はあるのだろうか? 「もちろん責任はあると思ってる」とラマーは答える。「俺も家族があって、個人的な問題もたくさん抱えているひとりの人間。でも俺は世界に何かを送り出さずにはいられない。それが俺の責任だと思ってる。失敗から学び、経験から得た知識と教訓を世界に広める責任があるんだ。音楽は俺にとって単なる仕事やエンターテインメントじゃない。音楽は世界に貢献できる手段なんだ」

世界中のポップカルチャーに影響を与えるラマーだが、彼の地元コミュニティもまた、彼の成功は良い方向に作用している。ラマーは地元の若者たちが単に「金を稼ぐ」だけでなく「生活の基盤を築く」ことができるようになるよう、仕事作りを手助けしている。「コミュニティにYMCA(キリスト教青年会)を作って、他では雇用してもらえないような地元の若者たちに仕事を与えるんだ。機会を作る——俺が個人的にやっているのはそういうこと。彼らに力を与えればまた次の誰かに力を与えることができる。その連鎖を作りたいんだ。そんなことで状況が変わるなんてひとは信じてくれない。でも誰かが何かしらの形で始めなきゃ、何も始まらない」。ドクター・ドレとヴィーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹も、コンプトン市で積極的な活動を行なっている。そして現在35歳のコンプトン市長エイジャ・ブラウンが変化をもたらそうとしている。「俺たちの世代に与えられなかったチャンスが、今の世代には与えられている」とラマーは言い、コミュニティに実際に参加することが真の力となるのだと強調する。ただ寄付をしたり、ポジティブなメッセージをツイートするだけでは不十分。実際に行動で示し証明しなければならないのだ、と。「同じコミュニティの人間に怯えながら暮らしているひとたちがたくさんいる。ギャング文化はいまだに存在しているしね。でも怖がってちゃダメなんだ。毅然とそこに生きていかなきゃならない。そうすることによって自分自身に対してはもちろん、その地域とコミュニティに対して、愛と意思を示すことができるからね。ひとは他者を憎む理由を探してる。だから憎む理由を与えちゃいけない。「もう俺たちは自分たちが暮らす環境を恐れなくてもいいんだ」そうやってひとたちが思える変化がいま起こっている。そしてこの『恐れない』という考え方はこの先ずっと受け継がれていくはず」

多くのひとが変化を求めている。しかし真に建設的な革命とは、どのようにして起こるのか? 「Alright」は単なる曲なのか? それとも根底には何かしらの意味が込められているのだろうか? ラマーは「心配するな。大丈夫だ」と約束している。しかしどうやって世の中は"大丈夫"になっていくのだろう?こんなにも不安定な状況で、わたしたちはどう大丈夫でいることができるのか?「いつもコミュニティに立ち返る」とラマーは言う。「簡単なことなんだよ。父親を知らずに育った子どもが環境に負けず素晴らしい人間になることだってできると、自信を持てるように仕向けていけばいい。そうやって、ことは大丈夫になっていく。『俺もお前と同じ環境に育ったんだぜ。お前も俺みたいに世界を良い方向に向かわせる歯車の一部になれるんだぞ』とね」。ケンドリック・ラマーは自らが世界を変える力を持ったアーティストだと自負している。そして世界を変えることを目指して生きている。「死ぬとき、『俺はここの進化に貢献することができた』と考えながら安らかな眠りにつくよ、きっと」と言いながらラマーはこめかみを指で軽く突いた。

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Credits


Text Touré
Photography Craig McDean
Fashion Director Alastair McKimm

Grooming Francelle Daly at Art and Commerce. Photography assistance Nick Brinley and Maru Teppei. Digital technician Nick Ong. Styling assistance Sydney Rose Thomas and Madeleine Jones. Grooming assistance Ryo Yamazaki. Production Gracey Connelly and Dyonne Wasserman.

Kendrick wears all clothing Prada.

Transtaion Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.