Photography Miles Aldridge

マウリツィオ・カテラン、ギルバート&ジョージとの共作に挑む写真家:マイルズ・オルドリッジ

「今、写真そのものの価値が問われていると思います」。想像の力を物語るオルドリッジの新作は、アイコニックな現代美術作家たちとのコラボレーションから生まれた。

|
maj 31 2018, 7:00am

Photography Miles Aldridge

This article was originally published by i-D UK.

「多くの偉大な物語は、ドアが開くところから始まります」。マイルズ・オルドリッジは、ギルバート&ジョージが自宅の玄関ドアを開けている写真について尋ねられるとそう答えた。G&Gとのこのコラボレーションは、ロンドンのリンゼイ・イングラム・ギャラリー(Lyndsey Ingram Gallery)で開催されているマイルスの個展「(after)」の3分の1を占めるものだ。

「(after)」展の展示品の多くは、ストーリーテリングがその中心となっている。ギルバート&ジョージのほかに、立体作家マウリツィオ・カテランや画家のハーランド・ミラーの作品もマイルスの写真作品に素材として登場する。空想の世界から抜け出たような裸体の女性の前にマウリツィオの立体作品を配することで、シュルレアルな写真に仕上げている。ほかには、ミステリアスで中性的な訪問者のホスト役としてギルバート&ジョージを起用した寸劇調の作品や、ハーランド・ミラーの表紙の絵画をペーパーバックにして、キッチュな50年代風ピンナップに組み込んだものも。「ほかのアーティストに自分の作品の使用を許可するというのは、その作家の絶大なる自信、美しき慎み深さの表れだと思っています」とマイルスは付け加えた。

どのシリーズでも映画的な物語性が作品を貫いているが、コラボレーションや写真という媒体それ自体も、ストーリーを形成している。よくある写真技法ではなく、スクリーンプリントやヴィクトリア時代のグラビア印刷を用いてイメージをつむぎ出しているのだ。

「マウリツィオとの協働は、ほかの多くのことと同じく、シンプルに振り返ることから始まりました。私がともに作業していた第三者を通じて、お互いがお互いのファンだということがわかったのです。その人を介して連絡を取り、マウリツィオから私の作品が大好きだというメールを受け取りました。そして彼はインスタグラムや画像にまつわる終わりなきジレンマについて、こんなことも書いてきたのです。「画像の海の中にあっても、まだ意味のある作品をつくることはできる」

イタリア版『VOGUE』と多くの仕事をする中で、私は非常に上品で広告的な美しさに取り組んできましたが、そこに不安や困惑といった要素を持ち込むことで、消費社会に疑問を提示してきたのです。それはすべて、私を信頼し、そうした作品をつくらせてくれたフランカ・ソッツァーニのおかげです。大事なのは、暗すぎないように、そして少しミステリアスな雰囲気を加えること。それが何を意味するかという話はしないのですが、フランカに関しては特に言う必要はありませんでした。それこそ彼女を偉大な編集者たる所以です。私の作風はマウリツィオのそれととても似ていると思います。特に、消費主義と現代のカルチャーが私たちを攻撃していると匂わせるイメージを創出した「Toilet Paper」にはそれが顕著です。死ぬほどほしいと思っているものが身の破滅を招くという、アンディ・ウォーホルの「Car Crashes」という作品も同様ですね。

私は、売れっ子モデルだった姉と一緒に育ちました。ファッションフォトグラファーになるチャンスをつかんだとき、金持ちで美しいことが幸せを意味するという考えを世に喧伝したくないと考えたのです。イタリア版『VOGUE』の作品で私が言いたかったのは、そういうことなんです。新聞を5ページも読めば、雑誌が示すように世界が動いているわけではないとわかるでしょう。

メールで私たちは何度も写真について話し、何か一緒にできないかと話し合いました。ある日、マウリツィオは私にこんなメールを送ってきました。「パリで展覧会をするんだ。君の写真の背景にピッタリだと思う」。その展覧会は、彼が手がけた有名な立体作品でいっぱいでした。そこで、その作品に女性の怒りを対峙させるというアイデアを思い付いたのです。クラシックな裸婦像を、そのモダンさと対比させるというわけですね。

そこで、私たちは美術館が閉まる午後7時に待ち合わせをしました。夜に作業をしようというのです。マウリツィオはときどき仮眠をとるために、部屋にベッドまで用意していました。翌朝に美術館が開くまでずっと作業しました。彼は写真に夢中で、レンズやフィルム、現像やプリント、それに私たちが使ったライティングの話もしていました。ほかの優れたアーティストと同じく、彼もまた子どものような熱心をもって物事に取り組むのです。仕事仲間として彼はとてもなごやかで、研究熱心な人物でした。私に任せながらも、アイデアを提供してくれるのです。

マウリツィオは、私がともに作業した初めてのアーティストでした。それ以降、他のアーティストたちとの関係は単なるコラボレーション以上のものになっていきました。写真と他の表現形式がもつプロセスや可能性を結びつけるようになったのです。

ハーランドとは20年来の友人です。初めて会ったとき、彼は小説家に、私は映画監督になりたいと思っていて、ハリウッドへの道を探していました。まだ私がちゃんとフォトグラファーとして活動していなかったころ、そしてハーランドも画家になる前、私は彼の写真を撮り始めました。彼の絵はすべて執筆活動に由来するもので、タイトルがなく、おそらく抽象的表現主義、カラーブロック、絵の具、テクスチャを用いています。タイトルがあると、それがすべてになってしまうのでしょう。彼の作品に込められたユーモアは、まぎれもなくイギリス的なものです。少し日常的で、当てこすり満載なのですが、同時に深遠でもあるその作品は、想像力を刺激してきます。

大聖堂のような白壁のスペースで、座りながらハーランドの作品を見ていた私は、自分の幼少時代を思い出させるこの絵を使って、何ができるだろうかと考えました。その作品を楽しみ、そこから何かを見出すこともまた、アート作品のだいご味のひとつですから。このプロジェクトも、ある意味でそこから構想を得たと言えるでしょう。彼のフェイクの表紙を実際の本にするというとてもシンプルなアイデアが、すごく気に入りました。とてもわかりやすいですからね。私のバカ正直さから来たものだと思います。そんな子どもらしいシンプルさを試したり持ち続けたりしなければならないと、私は考えています。私の父は優れたアーティストでしたが、永遠の少年でしたし、そのアートの方法論は子ども向けの物語のようでした。すごく変わっていて、ほほえましいほどに純粋だったのです。私たちが生きているのは、すごくわかりやすいものを良しとしないほど超懐疑的で批判的な世の中なんです。

そんなわけで私はハーランドに頼んだのですが、彼はうまくいきっこないと思っているようでした。でもやってみることには前向きでした。そこで私は作品を表紙に仕立て、手持ちのペーパーバックに巻き付けました。使い込んだ風合いがほしかったものですから。ペーパーバックを手に入れた私は、シネマティックな物語の中でそれを使う方法を考えました。主人公とその本を使ったシナリオ。すぐにいくつか頭に浮かびました。本のページに水をしみ込ませるクラシックなものといえば、風呂です。次に、ジャン=リュック・ゴダールの映画で、開いた本を手にしながら雨の降る窓に目をやるアンナ・カリーナの姿が思い浮かびました。郷愁と美しさにあふれたイメージです。そして、ベッドまたは机で本を読む姿。そんなシーンをかたちにしたいと思いました。ハーランドと私が子ども時代に悩まされた、60~70年代のひどい質感のカーテン。というのも、60年代に私の父は家をサイケデリックな色に塗り、母がそこにウィリアム・モリス調の柄が入ったソファや布地を置いて、頭の痛くなるような色合いをつくり出していたのです。ある部屋にはユニオンジャックのようなものが描かれていたのですが、1966年にはそういう感じが流行っていました。写真に、そんなキッチュな雰囲気を入れ込みたかったのです。

ギルバート&ジョージは前にも撮影したことがありました。そして、フォーニアー・ストリート12番のドアをノックしたときのことが、強く心に残っていたのです。戸の向こうで準備が行われているという確信がありました。何かが動き、整えている音。それが7分ばかり続いたでしょうか。そして突然ドアが開いたのです。ジョージが一歩踏み出し、手を伸ばしました。ギルバートは、とてもおもしろいアングルで廊下の向こうに隠れていて。こちらから見えるのですが、全身が出ているというわけではないのです。すべてが完璧に演出されていました。だから、彼らを主役にして何かプロジェクトをしようと思い立ったとき、最初のカットは玄関で出迎えているものにしたいと自分が考えるのがわかっていたのです。

多くの偉大な物語は、ドアが開くところから始まります。そこから新しい世界に入るのですから。物語や奇想天外な詩をつむぐための架空の道具としてカメラを使うという考えが大好きなんです。だからこう自問しました。誰が来たのか? それがプロットの始まりです。最初は、いかれた叔母さんか何かが来て、週末を彼らと過ごし、お茶を飲んでサイクリングに出かけるとか、そういうエドワード朝ふうのことをするというものを考えていたんです。ですが、そのアイデアが進化して、ミステリアスで中性的な客になりました。オープンでなければならなかったんです。不可解なムードを持つ、簡単に説明できないものこそ、写真に力を与えるのですから。

写真のプリントは、ヴィクトリア時代に使われていたグラビア印刷という技法を使いました。写真をエッチングで金属板に写すのです。それにインクをつけ、印刷機にかけると、画が出てきます。この一連の作品については、いくつかの異なる印刷方法を試してみました。何か違うことがしてみたくて。例えば、ハーランドの作品はスクリーンプリントです。光学的な手法にこだわらないものを使ってみたいと思ったので。現代のフォトグラファーでグラビア印刷をしてる人がいるかどうかはわかりません。かつてはイメージを複製するのによく使われていました。

今、写真そのものの価値が問われていると思います。日々どれだけの写真家が消費され、捨てられていくか、考えてみると良いでしょう。つまり、このもっと貴重で、ハンドメイドの写真は、写真が弱体化しているような感じがすることへの応答になっているのです」

Credits

Photography Miles Aldridge
Translation Aya Takatsu