ディストピアに笑いを:イ・ラン interview

溢れるユーモアと社会に向ける鋭い観察眼——それはいつもイ・ランと共にある。2018年3月に全国5カ所のジャパン・ツアーを行った彼女が最近気になっている手話や日本の広告、SNS時代のディストピア表現のこと。

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apr 3 2018, 8:00am

イ・ランとは数年前からたびたび顔をあわせる機会があって、ファーストアルバム『ヨンヨンスン』を聴くより先に「韓国のやたらかっこいい女の子」として認識していた。聴いてみて、その耳に心地良く美しい歌声と親しみやすいのに甘過ぎないサウンドに感嘆していたら、音楽だけでなく文章、マンガ、映像もいちいち冴えているから驚いてしまう。が、それと同時に納得もある。

2016年にセカンドアルバム『神様ごっこ』が発表されて以来、ユニークなPV、メディアでの発言、ライブ活動などを通じて、彼女の魅力はますますたくさんの人々に気づかれるようになった。そんなあふれる才能をもってしても、いや、もしかしたら飛び抜けて才気煥発だからこそ、この現実というやつはどうにもままならないようで……?

2018年の早春、東京でイ・ランに聞いた最近のこと。

——これまで何度か日本にツアーしに来てるけど、毎回規模が大きくなっていてすごいですね。東京公演の会場は300人以上収容のホールなのに発売当日ソールドアウトしてたし。

1日、2日(※韓国で「1日、2日」は“当たり前”という冗談)。ヒヒヒ。

——仙台と那須と金沢ではチェロのイ・ヘジとのデュオ、東京では5人編成のフルバンド・セットです。映像の上映やトークショーを行う公演もあります。こういう多彩な内容のツアーになったのはランちゃんのアイデア?

今回のツアーは、ソウルの弘大にある雨乃日珈琲店の清水博之さんの奥さんで書家の池多亜沙子さんが那須で個展をすることが決まって、展示のオープニングで演奏するという約束から始まりました。那須での公演が決まり、あと何カ所かで公演ができないかと打診され、今回のツアーが決まっていきました。

いまの彼氏が日本人でたけちゃんって言うんですけど、仙台出身で、前から一回お母さんに会おうという話をしていたんです。それで、せっかく行くなら仙台にはyumboっていう素晴らしいバンドがいるから、yumboの澁谷浩次さんと工藤夏海さんが経営する〈喫茶ホルン〉でライブするのはどうかと、たけちゃんに提案されて決まりました。仙台に私のことを知っている人がいるか心配だったけど。

金沢は亜沙子さんの実家があるのと、日本に最初に来たときから行っていて、いつもよくしてもらっている場所なので今回も自然と決まりました。映像の上映やトークショーは各地の企画者から提案してもらって。今回行けない大阪とかは、こんど柴田聡子ちゃんとアルバムを出すからそれが出たときに周ろうと思っています。今回は亜沙子さんの那須、金沢、たけちゃんの仙台、そして東京。

——東京公演もツアー全体の企画・制作を担うSweet Dreams Pressの福田教雄さんたちがいるから実現したわけで、基本的に人の縁で動いてるんですね。上映会ではどんな作品を?

私が監督した短編映画とPVです。

——自主制作のコメディ『主イエスと共に』は日本語字幕付のものがYouTubeで公開されていますよね。ほかにもいろいろドラマを撮ったりしていると聞きました。

最近は自主っていうより企業のスポンサーが入ってるような仕事を受けてて。まあWebドラマみたいな、普通にアイドルとか出るライトな感じです。自主では一個作りかけたんですがポシャってしまいました。

——最近はそういう大きい芸能界!って感じのお仕事でお金を稼いで、それとは別に自分で自分のやりたいことをやるスタイルで活動しているのでしょうか?

そういう大きな会社もたくさんお金をくれるわけじゃないから大変です。会社に所属してる監督もいるけど、私はフリーランスだから、そこでまた待遇の差があったり……。

◎「イムジン河」が包含する意味の重なり

——2018年1月に「イムジン河」のPVを公開しました。雪の中、イムジン河(臨津江)のほとりで日本語の歌詞を歌うのと同時に、韓国語の手話をつけています。日本だと「古いコリアンフォークソングをカバーして放送禁止になった曲」という認識だけれど、韓国ではこの曲はどの程度知られているのでしょうか?

韓国人はほとんど知りません。北朝鮮の人、在日(韓国・朝鮮人)の人、日本人にしか知られてなくて、それだから面白かった。もともと南と北は一緒の国だったから、私たちの周りでは金正日(キム・ジョンイル)がどうしたとかよりも、「私達は一緒の民族」という感覚があります。それなのに「イムジン河」って曲があって、私は知らないのに日本ではよく知られていて、なんで?って不思議でした。

——この曲を取りあげることにしたのはどうして?

アーティストのナム・ファヨンさんからイ・ランの歌う「イムジン河」を作品に使いたいと頼まれたんです。はじめは曲も知らないし、なんで私が他の人の曲を歌わなくちゃいけないの? みたいに思ってたんだけど、「『イムジン河』って曲知ってる?」ってたけちゃんと日本の友達のナリタとユキに訊いたら、「よく知ってる」って言われて、なんで!? ああ悔しい! もう歌う!って(笑)。それで練習しているうちにこの曲が大好きになって、そこから編曲や楽器をどうするかを考えていきました。完成した音源が作品に使われたのとは別に、私は私で公開したくなり、PVを作ることにしました。

——手話は韓国語の手話なんですよね。

「イムジン河」の背景には、たとえば南北の話だったり日本語・韓国語という言語的なものだったり、いろんなレイヤーがあるんですけど、それを歌のなかで表現したかったんです。韓国の人はこの曲をあまり知らないから、いま私が歌ってもただのイ・ランの新曲になってしまう。でもそこに手話を加えると、また意味のレイヤーが増えるでしょ。フォーク・クルセダーズの日本語の歌詞と、オリジナルの韓国語版「イムジン河」の歌詞では内容もちょっと違う。フォーク・クルセダーズ版の韓国語の歌詞はなかったから、それをハングルで翻訳して、さらにそれを手話に翻訳する、その作業が面白かったです。 言語のひとつとして手話に興味があるんです。本で勉強するんじゃなくて、まねして覚えるのも好きで。日本語もまねしていたら会話できるくらいになりました。海外に行ったらまず、自分の自己紹介と挨拶、感謝、すみません、とかを覚えるでしょ。それとまったく同じやりかたで手話も覚えました。アルファベットと挨拶、すみません、とかそんな感じです。

——雪景色できれいだけど、すごく寒そうな……。

サムソン?

——サムソンじゃなくて、さむそう。

あっ、「さむそう」(笑)。ベリーサムソン(笑)。そう、めっちゃくちゃ寒くて。もう手が動かないぐらい。最後に歩いていくでしょ、手話終わったらこうやってすぐポケットに手を突っ込む(笑)。

——そうやってがんばった甲斐あってすごく美しいPVができて。反響も大きかったでしょう。

PVが出た次の日にYahoo! JAPANに記事を書いてくれた人がいて、そのあと連絡がきて、書面で質問されて答えたりしたけど、南北とか在日とかセンシティヴな話が出るから、やっぱり会ってちゃんと話したいと思って、今回日本に来てインタビューを受けました。だから「イムジン河」だけのディテールを話してる記事が出るはずです。

◎SNSには混乱してる

——セカンドアルバム『神様ごっこ』が韓国大衆音楽賞でフォーク部門の最優秀賞を受賞したとき、スピーチでインディペンデントに活動するアーティストの経済的窮状を訴えてトロフィーを競売にかけるパフォーマンスをして話題になりましたよね。あれかっこよかった。でも、秋に日本で出た『早稲田文学 女性号』にイ・ランが寄稿したエッセイ「韓国大衆音楽賞 トロフィー直売女」を読んで、あのあとたいへんな目に遭っていたことを知りました。

みんな知らなかったでしょ。あれはびっくり。

——韓国社会の性差別を批判したら、発言の一部が切り取られて「男性嫌悪」とレッテルを貼られ、攻撃の的になってしまった。でも、そういう悪意に対抗するフェミニズムの運動もすごく盛り上がっているんですよね。韓国はまだすごく保守的なんだなって部分と、日本よりずっと進んでるなって部分と両方あって、なんというか話を聞いていて文化の違いを感じます。

でも、バブル時代? の日本のイメージとかを見てると、女性が強くて自由を謳歌してる感じを受けてたんですけど。いまはぜんぶ無印?(笑) おとなしい、落ち着いてる感じ?

——バブルの頃の日本っていまよりずっと性差別がひどくて、女の人たちもふだん言うこと聞かなきゃいけないから夜遊びとかで刹那的にはじけてた部分もあると思うんですよね。若い人はそういうのをあまり知らないままファンタジーとしてのバブルに夢見てるとこあるみたいだから、いやいやろくでもなかったから! って言いたくなったりもします。私は当時子どもだったけど。

じゃあ、バブルの時代はそれでもそうやって発散したいときに発散してたとして、いまはそういう発散したいときってどうしてますか?

——どうしてるんだろう。いま若い人のあいだで流行ってる感じなのは……アニメ見るとか? ソシャゲとか? 韓国ではゲームって流行ってますか?

7年前にはじめて日本に来たとき、電車に乗るとわりとみんな本を読んでてびっくりした記憶があります。韓国は当時からもうみんな携帯見てたから。いまは日本もすっかりそうなっちゃって100パー携帯。その変化ってなんなんだろう、っていうことは考えます。韓国人は隣の人が携帯見てたりすると覗き込んだりするんだけど、私も日本でこうやって(身を乗り出す)覗き込んだりすると(笑)、だいたいゲームとかLINEをやってたりして、韓国とまったく一緒です。 (手帳型スマートフォンケースを見て)モモちゃんもカバーだ! あやしすぎですね(笑)!

——えっ!? あやしいかな!?

(手帳型ケースは)韓国では60代以上がつける。老人用です。

——そうなんだ……。こういうやつのほうが安全な気がして。割れるの防止。

韓国では友達からケータイにメッセージが来たらその場で横にいる友達もいっしょに見て、ふたりで返信するみたいになるんだけど、日本の人は隠しますよね。

——あー、日本の場合、別にバレたら困ることしてるわけじゃなくてもプライベートをあんまり表に出したがらない気風があるのかも。それが韓国の人からするとこそこそしてるみたいに感じられちゃうのかな。韓国の人のほうが日本の人より自分を前に出してくるというか、自分の意見をはっきり主張するのに慣れてるって印象は確かにあります。まあ私が知ってるのがランちゃんとかだからかもしれないけど……。

韓国の人たちも表現したいこと、発散したいことをしきれない、やりかたがわかんないっていうのがあるんだけど、それに関して日本の人たちはどうなのかっていうのは知りたいです。

——日本の人、みんな仲間内で遊ぶので忙しくなっちゃって、というかとにかく時間がなくてくたびれちゃってて、知らない人に向けて発信する、世に問うみたいな意欲をあんまり持てなくなってる気がします。

でもTwitterとか日本人めっちゃくちゃ使うし、ひとりで喋る人めっちゃくちゃいますよね。

——町中でひとりごと言ってる人いますね。自分も言ってそうで怖い。みんな言いたいことがないわけじゃないんですよね。

SNSに関して喋りだすといろいろ複雑になってきちゃうんですけど。SNSってもともと自分の知ってる友達とか、あるいは知らない人でも共通の話題で話ができる人とオンライン上で交流する目的で作られたものだと思うんだけど、いまはそこで軽く発言したことが、知らない人たちに審判されるっていうか。「この人は男嫌いだ」みたいなレッテルを貼られて突然晒されて集中攻撃を食らいます。そういうのが最近すごく増えてきて。そこで女性のほうからサポートされる感じがあって、すごいフォロワーが増えたりします。だけど、友達にゲイが多いからそういうことについて書いたら、今度はその女性たちの一部のゲイを嫌悪する人たちからもガーッと攻撃されたり。思考っていうのは単線的じゃないし、そんな単純にものを言ってるつもりはないのに、言葉尻をとらえてそのつどいろんなところから攻撃されたりジャッジされたりします。

——そうなるとなんにも言えなくなっちゃいますよね。

いまTwitterのフォロワーが2万3000人いるんですけど、そのうち実際にアルバム買って聴いてくれてる人っていうのは3000人もいないんです。でも、その3000人とは同じ土俵に立ってるっていうか。たとえばですけど、イ・ランがパンを売ったとして、それを買って食べた人たちは「うまい」とか「まずい」とか伝えることができます。でも残りの2万人は味を知らずに「まずそう」とか言うわけで、結局その2万3000人の人たちから常に審判を受けてる状態。どうすればいいのかちょっとわかりません。

だけどいま、東京でもソウルでも電車の中でみんなケータイしてるじゃないですか。いまの時代にアーティストとして生きている以上、SNSとかインターネットをやめることはできないでしょ。ビヨンセとか、もっと有名な芸能人だったら、テレビとかコンサートとか、別のチャンネルで自分の表現が保障されていて、伝わるし、それで生活もできます。だけど自分の場合、SNSのアカウントを消しちゃうと自分の活動を伝えられる回路がなくなっちゃうから。宣伝のためにも生活のためにもやめられない。だから混乱してる……。

◎ディストピアに笑いを

——ちなみにいま韓国でいちばん流行ってるSNSはどれですか?

Instagramかな。統計的にはFacebookですけど。

——日本語で「インスタ映え」って知ってます? 去年、新聞とかテレビとかでも取りあげられる流行語になったんだけど。インスタで映える、よく見える、って意味。

インスタ……バエ……そう言うんですね。そういうことに関してのドラマで『ブラックミラー』っていうのがあって、すごく面白い。もともとイギリスのドラマで、シーズン3、4がNetflix制作になったんです。ブラックミラーっていうのは、たとえばスマートフォンみたいな電子機器の電源を切ったときに、この黒い画面が鏡みたいになって自分がうつるイメージからのタイトルだと思うんですが、近未来が舞台で、こういう電子機器みたいなものの技術が発達したときにどういう最悪な事態が起きうるかについて語っているドラマ。たとえば、Instagramみたいなプログラムを全世界の人たちが共通のツールとして無条件に使わなきゃいけないことになっていて、会う人どうしお互い評価して点数をつけてる話があって。その点数が相対的に高いと家が買えたり社会的ステイタスが手に入るんだけど、低いとまともに暮らしもできないっていう。

私も、全世界ですべてのそういうネットワークが1日でも1分でもシャットダウンされるっていう事態を想像したりするんだけど……原子力発電所がシャットダウンされたらどういう影響がありますか?

——安全装置がはたらいて止まるようにできてるはずだけど、どうなることやら……。いま、そういうディストピアっぽい表現が世界的に流行っていますよね。『侍女の物語』のドラマが話題になったり、オーウェルの『一九八四年』がベストセラーになったり。

そういうディストピア的なことを取りあげて話を作ってるの、どう思いますか?

——まっとうな反応というか。世の中がひどい状態だから、みんな「このままじゃいけない」って思ってることのあらわれですよね。

私は、たまたま韓国って国で86年に生まれて最悪だったっていうことを言い続けてるんだけど、実はどの時代、どの国に生まれたとしても同じことを言ってたと思う。自分がどの時代、どの国に生まれても最悪だって、それを話さずにはおれないし、誰かと対話せずにはいれない。で、まあ、ギャグを作ったりだとか、そういったことをせずにいられない。それしか方法がない。それが作品です。 韓国の話に戻すと、毎日最悪な状況だから、「ヘル朝鮮」って言葉ができてみんなが使い始めたりとか(※英語の「地獄(Hell)」と朝鮮を組み合わせた造語。韓国の若者たちが自国の生きづらさを嘆くのに使い、流行語になった)、当然ディストピア的なことを語ったりもするだろうけど、泣きながら言っても伝わらないっていうか。ある意味、おもしろおかしく表現してこそ伝わるっていうところもあるから、自分はそうしようとしてます。

——でも、韓国の人たちは大統領やめさせたりして行動力すごいじゃないですか。日本はなんで総理大臣に選ばれるのか私にはわからない人が2回目で5年やってますからね……。

5年以上でしょ。韓国では「ヘル朝鮮」とかそういう話が珍しいことではないというか、みんな言ってることだから、私が言ったとして別にインパクトがあるわけじゃない。だけど、日本に来てちょっとそういう話をするとすごい反応が返ってきて、そういうテーマでインタビューしたいって話が来たりします。やっぱり日本でもそういうことについて話したいって欲求があるんだけど、自然なかたちで話してる人があんまりいないから、それが自分のところに来たりするのかな?って思います。

——日本では芸能人がテレビや雑誌で社会問題について語ったり政権を批判したりすることがあんまりないんですよね。英語圏のメディアを見てるとそこがはっきり違う。日本でも少しずつそういう意見を伝えようとしている人たちが出てきていると思うけど。

韓国にソルリってアイドルがいて、前f(x)にいてもう出ちゃったんですけど。彼女はわりと自由に発言してて、それが面白いってウケてたところがあるんだけど、そういうアイドルは日本にいませんか?

——うーん、日本でテレビにしょっちゅう出てるようなアイドルだと、政治的発言どころか恋愛禁止みたいな、行動を制限する圧力がまだまだ強い気がします。

日本の地下鉄に乗ってると、広告とかに芸能人の写真がいっぱい出てて、私にはその人たちが有名か有名じゃないかもわかんないんだけど、どういう人なのか興味があります。具体的に面白い発言をしてる人の名前とかもっと知りたい。日本のどうしようもないところを面白く語ってる人がいたら、教えてほしいです。