Instagramから消された画像の写真集

フェミニストのアーティスト2人組、アルヴィダ・バイストロムとモリー・ソーダが、Instagramのそして現代の矛盾を浮き彫りにする新たなプロジェクトを始めた。

by i-D Staff
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06 October 2016, 10:00am

アルヴィダ・バイストロム(Arvida Bystrom)とモリー・ソーダ(Molly Soda)は、インターネットで知り合ったという。イイね! やフォローをし合った後、ふたりはオンラインでの友情を育んだ。ふたりは共にネット上で有名だった。モリーは、ヌードのセルフィや深夜の卑猥なやりとりが流出して有名になり、一方のアルヴィダは、カラフルで可愛いパステルカラーで女の子の世界を映し出した写真を数多く発表して、多くのフォロワーを持っていた。このふたりのフェミニストは、デジタル世界で現実した夢のようなタッグだ。ふたりはこれまで、グレース・ミチェーリ(Grace Miceli)によるグループ展『Girls at Night on the Internet』などで作品が並べられたことはあった。しかし、今回は真なるコラボレーションだ。ふたりは、人間の身体との関係におけるオンライン検閲の政治性、そして何をもって"閲覧に適切"と定義づけるのかという疑問に迫っている。

規則に違反したという理由でInstagramから削除された画像を募り、1冊の写真集にまとめる、このプロジェクト。陰毛から乳首、イスラム教徒女性が顔を隠すために用いるスカーフ(ヒジャーブ)、ピンク色のネバネバした物体など、ふたりのもとへ届いた画像にはさまざまなものが写されているというが、本が出版されるまではどの画像が採用されるかは明かされない。i-Dはセックス、検閲、そしてヌード自撮りがもつ力についてふたりに聞いた。


Arvida Byström

ふたりはどうやって出会ったのですか?
モリー・ソーダ(以下M):オンラインよ! Tumblrだったと思う。実際に会ったのは、今回の写真集プロジェクトをやろうと決めてから。

このプロジェクトのアイデアはどのようにして生まれたのでしょう?
M:たしか、アルヴィダがアップしていた画像が削除されて、彼女が怒りを綴っている投稿を私が見たの。そこで私は「削除された画像を集めて写真集を作るべきよ」といった内容のコメントを残したの。そうしたら彼女が私にメッセージをくれた。その後はトントン拍子に、とても自然に進んでいったわ。

なぜ印刷物にこだわったのでしょう?
アルヴィダ・バイストロム(以下A):印刷して本に収めて、10年後、20年後、50年後に「このときから何か変わったかしら?」って世に問う、というアイデアをとてもいいと思ったの。
M:本はタイムカプセルのような役割を果たすと思うの。Instagramで削除されてしまえば、画像は消えてなくなってしまう。どの画像が削除されたかは通知されないのよ。ただ「あなたが投稿した画像は規約に違反しています」と通知されるだけ。でもInstagramが抹殺することで、その画像の存在感は高まる。そういった"失われ"、"抹殺された"画像を1冊の本にまとめるというのは、そうした画像を追悼するのにも良い手段だと思って。それに、意図せず高められた存在感を浮き彫りにする手段でもある。


Caroline Mac

これまでに届いている画像にはどのようなものがあるのでしょうか?
M:あらゆるものが写ってるわ! 見て明らかなものから、抽象的なものまで。

驚くような内容のものはありましたか?
A:これまでで1番驚いたのは、ヒジャーブをまとった女性の画像。その画像を撮影した男性が画像に添えたキャプションが、テロリズムを示唆していると解釈されたのね。完全なる誤解なのに。
M:あれには本当にビックリしたわ。ヌードでもなかったし、ヌードを示唆する要素も、衝撃性も暴力も一切なかったから。純粋なポートレイトだったのよ。
A:人間の体にまったく関係ないんじゃないかと思うような画像まで削除されているわ。乳首に関連するキャプションがアップされているだけで削除されているの。
M:手のひらにネバネバしたものが乗ってるというものも2枚あったわね。
A:それが今の社会っていうものなんだけど、女性の体が被写体となっている画像が削除されても、男性の体の画像削除ほどには驚かなくなっているのよ。

isaac kariuki

ジェンダーに関してはどうでしょう? 男性よりも女性から多く画像が届けられているのでしょうか? 女性はヌード、男性は暴力を扱った画像が多いのでしょうか?
M:女性のインターネットの使い方や、女性が男性に比べて自分を写すことに抵抗を感じないということを考慮に入れて考えると、女性からの画像が多いと思う。"暴力的"と判断されるような画像が届いたという記憶はないわ。
A:暴力的と判断されて削除された画像はあるんだろうし、実際に、断頭やら他の残虐な内容の画像や動画をネット上から削除することを仕事としている人々について書かれた記事を読んだこともある。でも、そういうアカウントを作る人たちは、きっと私たちをフォローしていないし、私たちの作品に興味もないだろうから、そういう画像が送られてくることもないんだと思う。この本は、"人間の体"、"女性であるということ"、そして"私たちの体が、公共の場とプライベートなスペース、それぞれでどのように求められているのか"という問題を扱っているの。

おふたりはそれぞれ画像を削除された経験があるわけですが、あなたの体が巨大男性主導企業の規約に違反していると告げられたことについてどう感じていますか?
M:今では、怒りも感じてないわ。何が削除対象になるかの判断がつくくらいには長くオンラインの世界で活動してきているし、削除されても驚かない。アプリやサイトは友達じゃない。ただ、そうしたアプリやサイトと繋がらざるをえず、また頼らざるをえないから今でも利用しているだけ。人々が私たちの作品やアイデアにアクセスするのに必要だから。欠点の多いシステムだし、とても脆いツールなのよ。
A:私もオンライン歴は長い。"自分の体が大嫌い"だったティーンとして利用し始めたの。今では自分の体と折り合いもついているけど、いま企業が私の価値観に反対の意見を持とうが、私は驚かないわ。ああいう企業は、商品が売れて、かつ企業イメージを損なわないものであれば"人間の体は有益に働く"という概念のもとに成り立っているんだもの。でも、何が悪とみなされ、何が子供たちに見せるべきでないものとみなされるかはとても興味深いわ。だって、結局は「子供達を守ろう」という論調になるんだから。裸であろうと着衣であろうと、たまには違ったタイプの体をたくさん見るほうが、画一的なボディイメージを見続けるよりもずっとダメージは少ないはず。
M:削除されたら、自分の体の問題点や自分の恥ずべきところを指摘されてるように感じるのにね。

Molly Soda

A:このあいだ、きっと削除されるだろうと思いながら、ある画像をアップしたの。私の陰部を写した画像よ。パンティを履いていたし、パンティラインの両端からも陰毛も見えていなかった(もちろんちゃんと陰毛は生えているわよ)。でも、パンティの真ん中にはハート型に切り取られた部分があって、そこには私の陰毛が透けて見えるの。見えるのに、パンティの両サイドや上から出ていないからということで、この画像は削除されなかった。あれは私にとって、性器を晒すのに最も近い行動だった。なのに、大きなパンティや水着を着ていても陰毛が少しでも写っていたら、その画像は削除される。
M:陰毛が写っていなくても、その画像は削除されるのかしら?
A:いや、陰毛が写っていなければ、削除されることは100%ありえないわね。頻繁に肌を露出している女の子のなかで、陰毛を剃ってる子たちは画像を削除されたりしないのよ。どこで線引きをすればいいのかしらね。
M:どんな体ならより受け入れられやすいのかしら、と考えるようになるわよね。実際に、"閲覧に適切な体型"という概念もあるように思えるもの。違う体型の女性を被写体に、同じ構図で写真を撮るというのも面白いわね。そのうちのどれが削除されるのかしら?

女体の画像において、Instagramの検閲方針にはセックスという要素がどの程度関係していると思われますか?
M:女性の体は常にセックスと関連付けて語られる。それは女性の体が物として見られているからよ。そういう意味で、女性の体はセクシュアルなものとして判断される。女性が実際にセックスに関連付けて画像を撮っていようとそうでなかろうと。女性が服を着ていようがなかろうがね。

体毛が削除対象になると今度は、服を着ながらにしてセックスを匂わせる画像でイイね! を稼ぐ……
A:それは大きな問題よね。でも、そう、ヌードはそれがプライベートな空間やジムのロッカールームでないかぎり、社会的に不適切なものとされているのよ。でもそこで私たちが問いかけなければならないのは「裸の体というのは実際に有害なのか?」ということ。それから「裸の体とセックスは本当にそこまで関係あるのか?」そして「セックスは若い人たちにとってそれほど危険なものなのか?」ってこと。裸の画像を削除したり、若者の目をはぐらかそうとするよりも、性教育の実施のほうがよほど重要だと思う。そして性教育自体も、性について話すのではなく、実際のところは性的な意味をオーバーに与えてしまっているのが現状。

人種や多様性はそこにどう関係しているのでしょうか?
A:そう、無視できない現実として、私とモリーに画像を送ってくれるフォロワーは、大半が白人で、いわゆる健常者で、いわゆるシスジェンダーの若い女性、多くが痩身。彼女たちは、より自らの体をよく認識していて、見せることにも抵抗が少ないみたい。だから、ぽっちゃりしていたり太っていたり、二分化されたジェンダーに当てはまらなかったり、肌の色が白でないひとには「あなたたちも同じだけ素敵なんだから、あなたたちの画像も送って」と伝えたい!

Ser Serpas

本全体を通してどのようなメッセージを伝えたいですか?
M:私たちはこの本で、Instagramと戦っているわけじゃないの。乳首解放を訴えているわけではないし、それが今フェミニズムの直面している最大の問題でもない。この本は、"隠されて見ることができないけれど、私にはとても価値があるように思えるし、世界が見るべきだと強く思う"、そういう画像を集めた本。
A:ソーシャルメディアでする女性たちの露出的行為は、この堅苦しい世の中で彼女たちが自分たちの体を理解し、受け入れようとしている姿なのかもしれない。これは、私たちがどう自らの体を画像に収めて投稿し、それをInstagramが削除しているかという議論なの。削除をするとInstagramはユーザーに通知するのよ。「"安全なInstagram環境を保つため"、ガイドラインを改めてお読みください」って。社会は改めて、何が安全で何が安全でないのかを考えなくてはならないのかもしれない。この本は、いま私たちが生きている現状と、数年後には時代遅れで笑えるようになっているかもしれないものを詰め込んだタイムカプセルなの。私は、さまざまな乳首が今後、非難の対象にならずに、"安全"だと判断される日が来ればいいと思ってる。体の他の部分も、そこに生えている体毛も、体から出るどんな液体も同様にね。もしかするとこの本はInstagramのような企業が望む基準を満たさない体について物語っている作品なのかもしれない。だって、毛を剃った股関が、毛を剃っていない股関より"安全"だなんてどういうことなの? どうせ「その毛を脱毛するのに費やすお金と労力がそこに関係してくるから、剃ってあるほうが"安全"と判断される」ってことなんでしょ! ってね。

このプロジェクトへの参加を希望される方は、あなたの名前とInstagramでのハンドルネームを添えて、削除された画像をinstabannedbooked@gmail.com までお送りください。

Credits


Text Tish Weinstock
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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