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写真で紐解く英国カルチャーの80年

カウンターカルチャーからポップカルチャー、日常から非日常まで。イギリスのアイデンティティを過去80年間の写真で探る『An Ideal For Living』展が開催中。

by Felix Petty
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12 August 2016, 2:55am

Bagga (Bevin Fagan) Hackney, East London, 1979 © Syd Shelton

デレク・リジャーズ(Derek Ridgers)がトゥイノル・バリー(Tuinol Barry)を撮った2枚の写真がある。おでこに「We are the flowers in your dustbin(俺たちはゴミ箱に打ち捨てられた花)」とセックス・ピストルズの歌詞をタトゥーした、アイコニックなパンク青年を捉えた写真だ。写真として、この2枚の作品を超える完璧さはそう簡単には実現しえないだろう。うち1枚では、悲しみを帯びた大きな目といじけたような唇、ピアスをした鼻に、髪をそり落としたスキンヘッドのバリーが捉えられている。彼の表情には、反抗と諦めが入り混じっているように見える。控えめなニヒリストとでもいうような独特の雰囲気がそこにはある。数年後、リジャーズはバリーを再び写真に収めた。伸びた髪をワイルドに頭なびかせるバリー——額にはあの挑発的なタトゥーが残り、デヴィッド・ボウイのTシャツがデニムジャケットのうちに覗く。

この2枚の写真のあいだには、数年の歴史がある。イギリスのカルチャーに大きな変化が訪れ、アンダーグラウンドが劇的に生まれ変わり、ゴミ箱に打ち捨てられた花たちはマリファナに飽き足らず、コカインに手を染め始めた。リジャーズの写真が捉えたのは、カルチャーが勢いを増し、ユースの怒りが爆発寸前にまで高まって社会に一縷の希望すら見出せなくなった、まさにその"時"だった。打ち捨てられた花たちの額には、永遠に「社会から拒絶された者」という刻印が押されたのだ。ゴミ箱に捨てられた花——バリーは時代を超え、永遠にそれを体現する存在となった。

Tuinol Barry, Kings Road, London, 1983 © Derek Ridgers 

リジャーズの作品は、現在ロンドンのギャラリーBeetles+Huxley Galleryで開催されている『An Ideal For Living』展で展示されている。イギリスの階級社会とカルチャー、アイデンティティが過去80年間でいかに変化したかを、20人の写真家の作品で探るこの企画。階級制度が最後にうまく機能していた第二次世界大戦中のイギリスから、灰色で冷たい1950年代の惨めなイギリス、劇的なカルチャー復興を見た60年代のイギリス、激動の70年代、マーガレット・サッチャー首相の登場、社会が浄化、分断され、断裂した80年代、トニー・ブレアの首相就任とそれに伴うブレアリズム、そして労働党が打ち出したリベラリズム、労働者階級のブリティッシュポップが焼き直され世界を席巻した90年代まで、「イギリス」という国とそこに生きる人々がいかにして現代へとたどり着いたかが見えるエキシビションとなっている。

この展覧会のキュレーター、フローラ・ラ・タング(Flora La Thangue)は「展示されている写真を見れば、この国において階級というものがこれまで常に、そしてこれからもずっと、単なるパフォーマンスなのだということがわかるはずです」と語っている。たしかに、展示されているなかで最も古い作品となるビル・ブラントが召使いの女性たちを捉えた作品や、たくさんのスーツケースを積み上げた横にパディントン駅で電車を待つ学生を捉えたE.O.ホッペの作品などを見ると、タングの言葉がよく理解できる。そこには、市民が自分の身分をわきまえることを良しとしたエドワード王朝の影が色濃く見られる。しかし、それは作り上げられたもので現実味に欠ける。「ブラントの作品は、完全に作られたものです。あの作品はブラントの叔父の家で撮影されたもので、すべて演出がほどこされています」とフローラは説明する。ホッペの作品も、ポーズをきめているように見える。完璧すぎるし、そこには作家の意図が見て取れる。

Mill Girls, Elland, Yorkshire, 1965 © John Bulmer 

これらの作品は、被写体がカメラを前にパフォーマンスをしている写真というわけだ。しかし、パフォーマンスとしての階級、それぞれの身分に求められるコードと慣行を記録した作品でもある。「30年代から現代に至るまで、この国の写真家たちは、階級や宗教、年齢、人種によってくくられたグループが、それぞれどのようにグループとしてのアイデンティティを築いてきたかを記録しようとしてきたのです」とタングは言う。「階級的アイデンティティのパフォーマンスは、ブラントが召使いを撮った30年代作品にも、コリン・ジョーンズ(Collin Jones)が北イングランドの労働者階級コミュニティを捉えた作品にも、スウィンギング・ロンドンの60年代を捉えたフランク・ハビットの作品にも見て取ることができます」

そしてこの展覧会自体がイキイキと躍動し始めるのも、60年代以降のセクションだ——そこには、センターロールリーゼントで反抗の姿勢を見せ、ユースカルチャーの反乱の土台を作ったテッズ(Teds)の写真などが展示されている。こうした作品が興味深いのは、それらが階級意識にほころびが見え、それがより柔軟になっていった60年代という時代をそこに見て取れるからだ。ひとびとの想像力が柔軟になるにつれ、パフォーマンスの可能性も広がったというわけだ。

Time gentlemen please: London Stock Exchange, 1960, © Frank Habicht

フランク・ハビットが60年代初期に撮った作品がある。Mary Quant調のミニスカートにローファーにタイトなニット、頭にはフラワーパワーのヘッドバンドを合わせたふたりの若い女性が、名門紳士服店であつらえたのであろうスーツにラウンドフレームのメガネとハット、几帳面に畳まれた傘を杖代わりに持った昔ながらのイギリス銀行員スタイルの男性に話しかけている。ロンドン市街地で、若い女性がクラシックなイギリス男性に時刻を訊いている瞬間だろうか。そこには、古い世界と新しい世界がぶつかり合うときに生まれる心地悪さも、綺麗に整えらえたヒゲの下に漏れてしまった笑みも、同時に捉えられている。そして、時を象徴するように、後ろには50年代の亡霊のようにワークジャケットとハンチング帽をまとって労働者階級然とした男がカメラに向かって睨みをきかしている。そこには、この作品とはまったく別次元の世界観がある。異物感があるのだ。若者のための世界が実現しつつある時代に、古い労働階級には——そしてこの銀行員にも——もう居場所が残されていない。一方の若い女性たちは、新たに誕生した自由の形を体いっぱい表現し、新たなあり方を体現し、古い灰色の世界に穴をこじ開けたように歓びの光を生んでいる。

Red Hijab, Red Dress and Bling, from the series 'Honest with you', 2013 © Mahtab Hussain 

イギリスにとって、60年代は子供時代の理想郷のようなものだった。異なるグループが抵抗なく共存できた時代だったのだ。しかしそれは、70年代を前に崩壊した——現実が夢に追いついてしまった時代というべきだろうか。70年代は社会に対する不安が蔓延し、後期には、自らをイギリス社会のゴミ箱に打ち捨てられた花のように感じた若い世代がニヒリスティックな意思表示としてパンクを生み出した。かつてイギリスが植民地としていた国からは移民がなだれ込み、新たな文化を築き始めた。この現象は60年代に始まり、ふたつの異なる階級意識が融合したモッズという部族を生んだ。そして、変わりゆくカルチャーと階級意識への反応として、暴力的で排除的なスキンズが現れる。「反抗の衝動こそが——皮肉なことですが——このエキシビションで展示されている作品の多くに通底しているものなのかもしれません」とタングは言う。もちろん、反抗の精神、親世代が作り出した世界への抵抗こそはユースカルチャーの核をなすものだ。しかし、この展覧会にはそれと相反する作品がふたつある。ひとつはユルゲン・シャーデベルグ(Jurgen Shadeberg)がケンブリッジ大学の学生たちに富裕層の世界を捉えた作品。そしてもうひとつは、同時代にチャーリー・フィリップ(Charlie Philipp)がイギリスの黒人たちを捉えた作品だ。反抗する者、反抗される者、そしてただ居場所を見つけようと生きる者が、それら作品には捉えられている。『An Ideal For Living』展は、歴史を紹介するエキシビションでありながら、また同時に歴史を紡いでいくような展覧会にもなっている。移民がロンドンとその市民に与える影響、そしてそのパターンの変化が、このエキシビションの写真には脈打っている。名もなき街の名もなき地域で、塗料がはがれたゲートの前を赤いヒジャブ姿の女の子が通り過ぎる瞬間をマタブ・ハサン(Mahtab Hassan)が捉えた2013年の作品と、1979年にシド・シェルトン(Syd Shelton)が撮った完璧な装いのモッズ女子の写真は、すわりの悪い対比を見せる。それは「古くから続くホワイトカラーの労働者たち」と「歴史の浅い移民文化の第一・第二世代」、現代イギリスを構成するふたつのグループのどちらにも関わる——そして戦前から今日に至るまでこの国に横たわり続けている——問題を暗示しているようだ。

May Ball, Cambridge, 1983 © Jurgen Schadeberg 

ジェームズ・モリスが撮ったウェールズの風景には、大地に描かれた階級構造の変化の残像が見て取れる。ピーター・デンチ(Peter Dench)が撮ったエプソムの街には、ジントニックの香り漂い、ユニオンジャックの旗が揺らめく、古き良きイギリス文化を守る人々が捉えられている。そこには、色褪せはしたものの完全に消えて無くなってはいないイギリスの儀式や作法、イギリスの労働者階級のひとびとと生活を捉え続けた写真家マーティン・パー(Martin Parr)の残影が色濃く見られる。

階級は変化し、アイデンティティもまた変化する。しかし、なかには変わらないものもある。『An Ideal For Living』展は、世代を超えて影響を与える出来事——移民の波が与える影響、経済の変化、移りゆくカウンターカルチャー——が起こった瞬間しゅんかんを見せながら、「状況が変われば変わるほど、ひとは現状を維持しようとする」という人間の本質を浮かび上がらせているのかもしれない。

Blaenau Ffestiniog, Gwynedd Wales, 2008 © James Morris 

Picnic in the car park on Derby Day at Epson Downs Racecourse, June 2001 © Peter Dench 

New Brighton. From The Last Resort. 1983-85 copyright Martin Parr / Magnum Photos 

No loss of face, Earl's Court, London c 1960 © Frank Habicht 

And the crowd went crazy: Stones concert, Hyde Park, 1969 © Frank Habicht

George and his son, Marlin, Acklam Road, 1972, © Charlie Phillips 

beetlesandhuxley.com

Credits


Text Felix Petty
Images courtesy of Beetles + Huxley
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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