アディダスとの大胆なコラボをした現代アーティスト、田名網敬一が語る「多作の秘訣」

現代アーティストの田名網敬一がadidas Originalsとのコラボを発表。現在、ギャラリー〈NANZUKA〉では個展「adicolor by Tanaami」コレクションが開催されている。「82歳のいまのほうがたくさん作品をつくる」という彼に、多作を維持する秘訣、日々のルーティーン、想像力を養う教育について聞いた。

by i-D Japan
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01 March 2019, 9:00am

アートとファッションの融合が新たなトレンドとなっている今日のカルチャーシーン。3月にadidas Originalsより発表される「adicolor by Tanaami」コレクションに先立って、現在、東京・渋谷のNANZUKAでは、田名網敬一の新作個展「Tanaami x adidas Originals」が開催されている。本展は、世界的スポーツファッションブランド、adidas Originalsによる 「adidas gallery」 という名を冠した新たなアーティストコラボレーションプロジェクトの一環として企画された特別展だ。
60年代から半世紀以上、グラフィックデザイナー、映像作家、アーティストとして、メディアやジャンルに捕われず、領域横断的な活動を行なってきた田名網敬一。今回のコラボレーション企画展のために、”トレフォイルロゴ”と呼ばれるadidas Originals伝統の三つ葉ロゴを配した作品を含むキャンバス16点と、2点の立体作品を新たに手がけたという。82歳の現在もなお、驚異的なバイタリティで活動を続ける田名網の芸術の源泉とはなにか? 制作の裏側とあわせて、今日のアートへのまなざしをきいた。

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——田名網さんはアニメーションや実験映画、版画など、様々なメディアを用いて多彩な表現をされています。洋服もひとつのメディアだと思いますが、今回のコラボレーションでご自身の作品が洋服のうえに載っかることについてはどう捉えられていますか?

「アニメーションは別にして、僕がこれまで手がけてきたのは、基本的に展覧会に並ベるための絵や立体でした。ようするに、動くものではなかった。洋服に絵が載るということは当然動きも発生する。今回の場合、光線の具合で色味も変わるし、置かれる場所によっても違って見える。たとえば絵の場合は、街中に並べることはまずないし、展示するにはつねに場所的な問題がつきまとう。絵が置かれる環境や、洋服の動きのなかに作品が紛れ込むという点で、日常的に自分が描いている世界とはまったく別物になるんです。実際に自分の絵のTシャツを着ている人を街中で見かけると、面白くてじっと見てしまいますよ」

——これまでにもStussy、Louis Vuitton、ディズニーなど、ブランドとのコラボレーションが多く、若い世代からの支持も集めています。お仕事でも若い世代と接する機会が多いと思いますが、彼らから影響を受けることはありますか?

「あります。能力がある人も多いですし。アーティストの絵に驚くというよりは、その人間の考え方に心を動かされることが多い。絵を書く以前のことですね。絵を描いている人に限らず、たとえばお勤めしている人でもバーテンダーでもいいんだけど。その人の考え方が僕とは違うということに興味があるんだよ」

——最近思い出せるところで、考え方が面白いと思った人は?

「まあ、正直僕は何を見てもだいたい面白いんですけどね(笑)」

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——ご自身のスタイルが見つかったと確信できたのはいつ頃ですか?

「自分のなかで、こういうスタイルをつくって、そのスタイルに沿って絵を描いていこうと考えたことはないですね。たまたま制作過程のなかで、これが面白いんじゃないか?と思ったことをやっているにすぎない。だから、明日になったらまた全然違う方法をとることだってあります」

——田名網さんは実験映画も撮られていますが、先日、偉大なインディー映画作家のジョナス・メカス氏が亡くなりました。彼はあなたにとってどんな存在でしたか?

「ちょうど僕が1967年にニューヨークに行ったとき、いわゆる「実験映画」という言い方はほとんどなくなっちゃってて。メカスやアンディ・ウォーホル、ケネス・アンガーみたいなスーパースターは歴史として残されているけど、当時たくさんいたほかの実験映画作家たちは消えてしまったんです。実験映画がいまのメディア・アートの領域に組み込まれてしまったことで、実験映画そのものの歴史というのは、ほとんどなくなってしまいました。僕が興味を持って、60年代に渡米したときには全盛だったんですよ。当時はメカスもウォーホルも映像の世界で大活躍していて、僕自身も彼らの影響から映画を作りはじめたので、もちろんメカスへの強い思い入れはあります」

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——82歳の現在でも精力的に創作活動を続けられていますが、その秘訣はなんですか?

「僕は幼い頃に戦争を体験し、死を身近に感じたことで、生きることについて考えるようになりました。こうして年齢を重ね、死というものが目前に迫ってくるにつれ、戦争を経験した幼年期と重なります。僕にとって死を感じることは生とほぼイコールで、死から生を考えなくてはいけなかった。死を死としてそのまま描くことは僕のやりたいことじゃないので、僕自身が求めている死後のユートピアみたいなものが、作品の思考や表現にも現れていると思います。活動を長く続けてきた秘訣というものは特にないけれど、体力のある30-40代の頃よりも、82歳のいまのほうがたくさん作品をつくっています」

——毎日どのような生活で、いつ制作されているんですか?

「寝る・お風呂に入る・食べる・お酒を飲む、それ以外の時間はすべて作品制作の時間なんですよ。スポーツもしないからね。朝はだいたい8時半に起きて、ご飯を食べて、仕事をして、夜7時頃まで制作をして、またご飯を食べて、お風呂に入って、それからまた夜の12時頃まで制作します。制作や仕事以外にやることや、やりたいこともないので」

——作業中に音楽は聴きますか?

「昔は聴いていましたけど、いまはもう自ら買いに行って聴くようなことはしなくなりましたね。J-WAVEを聴くとかはしますよ」

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——日本は「アート」の概念が曖昧で、十分な教育が行き届いていないような印象を受けます。大学教授もされている田名網さんは、アートの教育現場についてどうお考えですか?

「本来アートって教えられるものではないじゃないですか。あくまでもその人の脳内で起こるものだし、「こうしてああして」と教えられるようなものじゃない。教授と学生といっても、みんなそれぞれ違うわけだから、僕の言っていることを受け取ってもらえるのかもわからない。なので、若い人も自分の感性で自由にモノをつくるということが大事だと思います。僕は大学で、想像力をどのように考えたらいいか、その想像力を獲得するための方法や考え方を教えています」

——想像力を教えることは難しいですよね。

「じつは日本の子ども教育は、想像力については教えていない。記憶の訓練というか、記憶を重視した教育が主流ですよね。記憶力の良い子供は成績がいいし、逆に想像力が抜きん出ている子は成績が悪かったりする。たとえば、図工や美術の時間に「りんごの絵を描きなさい」というお題が出たとして、日本では、前もって生徒にセザンヌやルノワールの静物画を見せたりします。いっぽうアメリカでは、想像力を鍛えるために参考作品を見せてはいけない決まりがあります。なので、30人のクラスでは30通りの絵が生まれる。記憶重視の日本では必ず参考作品を見せるので、みんなだいたい同じような絵になってしまいます。教育にイマジネーションをもっと取り込んでいけば、芸術教育は活気づくのではないでしょうか」

Credit


Text Mami Hidaka
As told to i-D Japan
Photography Koichiro Iwamoto

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