Photography Finn Constantine 

ロンドン・ファッションウィークの舞台裏

キラキラ度低め、超特急仕上げ、掃除機のヘンリーくんが大活躍。

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25 september 2018, 10:05am

Photography Finn Constantine 

朝の6時36分。太陽光が散乱し、青空がストランド通りの上に広がり始める。スーツを着こんだ警備員たちが、ファストフード・チェーンの〈Pret A Manger〉の近くで身を寄せ合っておしゃべりしている。2時間ちょっとすれば、ロンドン・ファッションウィークのオープニングセレモニーが始まる時間だ。スタッフたちはイベントの中央スペースの完成に向け、作業に取り組んでいる。警備員たちの話題は、おのずと過去のファッションウィークに及ぶ。

「数シーズン前のBurberry覚えてる?」と誰かが口をひらく。その口ぶりはまるで、過ぎし日の戦争について語っているかのようだ。「ああ、あれね」と返事がある。また別の人が「ここに入ろうって人が殺到したこともあったよね?」と問う。「ああ、あれは最悪だった」

第68回目となる今年のロンドン・ファッションウィークには、5日間で世界50以上の国から数千人ものゲストが集う。公式のランウェイ・スケジュールでは、54ものショーが催されることになっている。実に大きなイベントだ。しかし警備員たちにとってはただの仕事だ、とヒシャム・デナティ(Hicham Demnati)は語る。「おもしろいですけど、これが仕事なんですよ」

今シーズン、スケジュール上に掲載されたデザイナーのうち、50%が英国外出身だ。ファッション業界は、英国で320億ポンド(約4兆7000億円)の経済規模を誇る。モロッコ出身のヒシャムも、そこで働く外国人労働者のうちのひとりだ。今回はヒシャムにとって、3度目のロンドン・ファッションウィークだという。「忙しいですが、きちんと組織されています。素晴らしく管理が行き届いてますよ」

最後にぐいっとコーヒーをあおり、タバコをふかすと、集まっていた警備員たちが続々と会場のなかへ入っていく。不安そうな初参加の警備員は、「ねえ、バッジは持った?」と訊かれ、そしてこう励まされていた。「大丈夫、楽しい日になるよ」

ストランド通り180番にある〈Store Studios〉は、英国ファッション協会の臨時本部が置かれている豪華なショールームだ。中では、150名以上のデザイナーとチームが、ロンドン・ファッションウィークで毎年行なわれるショーケース〈Designer Showrooms〉に向け、仕上げを施している。ただいまの時刻は朝7時すぎ。トランシーバーをベルトに取りつけたり、掃除機のヘンリーくんが最後の床掃除をしたりと大忙しだ。頭上からは「入場まで掃除機かけっぱなしにしといて」という声。ユニセックスブランドArt Schoolのデザイナー、イーデン・ロウェスとトム・バラットも、来たる本番に向けて、慌ただしくブースをセッティングしていた。「朝5時からここにいます」と語る彼らは、近くに「ボールプールみたいに」ポップコーンでいっぱいの部屋がある、といううわさを教えてくれた。「あ、あの人には近づかないほうがいいですよ」と、イーデンはデザイナーのジョセフィン・ジョーンズを指さす。彼女は自身のブランドのカスタムメイド・アイテムに、静かにスチームをかけている。「あの人、トラブルの元だから」

ここにいるすべてのひとが、ひとり残らず動き回っている。冷蔵庫にペットボトルの水を詰め込んだり、無料の制汗剤ボトルをスタンドに置いたり。メインの受付では、バリスタたちが集まって、エスプレッソ2万杯、コーヒー豆200キロの消費が予想されている週末に向けて、準備を進めていた。落ち着いているように見えたのは、カスタマー対応スタッフのひとり、ウィル。「コーヒーショップは基本的に、どこもすごく大変ですから」とウィルは目の前のテーブルを拭きながら肩をすくめる。「ファッションウィークだろうがそうじゃなかろうが、関係ないですね」

隣の部屋では、週末1発目のショーの準備で、席が配置され、照明がセットされていた。時刻は朝7時45分。26歳のアイルランド人デザイナー、リチャード・マローンが、タートルネックにフレアパンツといういで立ちで、会場をチェックしていた。マライア・キャリーの「ファンタジー」が、頭上のPAシステムから大音量で流れている。「昨日よりはだいぶリラックスできてますね」とリチャードは笑うが、やはり少々お疲れのようだ。

現代の力強い女性像をさらにアップデートした彼のショーでは、鮮やかなイエローやグリーンなど、30ものルックがランウェイを彩る。しかし今、熱心に調整しているのは、写真の出来だ。「Fashion East時代から、リチャードと組んでます」と語るのは写真家のクリス・イェーツ。「彼がひとりの独立したデザイナーとなる過程を、私は見てきました」

ランウェイのいちばん端に陣取ったクリスの写真は、多くの人びとにとって、ショーの完全版が見られる唯一のメディアとなる。モデルが列になりウォーキングを練習している傍らで、リチャードは、スタイリストのネル、PRディレクターのソフィーと静かに話し合い、そしてクリスは写真を撮りまくっている。完璧なショットを世に送り出すためだ。「できるかぎり早く、写真を発表しなければならない。プレッシャーですね」とリチャード。スマホのカメラでショーを撮影するフロントロウの面々は、やはり迷惑だという。「どんどんアップされてしまいますから。だけど、どうにか30分~1時間でショーの写真を世に出すんです」。その秘訣は?「バナナを食べ、水をしっかり飲むこと」

1時間後、観客が会場になだれ込み、席につく。VENGABOYSの「Boom, Boom, Boom, Boom!!」がスピーカーから鳴り響くなか、観客はひそひそと会話している。「誰々に会いました?」「誰々には会いましたよ」「私たち会ったことありますよね? どこでだったかは覚えてないんですけど、あなたのことは覚えてます」。あるいは席の場所を比較したり。「ここに座ってもらわなきゃいけないけど、あなたの席は本当はこんなところじゃない、って席が訴えてるって感じ」なんていう不満もどこからか聞こえてきた。そして照明が消え、ショーが始まった。

会場の外では、お抱え運転手のショーン・ボイヤーが、エンジンを切ったメルセデスの横で待機していた。彼の周りにはストリートスタイル・ブロガーやパパラッチがうろうろしている。英国の人気恋愛リアリティショー『Love Island』の勝者、ダニ・ダイヤーが、写真撮影のためにタクシーから降り、一瞬で車内に戻り、走り去っていった(のちに、とある新聞で、彼女は「ファッショニスタとしてのキャリアを強固なものにした」と書かれていた)。ショーンは、前3回のロンドン・ファッションウィークでも働いた。「唯一大変だと思うのは、数多くのショーが近くで開催されていて、お客様が全部行きたい、とおっしゃるときですね」とショーン。

彼は映画『プラダを着た悪魔』(2003)が描いたような、オシャレだけど冷血な雪の女王が部下をいじめ抜く、カリカチュア的なファッション界のイメージについて語る。「私が何年もファッションウィークで働かなかった理由は、そういう想像をしていたからです」。確かに、お抱え運転手が操縦するメルセデスベンツが地平線の先まで列をなすこともあるという。「だけどすごく素敵だと思います。みんな、ファッションに情熱があるんですよね。本当に情熱的。ロンドンの交通事情については、うまく予想をしていくしかありません。ボーイスカウトでも教えられるでしょう、『備えよ常に』って」

朝10時すぎ、ようやくリチャード・マローンが正面玄関から出てきて、午前の太陽を見つめて目を細めた。写真撮影のためにポーズをとる彼の横から、アイルランド訛りが聞こえてくる。「この子すごいでしょ?」と叫ぶその声は、誇らしげだ。「私はこの子の母親です!」

リチャードと彼の母親が腕を組んで会場を離れていく。そのとき、オルドウィッチ通りとストランド通りのあいだの横断歩道で、2台の車両の衝突事故があり、群衆はいったん散り散りになったが、すぐに元通り。まるでピンと張ったゴムひものようだ。さて、ひとつめのショーが終わった。残りのショーの数は53となった。

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This article originally appeared on i-D UK.