「ファイナル・ガール」が活躍するホラー映画9選

彼女たちと関わっちゃいけない。

by Roisin Lanigan; translated by Ai Nakayama
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30 oktober 2018, 4:42am

良いホラー映画は、〈ファイナルガール〉抜きではありえない。彼女こそがホラーの核だ。作品中でCGIを多用したり、どんなに巨額の費用をつぎこんだ広告キャンペーンを打ったとしても、全てファイナルガールの存在があってこそ。1992年、カリフォルニア大学バークレー校で映画を研究するキャロル・クローヴァー教授による著書『Men, Women, and Chainsaws: Gender in the Modern Horror Film』のなかで初めて使用された〈ファイナルガール〉という言葉は、基本的に〈映画、特にスラッシャー映画のなかで最後まで生き残る登場人物〉を指す。この長い歴史のなかで、残念ながらファイナルガールは純潔で、被害妄想が強く、叫びがちなキャラクターと同義となり、人としての成長や性格、本質はあまり描かれてこなかった。

しかし、紋切り型で薄っぺらく、ブロンドで、豊満で、血まみれのスクリームクイーン(絶叫女王)のなかにも、怪物を倒し、セックスしても惨殺されず(ホラー作品のなかで生き延びることができるのは本来処女だけだ)、自分の身は自分で守り、物語の語り部として生きていくファイナルガールたちがいる。続編で死ぬ場合もあるが。

1. 『ハロウィン』のローリー・ストロード
あらゆる映画ジャンルには、原型、すなわち後進のインスピレーション源となる先駆者がいる。ホラー、そしてファイナルガールにおいては、ローリー・ストロードこそが原型だ。ローリーがいなければ、そして作業着を着た凶悪殺人鬼である兄、マイケル・マイヤーズを倒そうとするローリーの根気強い挑戦がなければ、『スクリーム』のシドニー・プレスコット(後述)だって、『バフィー 〜恋する十字架〜』のバフィー・アン・サマーズ(後述)だって生まれなかったはずだ。本当に類似映画は多数あり、「どうして私ばっかりこんな目に合わなきゃいけないの!?」と叫びながら逃げるシーンばかりだが、ローリー・ストロードは決して自分自身のトラウマに負けなかったし、ものすごい執念で自分を殺そうとする血を分けた兄がいるような一家に生まれてしまった不運を嘆くこともない。彼女は応戦し続ける。

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2. 『スクリーム』シリーズのシドニー・プレスコット
ローリー・ストロードが70年代ファイナルガールの原型だとしたら、90年代ファイナルガールの原型はシドニー・プレスコットだろう。『スクリーム』シリーズの主人公である彼女は、当初ホラー映画の典型的な被害者の雰囲気をまとっていた。つまり控えめで処女で、周りでどんどん友人たちが惨殺されていくのを目撃するキャラクター。実際、彼女が恋人とセックスをする頃には、誰もが「こいつ死ぬな」と確信しているはずだ。ホラー映画にはルールがある。セックスをしたり、ドラッグをキメたり、フェミニニティのしきたりに何らかのかたちで抗うと、死ぬのだ。しかし、シリーズ1作目の終わりには、シドニーはホラー映画におけるステレオタイプ的な女性像を転覆し、知らず知らずのうちに立派なヒロインとなっている。続編でも、彼女は悪いボーイフレンドやマスクをかぶった殺人鬼を撃退していく。かっこいい。

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3. 『スクリーム』シリーズのゲイル・ウェザーズ
『スクリーム』シリーズの絶対的なファイナルガールはシドニー・プレスコットで間違いないのだが、ゲイル・ウェザーズがいなければシドニーはいなかった。ゲイルは、シリーズ4作すべてで、様々なかたちでシドニーの命を救っている。臆することなく厚かましい記者、ゲイル・ウェザーズは、ゴーストフェイスの被害者にはならない。いかんせん、彼女には殺される暇もないからだ。シャギー入れすぎの90年代風ボブでキメたコートニー・コックス演じる、宗教的といえるほどに仕事への情熱を燃やすゲイル。そのキャラクターにおける真の美点とは、そこまでかわいげがないことだ。ゲイルは内気なはにかみ屋でもなければ、純粋で汚れを知らない被害者でもない。〈女性は慎み深く受け身で敬虔じゃなければ生き残れない〉というホラーの定石を踏む必要なんてない、と証明してくれているのがゲイルである。現実世界でも同じだ。

そして殺人鬼の暴虐について語るキャラクターが必要だからこそファイナルガールが存在するのだとしたら、ゲイル・ウェザーズこそが至高のファイナルガールだ。ゲイルはいつもネタをつかんでいる。

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4. 『バフィー 〜恋する十字架〜』のバフィー・アン・サマーズ
10代の吸血鬼ハンターといえば、バフィー以上のハードコアはいない。ヴァンパイアを殺し、悪を倒し、怪物たちに殺されかける友人を守り、異世界人のボーイフレンド(たち)とも戦う。それも翌日学校がある日の23時までに。3年で全144話というドラマ版『バフィー 〜恋する十字架〜』では、毎週毎週悪に打ち勝つことで、ファイナルガールの完成形が提示された。悪役は入れ替わるが、バフィーは永遠なのだ。

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5. 『ジェニファーズ・ボディ』(2009)のニーディ
本名のアニータではなく、ニックネームの〈ニーディ〉で呼ばれることを好む女子が、映画の最後まで生き残るはずがない、誰もがそう思うだろう。ニーディはその〈貧しい人〉という名の通りの人物。ミーガン・フォックス演じるジェニファーの後ろで縮こまっており、彼女の高潔さが、男を喰らうサキュバスに変貌してしまった親友に勝てるとは到底思えない。しかしこぼれ落ちそうに大きな目と、天使のようなブロンドヘア、ウサちゃんスリッパを履いたニーディは、期待以上の活躍を見せる。悪魔に憑りつかれた親友を殺した彼女は、そのために服役することとなるが、監禁されていた独居房からやすやすと脱獄する。さらに最高なのはエンディング。彼女は、大好きな親友が悪魔になるそもそもの原因をつくったバンドLOW SHOULDERを惨殺する。まったくもってフェアな行動だ。ジェニファーよりもバンドの所業のほうが罪深い。しかも音楽だって最低なのだ。

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6. 『ザ・クラフト』(1996)のサラ・ベイリー
『ザ・クラフト』はよくあるスラッシャー映画ではない。主人公のサラが戦う敵は、怪物やナイフを振り回す狂人ではなく、元友人であり魔女サークルの仲間であった3人の女子だ。そのなかでもリーダーであるナンシーは間違いなく憎まれ役だが、『ザ・クラフト』の女子たちは、『ジェニファーズ・ボディ』の女子たちふたりのように、みんなファイナルガールとなり得るので、観客もうれしいはずだ。ナンシーは暴走し、殺人を犯すまでに至るが、それでも4人はみんなパワフルで素敵な魔女っ子ティーンエイジャーで、個人的には全員大好きだ。それに4人とも、カトリック系高校の制服の着こなしかたが上手い。

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7. 『エイリアン』シリーズのリプリー
ファイナルガールの多くは、かわいそうなことに、ヒロインだと判明するまでは脚本的にあまりに酷い扱いを受ける。めった刺し、攻撃、血まみれの死体は日常茶飯事だ。リプリーもヒロインとしていろいろと悲惨な目に遭うが、胸からグロテスクなエイリアンが出てくることはなかったので、『エイリアン』シリーズはまだマシだ。彼女の代わりに男性キャラクターがその役割を果たすことになるのだが、いや、本当よかった。

8. 『女性鬼』(2007)のドーン・オキーフ
恐ろしい怪物や頭のおかしな男どもに追いかけられ、存分に絶叫してから反撃に入る…。多くの場合、これがファイナルガールだ。しかしドーンは違う。彼女はスラッシャーの被害者ではない。彼女には身体上の問題がある。ヴァギナに歯がついているのだ。その事実を知った彼女は当初恐怖を抱くが、すぐに気づく。自分は、この世界の不公平さに文字通り〈噛みつける〉僥倖を得たのだ、と。その世界の不公平さとは主に、ドーンとセックスしたいと望むキモチ悪い男たち、というかたちをとって表れる。それに気づいてからの彼女は、その普通ではない資質を操り、セックスにおける自立性を享受し、男たちのペニスを喰いちぎり、血まみれにし、トラウマを植え付けていく。そんなファンタジーを望んだことのない女性がいるだろうか?

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9. 『ゴーン・ガール』(2014)のエイミー・ダン
『ゴーン・ガール』は普通のスラッシャー映画とは違うが、本作を観た男性に訊ねてみれば、きっと彼らは「これはホラーだ」と答えるだろう。本作の冒頭では悲劇の被害者として扱われるエイミー・ダンは、実は犯罪の首謀者だということが早々にわかる。彼女はクソ男である夫の人生を崩壊させ、懲らしめようとしたのだ。さらにそのプロセスで時折挟まれる彼女のモノローグは、映画史に残るほどすばらしい。

This article originally appeared on i-D UK.