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      film Takuya Tsunekawa 19 June, 2017

      『東京ヴァンパイアホテル』園子温監督インタビュー

      初のオリジナル脚本のドラマシリーズとして挑んだ最新作『東京ヴァンパイアホテル』が公開中の園子温。彼が、昔から撮りたかった吸血鬼映画、脚本に影を落とす自身の家庭環境、女優・冨手麻妙の魅力、日本映画の低予算ぶりを語る。

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      『自殺サークル』(2002)以来、『愛のむきだし』(2009)、『冷たい熱帯魚』(2011)など日本の映画ファンだけでなく海外からも常に注目されてきた園子温が総監督を務める『東京ヴァンパイアホテル』は、彼が連続ドラマとしては初めてオリジナル脚本を手がけた最新作だ。Amazonプライム・ビデオで6月16日より独占配信中の本作では、幅広い多作で知られる園のフィルモグラフィーの中でも、エクストリームなアクション表現がさらに更新して描かれている。

      「映画を作るとき、そもそも最初から海外という考え方自体をあまりしていません。日本って考え方をしてないのか、海外って考え方をしてないのか、どっちが先かわかんないけど。というか、ぼくの映画/ドラマで日本だけドメスティックに勝負してたら死んじゃうんで(笑)。今もすでにどっちかというと日本より海外のほうがまだ受け入れてくれてる環境になりつつあると思う。『愛のむきだし』のちょっと前くらいからかな。アメリカで映画を撮りたくて、しょっちゅうアメリカに行ってはプロモーション活動してたんですよ。でもなかなかアメリカで映画の製作が決まらないから、じゃあってことで『愛のむきだし』を撮ったし、『冷たい熱帯魚』も撮ったって感じで、ずっと基本的にはあんまり日本に未練はないんです、だいぶ前から」「もう今年から日本映画は撮らないつもり。アメリカ映画か中国映画を撮っていきたいと思っています」

      ©2017NIKKATSU

      『リアル鬼ごっこ』(2015)公開時のインタビューで園は、「吸血鬼映画を撮りたい」旨を明かしていた。本作は、その構想を連続ドラマという形で実現させたものであることを園は認める。

      「『リアル鬼ごっこ』を作ってみて、こういう映画は予算がないとダメだなと思ったのね。というのも、『リアル鬼ごっこ』は全然予算がなかったので、予算の都合上どんどんアイデアは縮小されざるを得なくなったからです。やっぱりスケールの大きい映画を作るんだったら、どうしても予算がないと思い描く映像ができないと感じました」

      『地獄でなぜ悪い』(2013)や『ラブ&ピース』(2015)、『ひそひそ星』(2016)など近年の園のオリジナル脚本作品は、90年代にしたためていた自身の脚本を改めて映画化させたものである点が共通していた。しかし、今回は趣を異にしているようだ。

      「本作の台本は最近書いたものです。去年、ルーマニアで行なわれているトランシルヴァニア映画祭というところで、ぼくの今までの映画を回顧上映する園子温レトロスペクティブ特集が組まれました。ちょうどルーマニアに行きたかったこともあり、そのときに現地に行ったのですが、そこで映画祭とは別にドラキュラ城などを見て回ったんです。そしたらやっぱり昔から興味があった吸血鬼の映画を撮りたくなってきちゃった。だけど、オリジナルものだとどうしても予算はあんまり出ない。そんなときにAmazonから依頼があり、それだと普通オリジナルでは出ない予算が出るとわかったので、じゃあ、ドラマでやろうかと。最初は映画でやろうと思ってました。でもドラマだったらセットも建てられるし、(吸血鬼の故郷とされる)ルーマニアで撮影もできるしってことでこのような形を選んだわけです」

      「本来は人類対ヴァンパイアというよりも、人間たちはただ巻き込まれただけで、基本的にはヴァンパイアとドラキュラの話」と園が説明するように、本作にはドラキュラ一族と、コルビン族というネオ・ヴァンパイアの一族が登場する。元々ドラキュラとは、1897年の小説『吸血鬼ドラキュラ』に登場する男性吸血鬼の名前に由来し、人の生き血を吸うヴァンパイアを意味するものではない。

      「特に日本人は吸血鬼に関する知識が希薄というか、そもそもドラキュラとヴァンパイアの違い自体もあまりわかっていない人が多いと思う。日本では吸血鬼を見てドラキュラだと言っちゃうのもよくあることだけど、それって女のお化けをみたら「あ、お岩さんだ」って言っちゃうようなもの(笑)。だから、ヴァンパイアとドラキュラにもそういう区分けがあるんだよって言うと、「え、知らなかった」ってなる人が多い。つまりドラキュラとは違って、ヴァンパイアというのは適当に新しい軸でキャラクターを考えてもいい。十字架が効かないとか独自のルールを作っていい。それで今回はドラキュラという一族がいて、それとは違うネオ・ヴァンパイアというパンクじみた愚連隊みたいなヴァンパイアたちがいて、という感じにしてみました」

      本作は、ドラキュラとネオ・ヴァンパイアのあいだで、秘めたる大きな力を宿したマナミ(冨手麻妙)をめぐる物語である。22歳の誕生日を迎える彼女は多くの若い男女たちとともに豪華絢爛なホテルに招待されるが、その場所こそ、地上での栄華を極めた山田(満島真之介)をはじめとしたコルビン族が経営するホテル・レクイエム(東京ヴァンパイアホテル)である。ホテル内で血で血を洗う抗争が描かれるわけだが、そこでは夏帆が剣や銃を使った残虐アクションに挑戦し、『パズル』(2014)以来、再び全身血まみれとなって強力な力を持つKを演じる。また安達祐実はホテルを仕切る奇怪な女帝であり、コルビン族の女吸血鬼を怪演している。なかでも、園の前作『アンチポルノ』で主演に抜擢され、本作でも物語上のキーとなるマナミを演じる冨手は、役柄のために頭を丸め、自身の持っているエネルギーのすべてをぶつけているかのような力のこもった演技を披露している。

      「マナミの役は彼女に決めていました。あそこまでぶっ飛んでやっていける女優って本当に希少価値だから。そのまま演じさせちゃうと彼女は裸になっちゃうんで、今回は逆にぼくが止めたぐらい。もう裸はやめとこうと俺から言った。見せないように止めないと、今後、演じる上で脱ぐことが癖になってしまうから」

      ©2017NIKKATSU

      舞台となるのは2021年の新宿、つまり東京オリンピック直後の東京である。しかも、第1話では「東京オリンピック2020」の看板がホームレスたちの住処そばのゴミの中に打ち捨てられている。

      「2021年が舞台になったのは、意図的というより偶然。というのも、1999年に起きた(太陽系で地球を含む惑星が十字に並ぶといわれる)グランドクロスを話の中に使いたくて、マナミをそのときに生まれた子どもにしようと思ったから、そういう風な年代設定になりました。たまたま東京オリンピックをちょっとディスる感じになったけど、ちょうど良かったなぁって(笑)」

      風刺や皮肉という点では、人類の滅亡を目論むコルビン族の山田の父親が、日本の首相に君臨していることも目に留まる。彼の父はホテル・レクイエムのオーナーに我が子を売って首相まで登り詰めたのである。満島真之介が山田とその父の二役を演じている。

      「日本の政治が大体嫌いなので、わざわざディスる気もなく、自然に、素直に描いた結果そういう部分が出ただけだと思います。満島の二役も特別意図的なものではなく、お父さんが似てないと嫌だなと思ったからそのようにしました」

      しかしここで注目すべきは、園はこれまでにも父と子の葛藤の物語を描いてきたが、山田の視点で鑑みれば、今回もそのような物語だと言うことができることだ。幼少時よりホテルに幽閉され育てられた山田の人類への憎しみの根源は、父に対してであるのだ。山田は、その憎しみから人間の強欲さや傲慢さ、ないしは偽善を責め立てる。

      「そういったものは、基本的には自分の家庭環境がすごく厳しくてちょっと冷たかったことから来るものだと思う。台本を書いてると必ず自然に出てきちゃうんだよね。温かい家族を知らない、温かくない家族しか知らないんで、台本を書いてると大体温かくない感じになってしまう。そんなことなんだと思う。だからわざわざテーマで描こうとかいちいち思わないんだよね。やってる内にいつもそうなっちゃう。たぶんね、温かい家庭を描けない、俺。知らないから。だからそれで自分でオリジナルを書くと大体そういう方向性になっちゃう」

      たしかに園の作品に登場する家族はいつも機能不全に陥ったものとして描写される。しかしその点に関して、3.11以後、原発問題を取り上げ福島を舞台に撮影された彼の作品群からは、いくぶんかもう少し温かい要素が感じられたのではないだろうか。

      「それは、他人の家庭を描いたからです。取材もして、実際にその人たちを見たから。全然自分のこととして描いてないので、それが大きいと思います。一方、オリジナルのものの場合、やっぱり自分が主役というか、書いてるうちに気持ちがその人本人になってしまうんです」

      あるいは、さらにこういった要素以外にも本作には園の過去作に通じるモチーフが見受けられる。その意味で第2話は興味深い。ここでは、ドラキュラ族が地上の覇権を取り戻すために首が回らなくなった人間を使って、マナミらグランドクロスのときに生まれた者に対して親のフリを演じさせていたことが明らかになるのだ。ある種カルト的な組織による監視社会で成り立った嘘だらけの生活の中、彼女たちは生まれたときから周囲の大人たちから洗脳されて育てられている。例えば『紀子の食卓』(2006)がそうであったように、家族の役割すべてが演じられているのである。

      「第2話は、ちょっとたまにはホテルの外に出たかったなあと思って(笑)。でもたしかにあの辺りは、自分の中でひとつの核にもなっている部分かもしれない。普段生きていること自体が演技せざるを得ない、あるいは何も言えなくなっている社会が存在するというのは誰しもが感じていることで、そういう息苦しさのようなものは特に日本ではあるんじゃないかと思う」

      ©2017NIKKATSU

      そして、やはり特筆すべきは、クライマックスとなる第7話である。まるで『スカーフェイス』(1983)や『キル・ビル』(2003)、あるいは『オールド・ボーイ』(2003)を彷彿とさせるかのような意匠を凝らした演出すら盛り込まれており、息つく暇もない凄まじい残酷描写で観る者を圧倒する。怪奇に満ちたホテル・レクイエムの内部は、エピソードが進むごとに止まることなく壮絶さを増していくのだ。

      「今までも民放のテレビドラマはやってきたけど、それは一話完結の形式だったから、もっと楽だった。今回は、毎回話が変わるし、しかもCMというものがまったくない。『東京ヴァンパイアホテル』は、7話までは一晩二晩の話なので、物語の進行としてはほとんど『24 TWENTY FOUR』(2001~)と同じことでしょ? それなのに『24』ですらまだCMの時間があって一回落ち着けるのに、こっちはないからずっとテンション上がりっぱなしでやらなきゃいけない。まるでCMのない『24』だよね。それで一話約40分もあったから、本当に大変だった」

      「映画とは色々な意味で全然違いました。こんなにも違うもんかってぐらい。思い返すと辛いことしかなかった。一話約40分が全9話(第8話は前後編から成っている)もあるのでキツ過ぎて死にかけました。正直、ドラマはもう二度とやりたくないなって感じです。VOD(ビデオ・オン・デマンド)というメディアの可能性自体はあると思うけれど、同じアメリカのAmazonとはまだまだ製作費の桁が違う。でもそれでもやっぱり日本映画で撮ったら不可能に近かったものが、Amazonプライム・ビデオという形で、やりたかったことの十分の一ぐらいはできたという感じかな」

      なお、ある種エピローグと言える第8話~9話では園は、本作の助監督を務める松尾大輔と久保朝洋に監督を任せ、脚本も継田淳と碇本学に依頼している。なぜこのような選択を採り、また総監督としてどのように関わったのだろうか。

      「実は、クランクインしたときに第5話ぐらいまでしか脚本ができてなくて、撮影しながら書き進めていました。だから、自分だけではもう間に合うわけなかったですね。ストーリーは色々考えてたんだけど、本当に死んでしまうぐらい忙しかったので、7話まで脚本を自分で仕上げて、以降のエピソードは原案というか、こんなストーリーにしたらどうだっていうのだけ提案しました。『深夜食堂』(2009~)っぽくするとか、色々な案を十カ条ぐらい出したかな。そういうのだけ言って、後は監督のふたりには自由にやってもらいました」

      Credits

      Text Takuya Tsunekawa

      Portrait Photography Kisshomaru Shimamura

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      Topics:film, film interview, sion sono, tokyo vampire hotel, movie, love exposure, suicide club, cold fish

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