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      art i-D Staff 16 February, 2017

      テキスタイルが伝えてきたもの:刺繍のメディア史

      女性の政治参加が認められなかった時代、彼女たちは“家庭でのものづくり”を通して、世界にプロテストやアクティビズムを叫んでいた。メディアとしての刺繍や編み物のあり方、現代の女性たちに引き継がれている精神を探る。

      Portrait of Jane Allgood, image via WikiMedia Commons

      女性が自由に、安全に、そして公的に発言ができるようになる遥か前の時代から、女性は刺繍や編み物を通して政治的視点やプロテストの声を表現してきた。1970年代、刺繍と編み物は、第二波フェミニズムのなかで、伝統的にして男性至上主義のアート業界に大きな衝撃を与えた。現在も多くの女性がテキスタイルをコミュニケーションの方法として、そして資本消費主義に対峙するひとつの方法として用いている。テキスタイルは、女性の歴史において常に、さまざまな局面で「裁縫」と「修繕」以上の意味を持ってきたのだ。

      エリザベス・エメリー(Elizabeth Emery)は、大学で美術の勉強をしていた学生の頃から、数世紀にもわたりテキスタイルを通して複雑な心の内を表現してきた女性の歴史を検証してきた。現在は南オーストラリア大学のテキスタイル・アート史学部で講師を務めるエメリー。「Instagramに多く生まれている刺繍関連のアカウントや、クラフトで社会に女性の声を届けようと活動をするグループは、環境や社会にダメージを与える資本主義消費文化と一定の距離を置く政治的なムーブメント」だといい、またそれが「数世紀も前から女性に受け継がれてきた"女性の労働と女性のコミュニティ"の表す現代の形だ」と主張する。そんなエメリーに話を聞いた。

      第二波フェミニズムで、テキスタイルはどのような役割を果たしたのでしょうか?
      1970年代は、ビジュアルアーツの議論に大きな急進的な変化が生まれた時代でした。メインストリームの美術史に関して第二波フェミニズムが大きく主張したのは、それまで女性のみに限定されてきたアートについてでした。刺繍や編み物、かぎ針編みなど「家庭で"行なわれる"もの」とされてきたアートですね。これはクリエイティブな知識であり、女性の財産です。そういった知識や技巧、そしてそれまでは男性中心のアートの世界やアートスクールで軽視され続けていた素材を使って、世の中に問題提起できるアートを作ろうと立ち上がった女性が、特にオーストラリアに数人現れました。

      その女性たちは、どのようにして立ち上がったのですか?
      いくつか、とても面白いムーブメントが巻き起こりました。そのうちのひとつが、シドニー大学から生まれた<Women's Domestic Needlework Group>という団体です。女性が集って、それぞれの裁縫の知識をシェアし合うというもので、ステッチや素材など、男性がまったく興味を示してこなかったものをドキュメント(記録)していったんです。第二波フェミニズムの中で、女性のみに受け継がれてきた知識を価値あるものとして世界に認めさせ、また裁縫や編み物をひとつのアートとして認めさせたのです。

      Land Rights, Not Mining by Women's Domestic Needlework Group, Marie McMahon, courtesy Art Gallery NSW.

      刺繍とテキスタイルは、男性中心のアートの世界では現在でも男性からの注目が低いですが、女性たちはどのようにその注目度の低さを利用してきたのでしょうか?「女性が刺繍などを暗号としてコミュニケーションを図ってきた」とする見解を目にしたことがあります。
      そうですね。女性による刺繍の歴史に焦点を当てて80年代に書かれた『The Subversive Stitch』という文献があるのですが、著者ロジカ・パーカーはその中で、男性中心の文化が女性の針仕事とその技術を「些末で非創造的にして、非政治的」と捉えてきたのに対し、女性が作り出してきたものにはいつの時代にも反体制のメッセージが隠されていたのだと書いています。

      その具体的な例などあれば教えてください。
      1830年、エリザベス・パーカー(Elizabeth Parker)という女中がいました。当時17歳だったエリザベスは、自身の半生を刺繍で残していたんですが、その中で、自らが受けた性的虐待の経験を克明に描いているのです。隠し取ったロウソクを灯した薄暗い屋根裏部屋で作り続けたと思われるその刺繍には、ある男が彼女にした非道な行為が綴られていました。これこそ、現代では当たり前となっているコミュニケーションが女性に認められていなかった時代に、女性が針と糸を使って自らの人生を物語ろうとした、ひとつの残酷な例でしょうか。

      Cross-stitch alphabet sampler worked by Elizabeth Laidman, 1760. Image via WikiMedia Commons.

      女性とテキスタイルの伝統は、現代のジェンダーにまつわる問題の中でどのような役割を果たしているのでしょうか?
      最近では、急進的クラフトまたは、クラフトでアクティビズムを行うムーブメント「クラフティビズム」という形で役割を果たしていると言えます。世界がグローバル化していった1990年代後半、資本主義文化に異論を唱える形で、女性が集い、共にものづくりをし、資本主義の支配力に抵抗しようとしたムーブメントです。

      2016年現在、それはどうなっているのでしょうか?
      資本主義社会は私たちに消費行動を続けてほしい、つまり私たちにものづくりなどしてほしくないわけです。でも私たち女性は集まって、編み物や縫い物、服作りを教えあって、ものづくりをする。それが2016年現在の形です。いま、私たちは大学に行き、教育を受け、社会で権利を主張することができる。ですが、そうしたすべてが女性に認められなかった時代が、そう遠くない過去に存在していたのです。いまクラフトやテキスタイルに関わるということは、現代女性が過去に関わり、過去を継承していくこと--女性の歴史がそうやって語り継がれていくことに他ならず、素晴らしいと思います。

      Image via @kingsophiesworld

      アートとクラフトを隔てるものは何でしょうか?
      アートスクールに通っていた際に私を悩ませたのはまさにその点でした。他のアート関連学校ではどうかわかりませんが、私の学校では「テキスタイル=女性が家でするもの」という考えが強くあったのです。「ペインティングや写真のような"ハード"アートではない」という考えが根強いんですね。私は今でも、これを問題だと考えています。個人として私は「クラフト」という言葉に誇りを持っています。「クラフト」という単語の語源は「力」「作業」「ものづくり」という意味なんですよ。

      現代は、女性の権利と技能の関係が逆転しているようにも見受けられます。かつて女性は社会的な声を持たなかったけれど、スキルを持っていた。現在の女性は、一応の社会的な立場を確立してはいるものの、女性に受け継がれてきたスキルは失われているように思えます。裁縫や刺繍が女性に伝承されていかなければ、女性のプロテストとテキスタイルの関係は今後どうなっていくのでしょうか?
      第二次世界大戦後、テキスタイルとクラフトは「持っていなければならない技能」から「選択肢」に変わりました。かつては、家の中のものは誰かが作らなければならなかったわけですが、現代は家の中のものを作るということがひとつの選択になった。1970年代には、テキスタイルを手がけていた第二波フェミニズムの女性たちが「先代の女性たちが伝承してきた知識と労働の形を、女性が自ら実践する--実践するかしないかは、女性それぞれが決めることであり、選ぶこと」と主張していました。いま、すべてが大量生産され、消費される現代社会で、ひとびとが自らの手を使って様々なことをしています--本を読んだり、料理やガーデニングをしたり、友達と集まって知識を交換したり--実際の社会でも、オンラインやソーシャルメディアでも、女性たちはそうやって先代の女性たちから伝承されてきたものを"選んで実践する"という行動で、社会への抵抗を表現しているのです。

      Credits

      Text Wendy Syfret

      Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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      Topics:art, culture, craft, textile, embroidery, elizabeth emery

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