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感情でモードする:吉田圭佑インタビュー

繊細な思春期を代弁する世界観が人気の若手ブランドKEISUKEYOSHIDA。心地よく裏切りながら軸をブラさず、ファッションの本質を模索するデザイナー吉田圭佑と現代を解釈する。

by Yuka Sone
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29 May 2017, 4:05am

2015AWコレクションでデビュー。普通の若者をモデルに起用した2016SSコレクションで話題となり東京を代表する新世代ブランドとなった。写真家の草野庸子ら若手アーティストとのコラボレーションをはじめ、ショーのバックステージなどの表現にも多角的な側面を打ち出しながら、ブランドの世界観を丁寧に表現し続けている。

「明るいのか暗いのかわからない青春の空気と、そこにいる彼らの装い」をテーマに、青年期の鬱屈とした感情を描き、モードへの情熱を糧にそれらを昇華させてきた。実践的なファッションデザイナーを育成する《ここのがっこう》で《自分だけの色を作る大切さ》を学んだ吉田は、「唯一無二の表現をずっと模索して、鬱々とした若い頃の感情に出会えた」と振り返る。しかし、2017AWコレクションでは青年性という強い武器を捨てたかのように思われた。

「内向的な精神性が強い日本の若者の感情に向き合うことで、もっとモードな表現にしていくことが大事だと感じ、少し方向性を変えました。今まで作ってきたものを全部取り入れて、自分の過去とモードの歴史としての過去を振り返りつつ未来を造作する作業をしたので、落としどころとして気持ちのいいものが作れたんです」

そう語る吉田圭佑に、今回のコレクションで目指した《明るい未来》について訪ねた。

2017AWコレクションのショー後に「変わった」との声が多くありました。私はこれまでの延長線上にいると思いましたが、どう感じられましたか?
時の流れと共に僕の気持ちも変化します。だけど芯は変わっていない。最初の3期は《僕が見た社会》みたいなものを作る意識だったのですが、今回は僕というフィルターを落として、僕のファッション感を落とし込めた。なぜかというと、顧客の若い子は何も変わらず受け入れてくれる自信があったからなんです。僕も驚いたのですが、先シーズンに大幅に作りを変えたつもりがすごくリピート率が高かった。それが、今期吹っ切れる自信に繋がりました。ファッションをずっと見てきた大人が困惑するのとは裏腹に、若い子にはすんなり受け入られるKEISUKEYOSHIDAらしさがあったんだと思うので、そう言って頂けるのはとても嬉しいです。

歳を重ねると多様性に柔軟でなくなるのかもしれないですね。
着実に積み上げることと、それを壊すことはどちらも大事だと思っています。もちろん積み上げないですぐに壊しても意味がないと思うので、今回みたいな表現も長続きさせたいんですが、また何かの拍子で心変わりするんだろうなと。その時その時に生まれた新しい感情に対して純粋に向き合えたらいいですね。

ショー後のインタビューで「ロボットが感情に向かっていくイメージ」という発言をされていましたね。
もちろん良い側面も沢山あるのですが、全てが簡素化されて感情の必要すらなくなってきていると思うんです。お洒落も簡単にできてスピードも速い。例えばVETEMENTSが提案したオーバーサイズや着こなしは街の人たちに浸透していて、ファストファッションのブランドはそれを本当に速く、かつ大量に街に届けることができる。モードと街の装いが小さくなっている今、デザイナーがやるべきなのはモードの場に多様性を持たせることかもしれない。モードという大きな場の中で、各々考える《今》をちゃんと表現しなくてはならないなと、今期強く思ったんです。
モードと街の装いの距離が近づいたと思ったら、モードの中でもトレンドが狭まり一つの軸に向かっていきました。その流れの中で彼(デムナ)は前回、様々な人々の普通な装いをそのまま置いてひとりで多様性を表現しました。
でも、たとえVETEMENTSがトレンドセッターだからって、モード全体において全部の多様性を表現することがトレンドになるとしたらそれはなんか違うだろうなと感じて。モードの流れを一本化した彼だからこそ、あれは意味のある表現だなって。
デザイナーはファッションを作ることでこれからの人の姿や在り方を模索する役割もあると思っていて、その形はそれぞれからいろいろ出てきた方が面白いだろうなって。そんなことを考えながら、僕は気持ちとして今回トレンドから少し距離を置いて、《王道に見える表現》からデザイナーとしても一人のモード好きとしても、モードに対する態度を示せたらなと。今までは《モードへのカウンター》だけで受け取られてしまうことも多かったので、今回はいわゆる《モードの表現》に挑戦しました。

デムナに関しては彼の壮絶な人生そのものに多様性があるし、デザイナーとしての役割や在り方の考えが根本的に違う気がします。
彼は業界の外側からじゃなく、ファッションとモードの内側から、時代とモードのズレを指摘するようにモードを一度壊しているようにも感じます。モードと世の中の距離が離れていた中で、デムナはその距離を近づけた。2010年代ファッションの大きな事象だと思います。

60年代のファッションカルチャーに着目したきっかけは?
それまでの《若い部分の表現》から、よりファッションの長い歴史を踏まえることが今季最初の課題でした。色々と調べる中で、60年代ヨーロッパのファッション写真に出会いました。若い女の子が青空や派手な車の前で、肌を露出して色鮮やかな服を着て、めちゃくちゃに笑っていた。それが今のムードには無いなと感じて惹かれました。
ファッション自体は面白いと思うけど、自分なりの装いを楽しみたいって人はきっとどんどん減ってきている。僕が中高校生の頃は『TUNE』や『ChokiChoki』が流行っていて、かつて踊り場だった原宿GAP前に若者たちはたむろしていていました。そして雑誌に載り、個人のスタイルが街に広まる瞬間もありました。感情的に自由に装うことで『自分が街の色のひとつになれた』みたいな感覚があったし、街にもそういう人を受け入れる余白のような部分があったように感じます。
でも今は人より良くなることよりも、人よりダメにならないことがファッションに求められているように感じて。そんな空気の中での《自由で感情的な装い》を模索することが大事かもしれない、そういうものを作ってみたいと思いました。

今回のコレクションで明るい未来を提案していますが、どのような挑戦がありましたか?
特に今回影響を受けたのはピエール・カルダン(Pierre Cardin)でした。彼が宇宙ルックを発表した当時はみんなが宇宙に憧れた時代で、ファッションを通して未来を掴もうとしていた。
ファッションデザイナーは未来を思い描く仕事で、デザイナーとしてその時の感情を投げたら少し先の未来が明るくなるかもしれない。それがモードの本質であり役割のひとつなんじゃないかなと。だから今、ファッションを通して未来の明るさを模索できるような、パワーのあるものをやりたいと思いました。

ディテール面でのチャレンジも多かったのでは?
もともとメンズからスタートしたブランドなので、ウィメンズ的なシェイプに苦手意識があってメンズ的なデザインをレディースに着せるようにデザインしていたのですが、今季は女性にしか着られないパターンも増やしました。デザインの中で、より女性的にした部分もありつつ男としても着たいと思う部分も残すように意識した。例えばコートの後ろのファスナーを開けるとAラインになって、閉めればメンズが着られる形になるような。男の子のお客さんが着てくれることはやっぱり嬉しいので、着れる意識をしています。今までのスタイリングしやすいことが第一のデザイン意識から、ハンガーにかかってたら「あ、かっこいい」と思えるものへ。でも今回一番挑戦したのは色ですね。

今までになくカラフルですもんね。
コンセプトもそうだけど、自分のブランドで一番大事なのは《明るいのか暗いのかよくわからない空気》だと思ってて。不安定さの中に彩りを持たせられるかに着目しました。あえて素材に濃い色を使ってすこし古臭い感じを出したり、明るい色味をすこしくすんだ感じにしたり。もともとくすんだ色を選んでしまいがちなので、明るいコレクションでも結局くすんだみたいなところもあります。

「明るいものを作れない」というのは、学生時代のヒエラルキーの上じゃない人たちをサポートしているような感覚ですか?
サポートすると同時に僕もそっち側だったし、ファッションに出会った時もただ『今イケてるから着る』のではなく、ファッションを通してかっこよくなりたい、自分を変えたいという必死なマインドがあった。それと同時に明るい服を着る怖さもありました。だから『エグいピンクは着れないけれど、コーデュロイのこのピンクだったらギリ着れる』といった感覚を大事にしました。
ピエール・カルダンに特に影響された理由として、当時のフューチャー的なデザイナーが彼やクレージュ、パコ・ラバンヌなどいる中で、クレージュはつやのある素材感、パコ・ラバンヌはメタルとどちらも素材でも未来を模索しているような印象でした。けどピエール・カルダンは形を出すためかフェルトみたいな素材を使っていて、未来感のあるデザインなのに少し起毛していたりどこかちょっと野暮ったく見えたんです。
今、テクノロジーはどんどん進歩しているけど、3Dプリンターで作ったような素材感って、服としてはまだ肌に合わないと思っていて。僕も野暮ったい素材感や古着が好きだから、人間に馴染む自然なウールとかの素材で未来を感じることをしてみたいと思い、現代から見たレトロでありフューチャーであるようなイメージで素材感にもチャレンジしました。

野暮ったいところに落とし込みたいし、そこの世界観でありたい。けどやはりGoshaやVETEMENTSには相容れない?
GoshaもVETEMENTSもかっこよくて好きです。僕はRaf Simonsが一番好きなんですけど、誰かが言ってて共感したんですが、初期のラフ・シモンズって男子校生っぽいデザインじゃないですか。エディ・スリマンはラフ・シモンズと同じ軸にあるユースだったけど《共学のイケてる子》みたいなデザイン。ラフ・シモンズは男子校の教室の片隅にいる子のような美意識から始まっていて、僕は、男子校に通っていたし、イケてるグループにはコンプレックスがあったしで、きっとそんな僕が思春期も今もひたすら共感する要素があるのかもしれない。デザインに対して真摯に向き合っていて純粋だし、言葉にできない美しさがあるんです。そういう自分なりの言葉にできない《なんかかっこいい》このブランドらしさみたいなものを掴むのが一番難しいけど、大事だなって。

最初のシーズンで言葉にしたくて戦略的にやってきたんだと思ってました。
ファッションや社会に対する感情と、今自分にとって新鮮でやりたいと思えるを大事にしています。2015AWの準備をしていた時期は、モードと街の人たちの距離がすごくあって、皆がモードへの興味を失くしちゃったような空気を感じていた。だったらみんなにとって近いであろう、社会の中でヒエラルキーの上じゃない僕が共感するような子たちがかっこよく、生々しく見える場にならないかなと思ったんです。気分的にその時はなんか共感しづらかった現実味のないモードの場所に普通の子がでてきたらモードと社会は近い距離にあるように感じられるかなって。純粋な気持ちで作ったシーズンでした。そしたら自分がしてきたモデルのストリートキャスティングみたいなことは、自分の意識と違うストリートの流れからどんどんトレンドになってきた。
街の子たちがをモードの場に増えていけばただの街みたいになる。僕はこの子たちの不安定なかっこよさをありのままで正当化できるかもしれないと思っていた『学校の中でこそこそできた僕らの聖域みたいな場所も、結局学校のイケてるグループの居場所になった』みたいな(笑)。当初、あんなに遠く感じていたモードと街の気分が逆に近すぎるように感じ始めました。
その時期は、自分の表現に、もう届かない思春期の若さをただ追っているだけになってしまっているかもしれないと、気持ち悪さを感じ始めた頃でもあって。そんなタイミングが重なって、自分がこれまでテーマにしてきた自分の思春期の頃に立ち返り、当時自分たちが憧れていたモードのデザイナーのような、王道な表現方法でその若い感情に向き合ってみたいなと。そうやって捻くれながらも真摯に今に向き合って、その時の感情を大切に表現するようにしています。

ファッションは自分のため? それとも世の中のためですか?
世のためではないですね。けど結果、自分のための働きは誰かのためになると思ってます。なにか生きる中での不満をポジティブにしようとしたら人のためになっていたり。結局は自分のためですね。でも、独りよがりの自己表現にならないように、共感からコミュニケーションが生まれるような表現は意識しています。

吉田さんにとって「明るい未来」とは?
人が大事な部分で感情的になれて、その在り方自体が認められる環境。感情的になったときに「あいつ道から外れてる」、「おかしい」ってダメにしてしまわない、それを受け入れられる社会ですね。

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Credits


Photography Shun Komiyama
Text Yuka Sone