SHEN WEARS T -SHIRT STYLIST'S OWN.

ようこそ、ディック・ページの世界へ

数多くのエディトリアルやショーでのメイクアップ、またSHISEIDOのアーティスティック・ディレクターとして、長年第一線を走り続けてきたディック・ページ。ストリートとハイモードを自由に行き来する彼が考察する、情報過多な現代における真のビューティ、すなわち自己表現とは。

by Mika Koyanagi
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28 June 2016, 3:35am

SHEN WEARS T -SHIRT STYLIST'S OWN.

MIU WEARS VEST AMERICAN APPAREL. BAG AND PINS MODEL'S OWN.

MIU WEARS HOODIE MODEL'S OWN.

KURUMI WEARS TANK TOP AMERICAN APPAREL.

直感から生まれる美しさの本質

たっぷりと注がれた自然光の下、休むことなく手を動かし、あっという間に3人分のメイクを完成させる。「ランダムに色をのせてシミのようにぼかした」アイシャドウや「グリーシィなメイクには何か形のあるものを合わせたかった。それがヘアでも帽子でも」という発想からいたった新聞紙のヘッドピースまで、次 から次へとアイデアを具現化していく。「即興のようにバン、バン、バンという感じでね」。

今さらディック・ページについて詳しい説明は不要だと思うが、ブリストル出身の、現在はニューヨークを拠点に活動しているメイクアップアーティストであり、90年代のi-Dでも活躍していたのは周知の通り。1987年、ロンドンに移住してすぐにファッションエディターのメラニー・ワードと出会い、コリーヌ・デイやデヴィッド・シムズ、ユルゲン・テラー、ナイジェル・シャフランなど多数のフォトグラファーと仕事をした。今回のシューティングは、当時のようにオープンで自発的に臨んだと振り返る。

「それぞれアイデアを出し合って、ディスカッションして進める。ビューティでもファッションでも1番重要なことは"Why not?(何でダメなの? いいよね!)"。今はデザインにせよクリエイションにせよ説明を求められる。でも それはアイデアを殺すことになりかねないんだ。もっと感情的で衝動的であるべき。それこそがクリエイティビティの源泉なのだから」

51歳となり、ユースカルチャーやナイトライフとも縁遠い生活を送る今も、幸いにして仕事の面では初期の勢いをキープしたままだ。もちろん身の回りで何が起こっているか観察はするが、 それを参考にしようとは思わない。「ニューヨークで予約するのが困難なレストランに、名前をリストに入れるため、朝8時から電話を握り締めるなんて絶望的としか言いようがない。周りの動きを意識しすぎたり(over engagement)、それに関わりすぎること(hyper awareness)は何も生み出さない。クリエイティブじゃないんだ。僕はInstagramを使っているけど、 SNS全体を見ていると、そこにコネクトすることに義務が生じているよね。『今こんな素敵な場所にいるよ!』とか、いかに自分の生活が素晴らしいかをアピールしている。誰も自宅のソファに寝そべった写真はポストしないしね(笑)。突飛に聞こえるかもしれないけど、今アメリカではある種の狂信的なナショナリズムに注目が集まっている。僕としてはもちろんハッピーなことではないが、そういった社会の潮流はファッションや音楽、アートなどカルチャー全般 にどうしても影響を及ぼしてしまう。だから周りの意見や流行に影響を受けすぎるのはどうかと思うんだ」。ディック本人も今最も売れているモデルのひとりであるジジ・ハディッドについて「どうでもいい」と軽く流すほどだ。「僕たちはどこで買い物するか、何を食べるか、どの映画を見て、どの本を読むかを全て自分で決めている。でも他人からどう見られているかに気を取られすぎているよね。それはつまらないし、もろい」

他人に翻弄されず、自分の仕事を全うしたら、 あとは信頼するスタッフに委ねる。そんな「餅は餅屋」とでもいうべきプロフェッショナルな姿勢を崩さない。「最近一緒に仕事をするようになったジェイミー・ ホークスワースは、レフ板を使っているのさえ見たことがない。彼のローファイな写真や撮り方を見ていると、僕が昔よく仕事をしたフォトグラファーたちを思い出す。もちろんフィルム時代のね。デジタルとフィルムの大きな違いは、撮影中にどんな写真が撮れているかわからないこと。デヴィッド・シムズはごくたまにベタ焼きを見せてくれたけど、ほとんどは雑誌ができてから仕上がりを見ることが多かった。フォトグラファーには彼らの視点があり、色調や印刷に対しての判断と責任がある。今はみんながモニターを覗き込み、色々と言いすぎで、結局主題を見つけるチャンスを失っているんじゃないかな」

全てが瞬時にわかるということは、瞬時に決断することをも望まれる。それは時間短縮というメリットを生み出すが、弊害もある。「情報のスピードが速すぎて、たとえば僕がメイクのアイデアを考える-色を混ぜたりペイントしたり何でもいいんだけど-数日は欲しいんだ。ちょっと離れて、また戻ってきた時にやっぱり好きかどうかを考えたい。アイデアを熟成させる時間が必要だとつくづく思うよ」

最近では、90年代がリバイバルしていることにともない、当時のことをインタビューされる機会も増えた。「90年代なんてそんな昔じゃないのに、どうやったらノスタルジックになれるんだよ」と笑いつつも、現在まで連綿と続く糸のように全ては繋がっていると認識している。

ただ、彼らしいのは懐古主義に留まらないこと。前述のホークスワースにせよ、マッギンレーにせよ、現在もチームを組むフォトグラファーは大御所から若手まで幅広い。そしてインスピレーションを受ける窓は常に開かれている。「東京ステーションギャラリーでジョルジョ・モランディの展覧会を見たんだけど、彼は生涯を通して同じモチーフを描き続けたんだ。使っている色も限られている。その時、僕は平凡な色って何だろう? と思った。グレーやベージュなどの 愚鈍な色で自分は何ができるか。平凡な色って美しい、とさえ感じたよ。仕事柄、アジア人にも欧米人にも黒人にもメイクをする。その違いは? とよく聞かれるけど、それは人種によるものではなくて、個々人による違い。肌の色も質感も目や鼻の形も全員違う。それと同じでモランディが感じた色と僕が感じる色は違う。色や光、形やテクスチャーはそれぞれ感じ方が異なるんだ。結局、人とどう違うかということが、アイデンティティなんだよね」

Credits


Make-up Dick Page
Photography Bruno Staub
Styling Katsuyuki Naito
Hair Kenji Toyota at Shiseido
Hair assistance Madoka Abo
Make-up assistance Rena Takeda and Reiko Ito
Model Shen Tanaka and Kurumi Emond at Eva Management, Miu at Nvrmnd Inc.
Text Mika Koyanagi

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