映画におけるLGBTの扱い 実は悪化している?

GLAADが発表した2015年のレポートによると、同年にハリウッド最大手映画会社7社がリリースした全映画作品のうち、LGBTキャラクターが登場した作品は全体の20%以下にとどまった。また、ハリウッドにおける有色人種のLGBTキャラクターの扱いは悪化の傾向すら見せている。

by Emily Manning
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13 May 2016, 5:23am

2015年は、LGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender:性的マイノリティ)映画にとって比較的良い年となったように見えた。実在のレズビアンの話を基にした映画『Freeheld』には、実際にレズビアンとしてカミングアウトをしているエレン・ペイジが主役に起用されている(役柄のセクシュアリティにかかわらず、クィアを公言している俳優や女優がこれまでアカデミー賞受賞を果たしたことがない事実を考えると、これは勇敢な起用といえる)。また、ショーン・ベイカーがiPhoneで撮影したインディペンデント映画『タンジェリン』はトランスジェンダーを取り巻く物語で、出演したトランスジェンダーの女優マイア・テイラーの演技が高く評価された他、アカデミー賞ノミネートを後押しするキャンペーンにケイトリン・ジェナーが公式に参加するなど話題となった。そして、トランスジェンダーの第一人者の1人としてその名を歴史に残すリリー・エルベの生涯を描いた伝記映画『リリーのすべて』では、出演したアリシア・ヴィキャンデルが米アカデミー賞で助演女優賞を受賞。極め付けは、15年にも及んだ資金難を経て完成した『キャロル』がようやく公開されたことだろう。この大作は公開されるやいなや各国から賞賛を浴び、アカデミー賞と米ゴールデングローブ賞で計11部門でのノミネートを得た。

しかし、手放しで喜ぶのにはまだ早そうだ。これらの作品は、すべてがインディペンデント系映画会社によって製作された低予算映画だ。ルーニー・マーラとケイト・ブランシェットの出演を約束されていたトッド・ヘインズ監督ですら、『キャロル』を1,200万ドルで制作せざるをえなかった。また、これらの作品は、ほとんど都市部のみでしか公開されなかったことも忘れてはならない。大手映画制作会社においては、LGBTの出演や多様性の扱いは、実のところ悪化しているのが実情だ。

アメリカ国内でLGBTのイメージをメディアモニタリングする非政府組織GLAAD(Gay & Lesbian Alliance Against Defamation)は、毎年、ハリウッドの最大手映画会社7社が制作した作品におけるLGBTキャラクターの量的・質的・多様性的イメージを調査し、"Studio Responsibility Index"という年次レポートを発表している。先日、2015年版のレポートが発表されたが、このなかで、最大手7社のうち2社、パラマウントとウォルト・ディズニー・スタジオが、2015年に制作した映画すべてからLGBTのキャラクターを完全に排除していたことが明らかになっている。GLAADがこのレポートを発表し始めた2013年以来、ハリウッドの最大手スタジオがLGBTを完全に排除したのは2015年が初めてのことだそうだ。

2015年に大手7社がリリースした映画は126本に及ぶ。そのうちの17.5%にあたる22本の作品が、自身をレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、もしくはトランスジェンダーと認識するキャラクターを登場させている。前年の114本中20本で17.5%と比べると、登場の割合においては横ばいと言える。しかし、2015年の22本のうち73%の作品では、LGBTのキャラクターたちが10分以上登場することはなかった。トランスジェンダーのキャラクターが登場しているのは『キューティ・コップ』のみで、しかも、この登場人物は「アイデンティティが明かされることで観客の笑いを誘うオチとして用いられているにすぎない」とGLAADは報告している。

LGBTのキャラクターが登場する映画の登場人物たちの質を評価するため、GLAADは"Vito Russo Test"というテストを用いて各作品を指数で示している。このテストをクリアするには、まずLGBTキャラクターが作中に登場していなければならず、それらの登場人物の存在は性的もしくはジェンダーのアイデンティティによってのみ決定づけられていてはならない(それ以外の特徴描写によってストレートの登場人物たちとの区別化がなされていなければならない)。また、彼ら/彼女らなしには成立しない物語でなければならない−−「つまり、LGBTのキャラクターたちがただのカラフルな飾りや都会的な要素、(おそらく最も多い例だが)観客に笑いを誘うためのネタではない扱われ方をしていなければならないのです」とGLAADは説明している。2015年には、22作品のうち8作のみがこの基準をクリアしたという。この数字は、2013年以来、最も低い数字となっている。

映画においてただでさえ少ないLGBTの登場人物のなかでも、特に惨憺たる結果となっているのが"人種の多様性"だ。前年は改善を見せた有色人種のLGBTキャラクター登場率だったが、2015年には7%の後退を見せたという。「有色人種のLGBTキャラクターは、ひとりで複数のコミュニティの視点を表現することが課されることが多く、観衆がリアルに自己投影できるストーリーを物語ることは難しくなってしまう」とGLAADは報告している。また、「クリエイターたちは、多様性に富んだ我々LGBTコミュニティを、1人ではなくもっと多くのキャラクターを通して語らねばならない。そうすることによって、ストーリーに奥行きが生まれるのです」と付け加えた。

大手映画制作会社が、多様なキャラクターを体制的に排除しさげすんでいい理由などない。クィア映画は、アクションアドベンチャーを盛り込んだ友情コメディのような興行収入は得られないというのが定説だったが、それですら間違いだったことを時代が証明している。1,500万ドルの予算で制作された『リリーのすべて』が6,500万ドルの興行収入を上げたのに対し、孤独なトランスジェンダーのキャラクターの人間性を犠牲にしてまでも3,500万ドルの予算を投じて制作された『キューティ・コップ』は、興行収入はわずか5,100万ドルに留まっている。

世界中の映画ファンたちがネット上で「#OscarSoWhite(真っ白なオスカー賞)」と非難の声を上げなければ、映画界に大きな功績を残してきた有色人種たちを讃える今日の映画業界の動きも生まれなかったはずだ。現在、テレビの世界でも同じ動きが見られる。視聴者からの大きな要望を受け、業界で影響力のある人々が志をともにし、LGBTの登場人物たちが品格をもって描かれ始めているのだ。平等は実現可能なのだ。私たちが自らに誇りをもち、声をあげさえすれば。

Credits


Text Emily Manning
Image © 2015 The Weinstein Company. All rights reserved.
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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