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モスクワのアングラ・エレクトロニカ・シーン紹介 byケドル・リヴァンスキー

ロシアン・エレクトロニカの歌姫が、最新ビデオについて、そしてゴーシャからButtechnoまで幅広いロシアの音楽、アート、ファッションについて語る。

by Frankie Dunn
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08 November 2016, 4:53am

アダム・ジェラード(Adam Gerrard)とマイク・シモネッティ(Mike Simonetti)は、Soundcloudでロシア人プロデューサーのケドル・リヴァンスキー(Kedr Livanskiy)のサウンドに出会い、魅了された。意気投合した3人はアメリカのレーベル2MRの門を叩き、契約を取り付けた。雪と氷で覆われ、閉じ込められたように静かな佇まいで廃墟ビルが並ぶロシアの厳しい冬——そんな情景にインスピレーションを得て作られたというEP『January Sun』を引っさげ、ケドルはアダムとマイクと共にアメリカ横断ツアーを敢行。ツアーが終わる頃、3人は確固たる友情関係を築いていた。しかし2MR以前にも、ケドルは友人が多く在籍するモスクワのエレクトロ集団John's Kingdomと活動をしていた。アダム、マイク、そしてJohn's Kingdomと共に、ケドルは現在、新しいアイデアを探り、最高のパーティを開催し続けている。

モスクワのアンダーグラウンド・エレクトロニカ・シーンの中心的存在となっているJohn's Kingdonのメンバーは、モスクワ市にある映画学校Moscow School of New Cinemaの生徒として出会い、アメリカのヒップホップ・バンドDeath Gripsのファンということで仲良くなったという。現在は音楽に焦点を絞った活動をしているものの、彼らは依然として映像・映画への情熱を失っておらず、ミュージックビデオ制作は自ら行なっている。ケドラの最新シングル「Keep Your Word」のヴィジュアルは、満を持しての制作だったそうだ。この曲の歌詞は「アルバム中で最も馬鹿げている」とケドラはいうが、私たちはそれを馬鹿げているなどとは微塵も思わない。ビデオは、サンクトペテルブルクで撮影されており、ストロボライトが瞬く地下のクラブにひしめいていた人々が、レンタルしたスピードボートへ場所を移してパーティを楽しむという内容だ。一風変わったシンセサイザー使いに、残響のようなボーカル、考え抜かれた笛の音の配置などはパーフェクトといってもいい。彼らがこのサウンドを奏でるその場にいられたらとつい夢想してしまう。

まずは下のビデオを観てもらいたい。そして、ヴィジュアルが制作された背景について、そしてゴーシャ・ラブチンスキーからプロデューサーのButtechnoに至るまで音楽とアート、ファッションが領域を超えて共に作り出すモスクワのDIYシーンについてケドルが語るインタビューを読んでほしい。現代のロシアを超えて新たな世界を築く新世代——その大きな歯車のひとつとなっているケドラ・リヴァンスキーを紹介する。

ケドラ、John's Kingdomについて少し教えてください。
John's Kingdomはレーベルというよりも、いわばコミュニティのようなもの。レーベルがコミュニティの一部という位置づけなの。このコミュニティのなかで様々なコンピレーションが生まれているのよ。誰か無名のアーティストが出てきたら、そのひともコミュニティの一員になって、John's Kingdomの友達になる。それがいまモスクワのシーンにあるコネクションの形なの。

レーベル以外に、そのコミュニティにはどんな部分があるのでしょうか?
クラブのNauka I Iskusstvo、ミュージシャンや映画評論家と関わっている部分とでもいっておこうかしら。それとマッサージ師!

John's Kingdomのパーティではどんなことが起こるのですか?
ダンスよりも音楽に重点が置かれているけど、どっちも混ざったパーティよ。

Keep Your Word」のテーマとは?
あれは、アルバム中で最も馬鹿げた曲。ある種の攻撃よ。自分が口にする言葉には責任を持ちなさいね、っていう歌。無礼な寓話みたいものね。まあ何にしても馬鹿げた歌よ。歌詞を理解できようができまいが、エネルギーさえ感じてもらえればそれでいい。この曲で訴えているのは、ある種の攻撃性の発露なの。

ビデオはあなた自身が監督したのですか?
映画の勉強をした友人と一緒に監督したの。「No More Summer Rain」のビデオも作ってくれたひとよ。私たちは多くを語らなくてもお互いのことをよく理解していて、彼は私の美的感覚を完全に解ってくれてる。ヴィジョンを伝えれば、それをどう撮影して編集すれば良いか、瞬時にわかってくれるの。

ビデオ制作の背景について教えてください。
偶然だけど、同じときにふたりともサンクトペテルブルクにいたの。私が彼に撮影を依頼して、すぐに撮影日を決めたわ。モスクワに戻るチケットを無駄にしたけど、サンクトペテルブルクにそれから数日間とどまったの。撮影の段になって方向性を決めて、その場であの変なダンスを振り付けしたわ。エストニアのタリンに住んでいる友人数人に電話をかけて、「ビデオに出てくれない?」って頼んだらOKしてくれて。彼らはすごく表現力豊かでクールで、何でもやってくれるの。次の日にはサンクトペテルブルクに来てくれてね。あの日、私はサンクトペテルブルクの老舗クラブGriboedovでコンサートをやったんだけど、そこを取り仕切っている若い人たちと仲良くなった。地下スペースをすべて好きなように使って良いっていってくれたから、ビデオ制作では本当に助かった。タダでビールも飲ませてくれたしね。
コンサートで稼いだお金を使って、ボートを2時間レンタルしたの。船長は仰天してたわ。スリップのみの私が出てきて、裸の男を縛ったりしはじめるんだから、そりゃ驚くし、怒りもするわよね。ポルノ映画でも作ってるのかと思ったんじゃないかな。私たちの身体、私たちのアイデア、それと、そこに生まれた魔法みたいな瞬間を捉えることで出来上がった映像作品よ。まったく予想だにしなかったクールなことが起こったりして、まるでパズルが自ずと完成していくようだったわ。

他のキャストについても少し教えてください。
私と一緒にダンスをしてくれてる男の子ふたりは、タリンで出会ったの。タリンでコンサートをやったときだったわ。アーティストなら誰もがいうことだけど、出会いがあるのが旅の良いところ。ストロボスコープを持った謎のふたりは、撮影現場で知り合ったの。監督の友達よ。ふたりともクールで美しい男の子たちだったわ。

映画学校で学んだもっとも大切なレッスンは?
真実を探るということ。言葉やセリフだけじゃなく、編集や、映画という作品自体を通して、観る者に「意味」を伝える手段を見出すということね。映画の勉強は私たちの音楽にも影響を与えたわ。メロディや歌詞だけじゃなく、サウンドとアレンジを通して音を描くということ——そこにエディティングもあり、リズムもあり……そうやってストーリーを描いていくの。

あなたの音楽がサウンドトラックとして最適と思う映画は?
今は、ゴス調のシリアスな映画かしら。でも映画音楽をできるとしたら今やっているようなものとはまったく違う音楽を作るわ。

いま大きなトレンドになっているモスクワのDIYファション&音楽シーンですが、ここ数年でどんな変化が見られましたか?
新たな世代が大人になって、彼らはもう旧ソ連という過去を恥じていないのよね。旧ソ連をベースにしながらも、それを超えた感覚を持ってる。世界ではテクノロジーの進化によって音楽的な革命が起こっていて、自分たちは遅れをとっているんだっていうコンプレックスが私たちの世代にはあった。親世代は特にそのコンプレックスが強い。2000年代、アーティストの多くは自分たちの言葉で表現をするのを恐れて、既存の作品をコピーする方向に走った。それが今は、誰もが歴史に自分たちの存在と場所を見つけて、ロシアの歴史と正面から向き合えるようになった。親世代が負ったようなトラウマが実体験としてない新しい時代に私たちは生きているから。そんな探求が、ファッションや音楽でも起こっているの。「自身を見出す」ということね。急速な展開を見せる現実のなかで、自己探求こそは最も敏感に反応をみせるもの。社会的な意味でのムーブメントは起こっていないわけだけど、実際には自己探求っていう大きな流れが水面下でできているの。「目の前の現実、今というときを理解しよう」というね。だから若い世代はすごくアクティブなのよ。

Buttechnoは昨年、ゴーシャ・ラブチンスキーのショーで音楽を担当しましたが、モスクワDIYシーンのアーティストたちには、サポートの精神や、反対に競争心とでもいうものも強くあるのでしょうか?
ファッションと音楽が密接になってきているのはクールだと思う。映画制作には膨大な時間が必要となるけど、ファッションや音楽はそこまで時間がいらないから、世の中の変化に対してすぐに反応を示せる。ゴーシャもパシャ(Buttechno)もアーティスト。だから自分たちの世界観をぶつけ合って、新しいものを生もうとしたのよ。結局はふたりとも同じものを目指しているから。モスクワのシーンはとても良い雰囲気よ。新しいクラブが次々オープンして、異なるヴィジョンと視点を持った新しいアーティストがたくさん登場してきていてね。

パンクバンドに属していたことがあるとか?ライブバンドの要素が恋しくなったりはしないのでしょうか?
恋しいとすれば、あの頃に持っていた「現実に対する姿勢」かしら。生きるのが、よりシンプルで楽しかった。音楽でも同じ。ポップパンクは単純明快で、歌詞やサウンドなんて重く考える必要もなかった。楽しくて、エネルギーがあって、観客から受けるエネルギーがあって——観客が私たちにぶつけてくるエネルギーは、ただただ楽しかったわ。今はあの頃とはまったく異なるアプローチで音楽づくりをしていて、苦しいだけのときもある。メンバーとリハーサルをして、ビールを浴びるように飲んでいた日々は、もちろん恋しいわね。チームとしてみんなで何かを作り上げるっていう工程もね。ひとりでものづくりをするって、本当に孤独。だからこそできるものがあるわけだけれど——どっちが良いというものではなく、単にアプローチがまったく違うの。内省が多くなるのよね。パンクポップでは内省なんてまったくしなかったわ。

音楽づくりは現実逃避の一手段でしょうか?
部分的には、そうね。でも、現実から逃避しているわけではないわ。現実を輝かせること——キャラクターや形式を通して、現実を色鮮やかにするということよ。目の前に示された世界を、自分なりに理解して、そこに疑問を見出して、生きるということ。美の基準や何やらを押し付けられている現実じゃなくね。世界はまっさらなキャンバスみたいなもの。ひとが言うことなんて気にしないで、好きなように世界を構築すればいいの。それがクリエイティブってものだと思う。それだけじゃないけど。

このあいだのツアーで自分自身について学んだことは?
「2週間飲み続けても私は死なないんだ」ってこと。そして自分にはかなりのエネルギーがあるんだってこと。

これまで行ったなかで最高の場所は?
ニューヨークね。でも日本に行ってみたいわ。

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Credits


Text Frankie Dunn
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.