クリス・ヴァン・アッシュが語る、東京でのDior Hommeプレ・コレクション

GINZA SIXの開業を祝い、この商業施設に大型ショップをオープンさせたDiorのメンズ・デザイナー、クリス・ヴァン・アッシュが、Dior Homme初となるシーズン間コレクションをショー形式で発表した。

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apr 24 2017, 11:06am

80年代末から90年代初頭に思春期を過ごしたクリス・ヴァン・アッシュは、ニューウェーブやニュー・ロマンティシズムのシーンに育った。今年1月に彼がDior Hommeの2017年秋冬コレクションで表現した世界は、そのシーンに着想を得て作られたものだった。しかし、そこは礼儀正しく上品なアッシュ。彼は10代のときも、クラブ文化に陶酔するようなことはなかったそうだ。「クラブ・シーンに溺れるようなことはもちろんなかった。スケート文化に刺激を受けるのに、スケーターでなければいけないということはないだろう?」と、アッシュはわたしの質問に笑顔で切り返す。パリから遠く離れた東京の地で、彼は、自身が想いを馳せる青春期の世界観へとひとびとを招き入れた。東京・銀座に開業したGINZA SIXにDiorが巨大ショップをオープンし、そのローンチ・イベントとして、Diorでウィメンズのクリエイティブ・ディレクターを務めるマリア・グラツィア・キウリが、1月にパリで発表した2017年春夏オートクチュール・コレクションに新たに8ルックを加えてショーを行った。続くDior Hommeのプレゼンテーション(秋プレ・コレクションに相当するコレクションだが、これについては後述する)で、アッシュは会場にティーンの少年のベッドルームを作り出した。「自室で音楽を聴き、友達と遊び、夢を思い描く少年たちをそこに描きたかった。夢を生きる少年たちをね。ある種の"ベッドタイム・ストーリー"だね」とアッシュは、ベルギーの田舎町で過ごした自身の青春時代に思いを馳せるように言った。

「今回、広告キャンペーンにはボーイ・ジョージを起用したんだ」とアッシュは現在展開中のDior Hommeキャンペーンについて話す。ボーイ・ジョージといえば、カルチャー・クラブの一員としてイギリスのニュー・ロマンティシズム音楽を牽引したミュージシャンだ。「いま、ひとびとは"違い"を受け入れず、自分とは違う人間や文化を締め出そうとする向きがある。僕は、ファッションが政治を超えて、そうした違いを讃えるものだと信じている。人生や社会にまかりとおっている通念、そしてこの世界で自分がどんな人間になりたいかについて僕が思い悩んでいた若い頃、ボーイ・ジョージは、自分自身を力強く生きる勇姿を僕に見せてくれた。マドンナとボーイ・ジョージは、『ひとと違ってもいいんだよ』と、力強いメッセージを生きて示しているヒーローだった。いまは、彼らみたいな存在が欠落していると思う」。そんなメッセージを世界に示すのに、東京ほどうってつけの舞台はない。それは、東京という街がエキセントリックなあり方に寛容だからというだけではなく、これまで常にアッシュをデザイナーとして讃えてきた街だからだ。「東京は、僕がKris Van Asccheを立ち上げた当初から、そしてDior Hommeのデザイナーに就任した後も、ずっと変わらず応援し続けてくれている街。日本人は新しいものが好きで、新しいアイデア、新しいコレクションをとても喜んでくれる。だから僕は、これまでに何度となくこの街を訪れているし、この街が大好き。東京のひとは、表現がとても自由。とことん表現する」。彼は日本でセレブリティとして迎えられているのだろうか?そう問うたわたしに、アッシュは、いたずらな笑顔だけで答えた。ショー会場としてアッシュ自身が選んだディファ有明——そこにおしかけたクラブキッズたちは、アッシュの目を少しでも引こうと躍起になっている。その様子を見れば、アッシュのいたずらな笑みが「イエス」を意味することは明白だ。

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今回のイベントで披露された"秋プレ・コレクション"で、アッシュは引き続き、ニューウェーブやニュー・ロマンティシズムのロマンチックに物悲しい世界観を探った。そうして生まれたのが、ブラック・オン・ブラックのロング・コートやバギー・パンツ、細身のトップスだ。「NEWAVE」というスポーツウェア調ロゴが昔ながらのChristian Diorロゴに重ねられるかたちでプリントされたものもある。「僕は昔から、ニューウェーブのシーンにあるダークでロマンチックな雰囲気が好き——でもそれを服に描く際、あまりにもあからさまで懐古的な解釈は避けたかった。だからそれはただ世界観として用いて、ストリートウェアやスポーツウェアにその要素を取り入れることでで表現しようと思った。"New Wave"という言葉をスポーツウェア・ロゴとして描いて、スウェットやシャツ、スーツにプリントすることで、そういった文脈を取り除いて現代的に落とし込もうと試みた」と彼は話す。Diorの創始者であるクリスチャン・ディオールもまた、アッシュと同じく日本びいきだった。日本の要素を盛んにコレクションに織り込み、50年代には日本各地で多くのショーを開催した。今年、Diorは創業70周年を迎える。アッシュは、東京で開催した今回のショーでDiorへオマージュを捧げているが、創業者ディオールが盛んにデザインに織り込んだ日本の要素を解釈して表現するのではなく、Diorアーカイブに見たほかの要素に着想を得て、独自の表現で敬意を示したという。「"レッド・スクリーム(赤い叫び)"と名付けた部屋を作った」と、アッシュはDior Homme秋プレ・コレクションのプレゼンテーション会場に作り出したセットのひとつについて話す。「今年でDiorは創業70周年——この"レッド・スクリーム"の空間は、それを讃えるささやかなオマージュとして作ったんだ」

「クリスチャン・ディオールは、最初のコレクションのショーノートで、この"レッド・スクリーム"——"ルージュ・スクリーム"という色について触れているんだ。Dior独特の、あの"真っ赤"——僕はその名前を見て、『なんて面白い名前をつけるんだろう』と思って、この"真っ赤"で服を作ろうと考えた」。もしもクリスチャン・ディオールが生きてニュー・ロマンティシズムのムーブメントを目の当たりにしていたら、きっと感銘を受けていたにちがいない——少なくともニュー・ロマンティシズムの音楽は気に入ったことだろう。今回のプレゼンテーションでは、フレデリック・サンチェスがニュー・ロマンティシズムの音楽でサウンドトラックを制作した。そこには、ニューウェーブとは言い難いながらも、やはり確実に聴く者の気分を高揚させるジャネット・ジャクソンの「If」も含まれていた。会場には、アッシュの仲間のひとりであるA$AP Rockyも駆けつけた。満員の会場に少し遅れて姿を現した彼の後には、彼と一緒にセルフィー画像を撮ろうと多くの男性モデルたちがついてまわっていた。おそらく彼らは、自宅寝室で自らの未来を心に思い描き、期待と不安に胸を膨らましていたころのアッシュと、年の頃は同じ——そう考えると、特殊な政治的状況にあった80年代という時代と、世界が極端な方向へと向かっている現代という時代を、アッシュが並列してわたしたちに見せているように思えてきた。アッシュが思いを馳せる80年代末には、セルフィー文化も、インターネットが加速させたひとびとの常に新しいものを求める傾向もなかった。常に新しい情報を発信し、誰もが常に新しいものを求める今という時代が、デザイナーに年4回のコレクション制作を余儀なくさせるファッション界を作り出しているのだ。しかしアッシュは、ウィメンズウェアの世界で定着している「プレ・コレクション」「クルーズ・コレクション」という概念をメンズウェアの世界に適用することなく、あくまでも"新たなコレクションを年に3回制作・発表する"という流れを謳歌することを選んだ。

「これは、これまで年に2コレクションを発表し続けてきたDiorにとって、新しい試み。僕はこれを秋コレクションだと考えているよ。日本では明日から発売になる。これはDior Hommeの進化における新しい章の始まりなんだ」——とすると、これは "See-it-buy-now"なのだろうか?「いや、これはファスト・ファッションじゃない。だから"See-it-buy-now"ではない。コレクションをDior Hommeの営業担当者たちに見せたのは去年の11月だったから、そこからの商品開発と製造の工程は通常と変わらない。ただこれまで誰にも発表してこなかっただけでね。実のところ、何年も温め続けてきたコレクションで、ただこういう形で見せてこなかったというだけなんだ」と彼は説明した。「"プレ"という言葉は、そのコレクションが通常のコレクションよりも重要性において劣るような響きを持つから好きじゃない。このコレクションも、他のコレクションと同じだけ大切なんだよ」。時代を超え、世代を超えた世界と存在を探ったコレクションを、世界有数の先進都市・東京で発表した——それが、クリス・ヴァン・アッシュがDior Hommeのデザイナーに就任して10周年という節目であり、そして、メンズウェア界にとっては、"プレではないプレ・コレクション"をもって始まる新たな時代の幕開けなのだ。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Images courtesy of Dior
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.