都市生活についてスケボーが教えてくれること

人間の身体、心、都市空間との関係におけるスケボーの存在を探るマルチメディア・エキシビション『Museum of Skateboarding』がロンドンで開催される。このエキシビションを作り上げたアーティストに話を聞いた。

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aug 25 2016, 3:05am

ニューヨークやパリなど世界の大都市の多くもそうであるように、ロンドンの街は戦場だ。常に区分けされ、大手企業が買収、そして売却される。開発は進み続け、建物は競うように高さを増していく街で、大した稼ぎのない若者たちからは実にさまざまなものが奪われていく。

私たちが自分たちのストリートを取り戻すには、いくつかの手段がある。そのうちもっとも長期的な効果をもたらすのは、スケートボードだろう。ここ数年、ロンドンのスケボーシーンは、衰退と再開発との戦いに勝利してきた。2014年にはロム・スケートパークが指定文化財として登録され、その1ヶ月後には、テムズ川沿いにある、グラフィティに覆われたサウスバンク・スケートパークが署名活動の甲斐あって再開発から逃れることとなった。これらの出来事は、ロンドンにおけるスケボーの文化的存在感を如実に物語っていると言えるだろう。

70年代にメジャーになって以来、スケボーは流行しては廃れ、賞賛されては非難され、商品化・商業化を続けてきた。どの時代で死に絶えてもなんらおかしくなかったはずのスケボーだが、いまだ消滅する気配はない。古くもならず、商業化されすぎることもなく、スケボーはこれまで常に、なぜかユースと反抗の象徴として生の生き生きとしたパワーを失わずに現在に至っている。痛みとアザと失敗を通して常にその存在を再認識され、現代都市空間を形成し続けてきたのがスケボーなのだ。スケーターたちは引き続きロンドンのビジュアルアーティストたちをインスパイアし続け、アラスデア・マクレラン(Alasdair McLellan)はPalace Wayward Boys Choirのプロジェクトを作り出し、イアン・バード(Ian Bird)は白黒のポートレイト作品を生み出した。スケボーが醸し出すイメージは、私たちが渇望する自由を反映しているわけだが、実際のところはさらに大きな何かを意味しているのかもしれない——スケボーは、現代の都市環境を生き抜く方法、そしてそこで自分を解き放つための方法なのかもしれない。それこそが、アーティストのキリル・サヴチェンコフ(Kirill Savchenkov)が今月ロンドンで発表したエキシビション『Museum of Skateboarding』で表現していることだ。

サヴチェンコフはモスクワで生まれ育ち、後にコンテンポラリーアートの世界へと足を踏み入れるまでの長い期間を、スケボーに興じて過ごした。スケボーをやめるとすぐに、サヴチェンコフは、スケボーがトリックやファッション以上の意味を持っていたことに気づいた。彼がスケボーから得ていたものは、スケボーからしか学べないスキルや経験、そして体と都市空間に関する知識だと。「『Museum of Skateboarding』は、サブカルチャーとしてのスケボーを表現する展示ではありません。スケボーがスケーターたちの意識や体に残す影響と、街を捉える視点から、スケボーという存在を紐解くものです」とサヴチェンコフは説明する。「サブカルチャーにおいて、辞めた後にもこれほどの経験と影響を与えてくれるものは、スケボーをおいてほかにないでしょう。スケボーはひとのアイデンティティを形成してくれる。スニーカーやトリック以上のものがそこにはあるんです。スケボーを続けるなかで、スケーターは痛みを乗り越え、自分の体を知り、恐怖の瞬間に集中する術を学ぶのです」

サヴチェンコフは、街における人間の存在に焦点を当てた機能的でモダニズム的建築の概念と、それを身体で読み取り、さらには建築の隠された可能性を引き出すことができるスケボーの存在に、大きくインスパイアされたのだと話す。このエキシビションで彼が追求するスケボーは、私たちが知っているスケボーの世界ではない。それは、ほとんど宗教とも言ってよいような、アクティビティの不思議な掛け合わせだ。それは、武術と軍隊訓練とフィットネスから得た知識をスケーティングと融合させた、「街を生き抜くための究極のスキル」としての"ニュー・スケートボーディング"なのだ。

「90年代ロシアの伝説的スケーターで、現在はフィットネス・トレーナーとして活躍しているアショット・シャバヤン(Ashot Shabayan)とともにエクササイズを開発しました」とサヴチェンコフは説明する。「エキシビションで公開している映像のひとつに、ロシアの機動隊が用いる武術のテクニックにスケボーの動きを取り入れたエクササイズを収めたものがあります。スケーターが、順番を待っているときボードを頭の上に持ったりする、そういう動きをね。どこか宗教的な雰囲気を帯びた映像になりましたが、でも戦いの局面ではとても実用的なエクササイズになっていると思います」

この映像は、スケーターがグラインドに使うレールで作ったマルチメディア彫刻作品の一部として展示されている。ほかの作品には、違ったタイプの地面を寄せ集めた作品などもあり、スケボーを通しての街の検証を試みている。また、いたって実用的なスケボーのマニュアル本も置かれているのだが——この本、あたかも未来からタイムマシーンでやって来た誰かが、荒廃した街を移動する手段として新たなスケボーを再建するかのような切り口で書かれており、そこにはたくさんのグラフや奇妙なシンボル、イラスト付きガイドライン、テキスト、古びた写真などが添えられている。「この本では、スケボーのやり方が示されているわけですが、その視点は未来からのもので、よって未完成なんです。知識の残骸とでもいうべきでしょうか。でも、この本の素晴らしいところは、そこに収められているエクササイズが実際に使えるものばかりだということです。毎日実践すれば、スケートが上手になる。もしくは人生を生きやすくなる。フィットネスのプランとしても使えます」とサヴチェンコフは言う。

サヴチェンコフがこのプロジェクトに着手したのは、モスクワにいた頃だというが、作品に見る彼のビジョンはとてもグローバルだ。「ソ連崩壊後のロシアという空間だけを扱ったプロジェクトでは、もちろんありません。このプロジェクトは、バーミンガムであろうとグラスゴーであろうと、もちろんロサンゼルスやニューヨークのような都市であろうと通用するものです。ダウンタウンがあり、アスファルトがあり、グラナイトがありコンクリートがあるロサンゼルスとニューヨークでは、モダニスト的な実験で機能主義を探るということがすでにたくさん行なわれているからです。今回の展示には、スケートストッパーで作った彫刻作品があるんですが、これはロシアよりも西側諸国で特に意味を持つ作品でしょうね。アメリカやイギリスと違い、ロシアでは、スケートストッパーがほとんど使われていないんです。西側諸国では、カメや葉っぱの形をした装飾を加えたりして、建築家自身がスケーターを遠ざけてしまっている。建築業界は同じくホームレスのひとたちを遠ざける工夫もほどこしていますね。でも、スケーターたちがそんなストッパーを取り払う。スケーターたちがストッパーを取り除いてしまうことで、その空間の属性と意味は変わる。スケボーが都市空間を、そしてコミュニティにとってのその空間の意味すらも変えてしまうんです」

今、私たちの都市空間の未来は不透明だ。そして私たちの手が及ばないほど大きな力が、私たちの空間をもてあそぶこともしばしばだ。『Museum of Skateboarding』から私たちが学べることのひとつは、街に存在することの難しさを客観視する、その視点だろう。「このプロジェクト全体に息づくアイデアは、いたってシンプルなものです。障害は資源だということ。スケーターにとって、そこに障害が存在するということは、そこに新たな動きが生まれる可能性を意味します」とサヴチェンコフは言う。「どんな障害も、それを資源として使うべきです。うまく使って遊んでしまうべきなのです」

『Museum of Skateboarding』は、9月11日までロンドンのCalvert 22にて開催中。

calvert22.org

Credits


Text Anastasiia Fedorova
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.