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映画の平行線 第8回:『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

五所純子と月永理絵が、毎月公開される新作映画を交互に語り合っていく本連載。今回は、ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの最新作『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』を取り上げます。

by Junko Gosho
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23 October 2018, 8:45am

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女の出てこない映画はない。けれど女はまだ語り尽くしていない。 “映画の女” を見ながら感じたアレコレを、お喋りのように、戯れ言のように、手紙のように、交わしてみたい。「映画の平行線」は最新映画とともに、映画ライターと文筆家が意見交換していく往復コラムです。


道路に落ちたものを拾って生活する人びとをミレーの絵画になぞらえ、現代の拾遺物語を求めて旅に出たのが『落穂拾い』(2000、アニエス・ヴァルダ)だった。その連作に『顔たち、ところどころ』はあって、ヴァルダとJRは旅先で出会った人びとを落穂のように拾い集める。ストリートアーティストであるJRの手法を駆使して、人びとのポートレートを大きく引き伸ばして外壁に貼り出し、そこにある社会を観察するとともに変化をうながす仕掛けだ。

あたかも偶然による出会い。でも、あらかじめ方角が決まっている。ヴァルダとJRがバス停でパン店でクラブで思いがけず出会わなかったように(「このようには出会わなかった」という場面をふたりはわざわざ演じてみせる)、偶然というコンセプトのもとに、ある方角をもつモチーフとして、人びとは発見された。

農夫、職人、女性、職業と階級、芸術家、都市、最後の人たち。7つの分類で人びとを撮り、4万枚もの写真を残したアウグスト・ザンダーというドイツ人がいる。その写真群(「People of the 20th Century」)は、近代化によって姿を変えつつある人間の標本として、写真技術により高貴な者だけでなく平民も描かれはじめた肖像として、ふりかえることができる。さらに、ザンダーが撮影していたのはナチス政権下のドイツ、ワイマール共和国はアーリア人のみで構成されるという選民思想によってユダヤ人排斥が進んでいた。アーリア人に限らない“国民”をとらえるザンダーの写真は、おのずとナチスが理想とする“国家像”を揺さぶる。(国家像、日本語でいえば“国体”“国ぶり”か。怪しい死語のリバイバルが近頃かまびすしい。) 第二次世界大戦中、ザンダーは活動を中断させられた。標本は枠を動かす。

『都市とモードとビデオノート』(1989、ヴィム・ヴェンダース)でファッションデザイナーの山本耀司が、ザンダー写真は人の顔が名刺のように職業や経歴をあらわしているが、現代都市はそれが適わず人間が均一化していると述べていた。ザンダーと同じ志向性を『顔たち、ところどころ』はもつ。ヴァルダとJRの向かう先は田舎ばかりで(ザンダーの7つの分類に照らせば、都市が抜け、死者が加わる)、まさに経歴が滲んだ顔を見つけ出す。あるいは現代の顔から失われた一体性を取り戻すため、顔写真を外壁に貼りつけ、環境のほうに人びととの一体化を迫るようだ。女の姿が見えない職場に巨大な女性像を、老人ばかり残った廃鉱の町に最後の住民像を、工業化によって人間が消えトラクターだけが同僚という広い農場に孤独な農夫像を、建築中のまま放置された廃墟に隣人像を、姉弟の暮らす家に先祖の夫婦像を、工場の通路に工員像を、牧場に山羊を、空に魚を。——ある者は涙を流して喜悦し、ある者は観光地の看板と化して困惑するが、いずれにしても『顔たち、ところどころ』は被写体である(見えざるマイノリティの)人びと(の物語と表象)を融和的に社会化していく。

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
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風雨にさらされる巨大なポートレートはおそらく人間よりも速度を上げて朽ちていくだろう。偶像化されることなく経年劣化のままに潰えなくてはならない。そうでなければ、人びとの像は遺体を保存処理したレーニン廟のユートピア志向に近づく。それはあまりにも穏健な社会変革絵巻として作られた『顔たち、ところどころ』にふさわしくない。作中ではソーシャルアートが実現しており、ソーシャルアートの成功が描かれたのが本作だが、ただしかし、この微温にいつまでも浸っていられないとも思う。なぜなら本作のような“社会のアート化”“アートの社会化”といった手法は既にビジネスモデルにされているから。いまどきは軍靴の足音よりも消費の煙幕のほうが早く軽く広くやって来る。共感の涙をぬぐって目を凝らし、切断線を見つけなくてはいけない。それに興ざめを誘うようだが、自分の巨大な肖像が門戸に貼られた家に住み続けるのは、やっぱり気まずい。残酷な気もする。

『顔たち、ところどころ』に切断線として登場するのがジャン=リュック・ゴダールだ。ゴダールとの約束もヴァルダの気ままな思いつきといったふうだが、しかしサングラスなど布石ははじめから置かれていた。また、一本道を走る自動車の映像にはあたかも単線的なロードムービーだと錯覚させられるが、折々で口にされる地名や方角をたよりに地図を確認すると、撮影隊は四拍子の指揮のような線で移動したのがわかる。パリを出発して順々に撮影地をまわったのではない。パリを経由してはまた別の地に向かう、そんなルートだ。旅先で人を探し、旅先で撮影し、旅先で写真を貼った、これは確かにドキュメントである。ただし、それをいかなる物語に編み上げ、いかなる映画の形にするかは、後日の創作的な仕事がなしたものだ。

松尾芭蕉「おくのほそ道」を「人工的な構築物である」と松浦寿輝さんが語っていたのを思い出す。(松浦氏による「おくのほそ道」現代語訳が『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集12』で読める。その関連講演を聞いた。) 「おくのほそ道」は芭蕉が旅した紀行文であるとともに、芭蕉や同行者の曽良のみならず、旅先で出会った人の句も挟みこまれた俳諧文でもある。旅先で詠まれた句がおさめられ、旅の進行に合わせて綴られたように見えるのでドキュメンタリー的な臨場感があるが、芭蕉は旅の最中で文章を書いていない。また「おくのほそ道」は前半と後半でトーンが異なり、転換点となる平泉を挟んで、前半の松島と後半の象潟が対称形に配置されている。「おくのほそ道」は旅を再構成した創作であるのだと。この松浦氏の解釈にわたしは衝撃を受けた。そして、その話が映画館でふいに目覚めたのだ。『顔たち、ところどころ』は「人工的な構築物である」。

ふりかえると、『顔たち、ところどころ』のゴダールは「おくのほそ道」における西行であり、松島という目的地ではないか。(名もなき人びとは訪ね歩かれる歌枕だ。)ゴダールの住むスイスという方角はもとより想定されていた。だからこの旅は、地続きの自動車移動だけでなく、港湾倉庫のリフトからルーブル美術館のエレベータという連想のジャンプを必要とした。そこでゴダールの“裏切り”と呼ばれる拒否とはなにか。本作への不参加表明でもあり(ゴダールの肖像はどうしても文人的権威をまとうだろう。あるいは権威のヴェールが剥がれることを厭うたともいえるか)、融和的に社会化していく芸術への拒絶反応ともいえる。ヴァルダの涙は痛ましいが、しかしゴダールの食えない返事を作品に取り込んだのもまたヴァルダであり、この判断こそ本作をハートウォーミングに落ちる手前に踏みとどまらせる。本作を観た直後、思わずわたしはグーグルマップのストリートビューに偶然映り込んだとされるゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィルの画像を久しぶりに開き、さらに踏みとどまった。権威も友情もへったくれもない像だった。偽者かもしれないが。

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
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フレデリック・ワイズマンの新作『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』は『顔たち、ところどころ』と正反対だ。ともにドキュメンタリー作品という触れ込みだが、カメラの前のものごとに対して、ヴァルダはお喋りのように融和的に混ざっていくが、ワイズマンは寡黙にして立ち入らず、その映像と音像はときに抵抗的ですらある。ヴァルダは人物に立ち位置や身ぶりを指示するが、ワイズマンは手を加えない。ヴァルダは自身が登場人物として入っていくが、ワイズマンはナレーションすら入れない。ヴァルダは現実を編み込んだ絵巻で観客を親しませるが、ワイズマンは現実に立ち合ったという幻想を観客に体験させる。

ワイズマンは厖大な“アメリカ”を捉えようとする。かつて妄想の“ドイツ”を揺さぶるとして危険視されたザンダーの仕事のように、人びとが夢見るアメリカとは異なる契機がワイズマン映画に張りついている。ただその契機は映画のために特別にこしらえたものでなく、ごくありふれた、少なくとも必ず誰かにとって日常のよくある光景のなかにある。普段飲んでいる適度に濁った水を集めて並べてみたら、厳しいほどの透明度でだだっ広い法則性のようなものが浮かんできた。そんな驚愕がワイズマン映画にはある。本当に驚くのはそれが無作為に並べただけに見えることで、並べ方によっては単に濁水の集合にしかならないのに。やはり映画は編集だ。「9週間の撮影と10カ月の編集」である。

今回の観察範囲はジャクソンハイツ。ニューヨーク市クイーンズ区の北西部、地元でneighborhoodと呼ばれるエリアだが、「実際の境界は不明確」という。マンハッタンへの交通の利便性から、中産階級向けに宅地開発されたのが100年前。1960年代から各国の移民が住みはじめ、現代は住民13.2万人の約半数が移民だそうだ。中学1年の英語の教科書にあった“アメリカは人種のるつぼ”をあらわす、多様性の町として紹介される。

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
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自由の長広舌が振るわれる。“我々は温かく受け入れてくれた先住民たちのおかげでここにいる。たとえばコロンビア人” うっかり口を滑らせてしまったスピーカーは、すべての人の出身国を言わなければ公平ではないと慌てだす。ドミニカ人、南アフリカ人、バングラディシュ人、インド人、コロンビア人、アイルランド人、イタリア人、プエルトリコ人、ユダヤ人、もうないか、そうだ、君はオランダ人だ、そしてドイツ人、モルディブ人、マルタ人、もうないか、もうないか、もうないか……。国名紹介は果てしなく続きそうだ。なかば冗談だが冗談になりきれない。律儀な友愛か、愚直な平等か。この等しさはどこか強迫的で、見えない踏み絵のような存在がうっすらと感じられる。

人はアメリカ人に生まれるのではない、アメリカ人になるのだ。別にボーヴォワールを茶化しているのでなく、アメリカ国民になるには資格試験が要る。それは事務的な試験でもあり、精神的な審問のようだと気づく。そんな一幕がある。肌の色も言語も異なる3人が稽古をつけられている。“なぜアメリカ国民になりたいか試験官に聞かれたら、何と答える?”教師が問う。ベンガル語を話す女性は“言論の自由、信教の自由”と答えたいと話す。しかしそれは基本的人権であって、万全の回答ではないと引き下げられてしまう。模範解答は“投票したい。民主主義の国に住みたい”。次点は“アメリカのパスポートで旅行したい”。では皆さん、ご一緒に。リピート・アフター・ミー。「投票したい! 民主主義の国に住みたい! アメリカのパスポートで世界を旅行したい!」

多様性は制度化されている。その制度にしたがって人びとは劇を演じている。基本的人権という台詞ではイギリス人だと間違われる。アメリカ人とは民主主義を誇るものなのだ。アメリカ国民になるためには、範たるアメリカ人を演じなくてはいけない。3人は真剣にレッスンに取り組んでいるが、しだいに半笑いが漏れだす。誰もが似せものであることが明白な演劇だから。『モデル』(1980年、フレデリック・ワイズマン)に出てきたモデル業の女たちが、イメージの完璧な似姿になろうとストイックに練習していたのとは雲泥の差で、『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』の人たちは綻んでいる。すべての個人が“アメリカ”を体現してみせながら、“アメリカ”の失敗作なのだ。

本作のなかで離ればなれにある場面がみるみると繋がり、ワイズマンのフィルモグラフィがさらなる網目を巡らし、アメリカが描かれる。そこから様々なレベルで現代の自由のありさまが見えてくる。多様性という誘い文句に導かれ、ジャクソンハイツを観に行こう。そして痛い目に遭おう。それでも最後に歌おう、東西南北は世界共通。“Northは鼻のnose、Southは靴のshoes、Eastは右手で飯をeat、Westは左手で尻をwash”。

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ
2018年10月20日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

追記:この記事を書いたら、i-Dの起源にザンダーがいることを編集部が教えてくれた。「i-Dを立ち上げたテリー・ジョーンズは、アウグスト・ザンダーの写真集に感銘を受けて、当時(1980年)のロンドンのパンクキッズを撮り始めたんです」