なぜ私たちは、インフルエンサーを信用できないのか?

セレブを用いた虚偽マーケティングで史上最大の詐欺音楽フェスとなった〈Fyre Festival〉の惨事を受け、各国でインフルエンサーに向けたガイドラインが制定されつつある。それでもなお、インフルエンサーへの懐疑的な視線は強まるばかり……。インフルエンサーを取り巻く状況と、ひとびとの心理を考える。

by Jake Hall
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15 May 2019, 8:08am

インフルエンサーはデジタル時代の〈村八分〉にあっているといっても過言ではない。旅行の愉しさを吸い尽くし、環境を破壊し、人生をめちゃくちゃにしている、などとインフルエンサーを糾弾する記事が、この1年、ネットに溢れかえっている。

2019年1月には、Netflixで配信されたドキュメンタリー『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』で、悪名高い音楽フェス〈Fyre Festival(ファイア・フェスティバル)〉の参加者数千人が騙される結果となった主因として、インフルエンサーのスーパーモデルたちが挙げられ、インフルエンサーへの風当たりはさらに強まった。もちろん、危険なほど素質のないリーダー、ボロボロのチーズサンドイッチ、ずぶ濡れで尿が染み込んだマットレスなど、Fyreが悲惨な結果に終わった理由は他にもある。しかし、影響力のあるインフルエンサーたちが一斉に投稿したオレンジ色の正方形ロゴが多くのひとの心を掴み、フェスの参加者たちを無人島へといざなったのは確かだ。そのロゴは広告だったが、広告だとは示されていなかった。それを受け、各国でインフルエンサー関連のルールが明文化され、英国競争・市場庁も今年の1月にガイドラインを発表した。

簡単にいえば、これらは私たちが騙されないためのルールだ。インフルエンサーが(ギャラをもらったから仕方なく)勧めるニセモノの洗顔料を買わないためのルール。こういったルールは、あらゆるメディアに存在している。英国のテレビやMVでは、プロダクト・プレイスメントのさいには小さな〈P〉印が示されているし、雑誌でも、広告記事の場合ははっきりとその旨が明記されている。SNSにも同じようなルールが適用されるべきだろう。

しかし世の中には、そう考えない人たちもいるらしい。英国でこの新しいガイドラインが発表されると、SNSは荒れに荒れた。〈新しいボディコン・ドレスのためならよろこんでフォロワーに嘘をつくナルシシストな金の亡者〉というインフルエンサーのイメージを植えつけるルールだ、と訴えるひともいた。多くのメディアが、このルールをFyreの未曾有の大惨事と直接的に関連づける見解を示した。ブランドの3分の1が、スポンサードコンテンツであることを明記していないという調査結果も出ている。

これらの事実が意味することのひとつに、インフルエンサーのセレブ化が挙げられる。かつて(あるいは今もかもしれないが)、数千ドルのギャラで、アイコニックなルックをまとってクラブに足を運び、無料のモエ・エ・シャンドンを何本も空けたパリス・ヒルトンと、現代のインスタグラマーたちは同じなのだ。彼らも大金を積まれては、ネットの世界で自らの生活を見せびらかしながらどこぞの企業の宣伝をしている。NandoのブラックカードからFashion Novaで固めたワードローブまで、大物インフルエンサーとして得られる特典は実に魅力的だ。問題は、フォロワーにコンテンツの真の所有主が見えないこと。そのため私たちは、インフルエンサーが本気でこの商品をおすすめしていると思ってしまう(と、広告代理店は考えている)。テレビドラマの出演者が全身PrettyLittleThingでばっちりキメていたら、それは本人のチョイスなのか、それとも多額のギャラをもらって着ているのか、私たちが判断するすべはない。そういう場合は〈#ad(広告)〉〈#gifted(頂き物)〉といったハッシュタグが付けられるのが当たり前だと思われてきたが、Fyreの惨事で、そうではないこともあると明らかになった。だからこそ、新しいルールが定められ、厳しい取り締まりがなされるべきなのだ。

ここで必要なのは、より深い理解だろう。私たちミレニアル世代には、フリーランスとしてクリエイティブな生きかたを目指したりSNSで収入を得ようとしているひとも多いが、自分がしていることをよくわかっていないこともある。Instagramで稼ぐ方法について絶対的な指針がない現状において、今回のようなルールは必要だ、と、今年2月に『Hashtag Authentic』を上梓したサラ・タスカーは主張する。「多くのインフルエンサーは正式な資格をもたない若者です。そして世の中には、雑音ばかりが多く、適切なガイダンスはほとんどありません。今回のルールは、インフルエンサーのコンテンツに対する鬱憤のレベルを反映しているのでは」

私たちはみんな、興隆するSNSとその社会における意義に振り回されている。自撮りした自分の顔を美しいと思えない醜形恐怖症に苦しむミレニアル世代について、あるいはSNSが自尊心の喪失やメンタルヘルスの不調の主な原因となっていることについてなど、SNSの悪影響については様々な報道がなされている。実際の生活はぐちゃぐちゃなのに、小綺麗に見えるように撮った写真をネットに公開しているひとは、数え切れないほどいるはずだ。

インフルエンサーに非難が浴びせられるのは、彼らがこのSNSの弊害に拍車をかけているからだ。ブロガーのスカーレット・ロンドンは、リステリンのPR投稿で〈最高の朝食〉としてパンケーキを写り込ませたが、実はそれはトルティーヤを積み上げたニセのパンケーキで、大いに嘲笑された。また彼女は、Mediumに投稿されたインフルエンサー糾弾記事(現在は削除されている)で、不正をしているインフルエンサーのひとりに挙げられた。本人はTwitterで潔白を主張したが、この匿名記事は明らかに、SNSが本質的に欺瞞に満ちていると示す意図があったと思われる。

もちろんインフルエンサー全員が、隅々まで計算されつくした輝かしい生活を見せびらかしているわけではない。実に人間らしい生活を公開し、それゆえの美しさを放つインフルエンサーもいる。たとえばボディポジティブを掲げるアカウントが何千人ものフォロワーを獲得しているが、それは、フォロワーたちの身体がメインストリームのメディアにおいて排除・揶揄されており、彼らは自らを代表してくれる存在を必要としているからだ。このメインストリームにおける差別は、インフルエンサー業界において、いまだにはびこっている。ライター/ブロガーのステファニー・イェボアは去年、都合の良いかたちでしか黒人インフルエンサーを起用しない企業にTwitterで痛烈な批判をかました。

新ルールはそういったアカウントも一緒くたにして扱うため、フォロワーとの信頼をしっかり築いているインフルエンサーも処罰の対象となるおそれがある。セレブが危険なデトックスティーを押し売りするのは、それが彼らの収入になるからだと私たちはわかっているが、セレブ未満のインフルエンサーには自ずと人間らしさを期待してしまう。その結果インフルエンサーは、新ルールにより大きな影響を受けることになる。

「インフルエンサーは、フォロワー以外のひとびとから不信感をもたれています」と説明するのは、SNSマガジン〈Blogosphere〉のコミッショニング・エディター、アルベルティーヌ・サラ。「従来のキャリアを歩まずに、数十万ドル規模の収入を稼げる理由や仕組みがわからない外部のひとたちから、インフルエンサー業界は厳しい目で見られているんです」。つまり、社会において、インフルエンサーは実際には何も〈していない〉と思われている。だから〈本当の〉インフルエンサーとは何か、を説明する記事が大量に生まれる。しかし実際は、多くのインフルエンサーたちが、多大なる努力を払っている。

ますますデジタル化が進む現代社会。インフルエンサーはひとり残らず、ギャラが発生するパートナーシップを隠している、虚構の〈完璧〉を発信している、と決めつけるのはフェアではない。フォロワーに不誠実であることでシステムを濫用しているスターたちのせいで、小規模インフルエンサーたちが厳しく取り締まられるのは不当だ。今のところ、利点といえば、私たちが〈#ad〉というハッシュタグに敏感になったことくらいだろう。小規模インフルエンサーは、自らがサポート、宣伝するブランドには細心の注意を払い、自分たちが〈本物である〉ということを絶えず証明する必要がある。

もちろんスターたちも同じだ。ラッパー/シンガー/フルート奏者のLizzo(リゾ)は、クロエ・カーダシアンのブランド、Good Americanのキャンペーンモデルを務めてバッシングを浴びた。なぜ彼女は他のセレブに比べて、より厳しく激しい批判を受けたのか。それは、すでに〈信用できない〉とレッテルが貼られたスターはみんな見て見ぬ振りをするので、彼らには責任が生じないから。シンプルだ。

インフルエンサーであるからといって、もともと信用ならない人間だというわけではない。インフルエンサーであるということは、不安定さを増す世界に漂うための確実な収入源を得ているということだ。現状に対応するべくルールはこれからも追加されていくだろうが、それと同時に、すべてのインフルエンサーが、フォロワーのメンタルヘルスを破壊しようと血眼になっている自己中の嘘つきではない、ということも意識していたい。

This article originally appeared on i-D UK.