誰かと確かに繋がるための写真:チャド・ムーア interview

友人たちとのインティメートな記憶を写し取るチャド・ムーアが、“シャイ”だった自分にとっての写真とカメラの存在と、「アーティストとしては生活しにくい」NYの現状について語る。

by Tatsuya Yamaguchi; photos by Koichiro Iwamoto
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13 February 2019, 9:48am

写真展「MEMORIA」のオープニング・パーティの夜。グラスを首元に傾けながら、写真家チャド・ムーアの親友であるティナは「これ、私なの」と戯けている。「この写真も、あの写真もね」とチャドも笑う。写真にうつる彼女は、今よりもちょっと髪が短かったり長かったりする。それだけで彼らがたくさんの時間を過ごしてきたことは明らかで、ティナの表情からは親友に写真を撮られたことの幸福感が滲み出ているような気がする。不思議なことに、写真を観る私の脳裏には、親しい人の顔が浮かんでいた。久しぶりに会う予定をラインで取り付けたのも、その夜だった。

タトゥーの入った素肌、無防備な寝顔、キス、ハグ、あるいは肌を重ね合うふたり。チャドの作品には、被写体と限りなく近しい存在でなければ覗くことのできない姿が、いささかロマンチックに描かれている。柔らかい陽射しやサンセット、夜の街のネオンサインとともに“確かにあった”瞬間が過ぎ去ってしまうことを拒んでいようにも見えてくる。

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2010年の作品から未公開作、最新作までが揃った「MEMORIA」で展示された彼の作品のほとんどのタイトルには、親友たちの名前が記されている。展覧会タイトルの通り、すべてが彼自身の“記憶”に深く結びついているのだ。

——初めてカメラのシャッターを押した日のことを覚えていますか?
BMXをやっていたころ、ロードトリップに出て、使い捨てカメラで写真を撮ったときだね。みんながするのと同じように、夢中で目に映った好きなものを撮って、すぐに忘れて、時間が経ってふと思い出したときに現像に出したんだ。そう、一緒に旅をしていたフォトグラファーの誰かが、カメラをくれたんだった。

——フォトグラファーとしてのキャリアを歩み始めたきっかけは?
たしか2008年。BMXをやっていた友達がみんなNYに引っ越していったんだ。ウィリアムズバーグがクールな場所になるちょっと前のこと。僕はみんなと一緒に暮らしながら写真を撮っていたんだけど、写真がやりたいことなのはわかっていてもどうやって撮っていいのかはよくわかっていなかった。Instagram出現以前の話だからね。そんな頃にライアン(・マッギンレー)に出会い、仕事を共にしながら、どうやってポートフォリオを作れば良いか、どういう人に見てもらうべきか、雑誌の撮影はどうするかといったことを学んでいった。そこからは雪だるま式にことが進んでいったよ。

——はじめからずっと写真を撮ることを純粋に楽しんでいたんですね。
そうだね。最初はただただ写真を撮っていたけど、どんどん自分のビジョンが見えてきたんだ。

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——「あなたの作品を観ると、自分の親友と会いたくなる」と書いた一文に本当に共感したんです。それは、あなたとモデルの間にある強いつながりが伝わってきて、ちょっと嫉妬するからなのだと思う。
ははは(笑)。僕はそうやって感じて欲しいって思ってるから、そう言ってくれるのは嬉しいよ。ここに写っているのはみんな友達で、今回一緒に日本にも来てくれた。だいたい10人くらい、ずっと同じ人を撮り続けていて、家族みたいな存在。そして僕を信じてくれている。だから撮影をするときだって、あなたが言う親密感のある瞬間が、実際にそこにある。嘘じゃない。完全にリアルだし、準備してつくられたものじゃないんだ。

——あなたが信じている写真の持つ力が、そこにあるように感じます。
写真は、自分が誰かと繋がる方法なんだ。誰かでなく、世界と言い換えてもいいかもしれないね。カメラは冒険するためのパスポートみたいなもので、もともとすごくシャイだった僕にとってはお守りでもある。写真を撮り続けているうちに、カメラが間にあることが世界とコミュニケーションする手段になっていったんだ。もちろん写真に写し出されている世界は、僕の理想を描いているし、僕にとってとっても美しいものに翻訳されているんだけど。

——agnès b.はあなたの写真展を何度もサポートしていますが、アーティストの支援にも力を注いでいることでも知られるアニエスさん本人との出会いについて教えてもらえますか?
アニエスには、クリス・アップルを通して出会ったんだ。彼はアニエスのNYでの眼のような人物。ずっと彼女と一緒に働いていて、ライアンやダッシュ(・スノウ)を彼女に紹介したのも彼。ある日、クリスからアニエスが滞在しているホテルにポートフォリオを持っておいでと言われて行ったら、彼女が僕の作品を何点か買ってくれたんだ。それからすぐ展覧会をやる話が始まった。彼女はアートに造詣が深いし、はみ出しものに対する理解があって、パンク・ロックとは言わないかな……。そう、反骨心の強い人。僕たちみたいな人間と、人生の見方に共通するところがある。すごく尊敬しているよ。

——彼女との出会いは、あなたの仕事に大いに影響を与えているのですね。
うん。彼女のアートコレクションは素晴らしい。価値があるから購入するのではなく、好きだから集める。有名無名、関係ない。2019年のアートマーケットでは貴重な人だよ。これまで彼女と色々なクールなプロジェクトをやってきたけど、とにかく今回の展覧会は最高だね。

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——東京は何回目?
4回目かな。ここでの生活は毎回すごく新鮮なんだ。NYはどんどん古くなってきているし……

——NYが古くなっている?
僕はもう10年もいるんだよ(笑)。東京の人はモチベーションも高くて、人生もアートもエキサイティングだって感じているけど、NYにいる人の大半はそういうのにちょっと疲弊しちゃっている。人に会って楽しむことだとか、ほんのちょっとしたことでも、見たことがなかったもの、考えたこともなかったことに感動するっていう日本人のスピリットは本当にクールだよ。

——これからもNYで活動を続けるのですか?
生活するにはハードな場所だね。僕の写真を観たキッズたちから「NYに住みたい」とメールをたくさんもらうけど、死ぬほど働かないといけないし、きちんとやりたいことに焦点をあてていないといけない。物価も高いし、すごく変化も激しい。古いビルは軒並み壊され、ギャラリーも閉じて、醜い高層ビルばかりで、なんだかIKEAっぽいんだ。今は「NYにいない」ことは考えられないけど、僕自身がいつまで耐えられるのかなって思うときはある。NYでアーティストとして暮らしていくことがどんどん難しくなってきていて、若いアーティストには不可能だとさえ思うよ。パリだとかは政府からの支援があったりするけどそれもないからね。

——もしかしたら拠点を移すかもしれない?
それでもNYは好きだよ。近所に友達がいて、自転車に乗っていつでも会いに行ける。書店に行って、パブでご飯を食べて……みたいなことが2時間でできるしね。でも、どれだけ続くのか、次がどこかはわからない。例えば、パリに行くことも1度だけ考えたことはある。街並みや雰囲気が素晴らしいし、パリだったらカフェに座っているだけで詩人みたいな気分になれるでしょ?(笑)。ただやっぱり友達がいないとつまらないし、寂しくなっちゃうんだよね。

Credit


Text Tatsuya Yamaguchi
Photography Koichiro Iwamoto