『リチャードソン・マガジン』編集長が語る、パンク的なエロティシズム

『リチャードソン・マガジン』最新号となる​vol.9、カバーはキム・カーダシアン。編集長アンドリュー・リチャードソンは彼女のフェイムの先に何を見たのか。

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nov 29 2018, 4:47am

多くの人々にとってセレブリティとは関心度の高い偶像であって、実在する人間ではない。フォロワーたちは彼らの一挙手一投足を目で追うが、大抵の場合、その内側を推し量りはしないのだ。『リチャードソン・マガジン』最新号となるvol.9、カバーはキム・カーダシアン。編集長アンドリュー・リチャードソンは彼女のフェイムの先に何を見たのか。きっとそれは、どれだけ液晶を撫でてもタイムラインには出てこない。

今年20周年を迎えた『リチャードソン・マガジン』。先ごろ発刊されたその9冊目の表紙を飾ったのはキム・カーダシアン・ウェスト、言わずもがな現代を象徴するセレブリティであり、稀代のセックスシンボルだ。創刊以来、セクシャリティを主要テーマのひとつとして掲げているこの雑誌においてこの上ない適任のように思えるが、編集長のアンドリューが振り返った彼女の起用の経緯は、もう少し深い視点に依ったものだった。

キム・カーダシアン

「もともと僕がカニエ・ウェストと一緒に仕事をしていて、彼が紹介してくれたのがキムとの最初の出会いだね。今回彼女へオファーをするにあたって、僕がいちばん興味を持っていたのは彼女のパブリックイメージとプライベートとの違い。それでオフィスで、彼女と一緒にみんなでアイデアを練っているなかで、誰かが『パーフェクトブルー』のことを思い出したんだよ」

『パーフェクトブルー』は『リチャードソンマガジン』の創刊年でもある1998年に公開された日本のアニメ映画。アイドルとして活動する少女が事務所の意向で戸惑いながらも女優へと転身し、レイプシーンやヌードでの撮影など、仕事を選ばない事務所の強引な売り込みによって人気を博すも徐々に人格を蝕まれていくというストーリーで、国内ではR-15に指定された作品だ。そこで描写される著名人の光と闇は、20年が経った現代のセレブリティ像にもそのまま重ねることができる。

「インスタにツイッター……今の時代、有名人というのは常に大衆と情報を共有しなければいけなくなったよね。何を考えているかとか、どういう風に思ったのかとか。昔だったら、例えばマリリン・モンローのようなセレブリティは映画の仕事をして、プライベートはプライベートっていう風に、公私がはっきり分かれていたと思う。でも、今は違う。キム・カーダシアンは有名だということが有名な有名人。社会はみんな有名人に執着するところがあって情報を欲しがるし、場合によってはロールモデルとしてその人みたいになりたがる。元々、キムも高価なジュエリーやすごい装飾品を身に着けて、派手な格好でセックスアピールもどんどんと出すっていうような、お金と権力を象徴するようなライフスタイルだったけど、徐々に変わってきた。今までの生活から少し距離をおいて、よりクールになった。その変化の理由に興味を持ったんだ」

キム・カーダシアン、Richardson Magazine

NYの写真家、スティーブン・クラインが撮り下ろしたビジュアルには私生活を覗き見たような構図が頻出し、それらは『パーフェクトブルー』の世界観をストレートに想起させる。そのあいだに散見する、フォトショップで加工された東京の雑踏を捉えた写真もやはりそんな印象を強めている。

「今回スティーブンに依頼した理由は、100年後、現代のセレブリティを撮っているカメラマンの中で、彼が一番その名を認知されているだろうと思うから。というのは、セレブリティとの仕事の仕方をよく理解していて、フェイムをひとつのコンセプトとして、ビジュアルの中に取り込むことに彼は特に長けてるんだ。彼もそれをコンセプトに撮影することを望んでたよ。元々桜の満開のシーズンに日本で撮りたいねって話をしてたんだけど、色々難しくて(笑)」

キムと彼女のパートナーであるカニエが、薬物事犯の初犯と資金洗浄の罪で逮捕され、終身刑を言い渡されていた服役囚アリス・マリー・ジョンソンへの恩赦を求めていたのはかねてから知られていて、キムはその件でホワイトハウスへ直訴もしている。そして今回の撮影の初日、彼女はアンドリューの横でドナルド・トランプと電話で協議し、翌日にアリスは釈放された。現代アメリカの世相を映し出す出来事が、そこに関わったキムの撮影中に行われたのは奇妙な偶然だ。少しばかり出来すぎた話だが、そんなエピソードを聞くと、“セレブリティの名声”という今回の主題のアメリカらしさは一層現実味を帯びてくる。そこで好機とばかりに、#MeToo運動についての見解をアンドリューに尋ねた。もちろんニューヨークという都市でセクシャリティと蜜月関係にあるメディアを手がける以上、少なからず立ち位置やアティチュードに影響があったのだろうと踏んでのことだ。しかし彼は開口一番、「何も影響してないよ」とつぶやく。

「#MeTooは性というより、権力で性を自分の思い通りにしようとすることに対しての運動。僕らは常に力強い女性を賞賛してきたつもりだし、実際に投稿しているのは70%が女性。特に男性の目線を気にして作っている雑誌ではないんだ」

Richardson Magazine

日本でも知れている『プレイボーイ』や『ペントハウス』など、米国でポルノカルチャーを発信している雑誌は少なくない。しかしアンドリューは「僕らはポルノ文化にも属していないし、そこから受けた影響も何もない」と言い切る。彼が雑誌に傾倒したのは12歳のころ。UKのカルチャー誌『ザ・フェイス』とイタリアのコミック誌『フリッジデール』がきっかけだった。

「この2誌は女性をセックスの対象として見世物にするんじゃなく、社会への攻撃としてエロティカを提示していたと思う。ショッキングなビジュアルや挑発的なテーマを持ってたし、社会の矛盾を指摘してた。特に『フリッジデール』は常識を覆すような雑誌で、『リチャードソン』もそうありたいと思ってる。男性も女性も性的対象として扱うんじゃなく、パンク的なエロティシズムを見せていきたい。『プレイボーイ』も『ペントハウス』もパンクではないし、興味がなかったね」

今号ではあえて全編を通してのテーマは設けず、自身を取り巻く環境や日常のなかで見ている世界からの影響を反映して作っていったとアンドリューは言う。20年前の創刊号もまた、そうして出来た1冊だったそうだ。湿り気を帯びた沢渡朔のフォトストーリーや、カニエとの婚前の性事情にまで言及した脚本家ブレット・イーストン・エリスによるキムへのロングインタビューなど、最新号のセンセーショナルな誌面はアンドリュー・リチャードソンのパンクスピリット、平たく言えば狂気の片鱗を確かに覗かせる。

Richardson Magazine

「僕らは誰かに危害を加えることを斡旋してるわけじゃないし、あえて何かを複雑にしようともしていない。だけど、何をどうやって解釈するかはみんなの自由だよ。考え方も発言も自由。やりたいことをやって、感じたいように感じること。それが一番大事なことだし、アメリカが世界でナンバーワンなのもそこに理由があると思うしね。でも場合によっては、必要な会話がなされないまま終わってしまうこともある。もう少し思慮深く立ち回らないと、ダメージを受けかねないと思うんだ」

とかくスキャンダルを持て囃し、他人のプライバシーを切り売りするメディアやそれを否定しながらも心の底では求める社会と、品行方正なモラリストたちが眉をひそめそうなビジュアルを以ってそこに切り込んだアンドリュー。

「理解して楽しんでもらえたら素晴らしいし、理解されなくても、それはそれで良いかなと思ってるよ」

人類普遍の性を取り巻く環境は、今日も絶えず変化している。病んでいるのは、どちらだろうか。