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      art Momo Nonaka 13 January, 2017

      「DAVID BOWIE is」展 ジェフリー・マーシュ インタビュー

      デヴィッド・ボウイの大回顧展「DAVID BOWIE is」を手がけたV&A博物館のキュレーターが、ボウイ本人から与えられた展示開催の条件とは? 本展の公式図録の翻訳を手掛けた野中モモが、ジェフリー・マーシュに迫る。

      「DAVID BOWIE is」展 ジェフリー・マーシュ インタビュー 「DAVID BOWIE is」展 ジェフリー・マーシュ インタビュー 「DAVID BOWIE is」展 ジェフリー・マーシュ インタビュー

      ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート(V&A)博物館で2013年春に開催された「デヴィッド・ボウイ展」が、4年近くをかけて世界9都市を巡った末、ついに東京にやってきた。

      この展覧会がはじまった時点ですでに伝説的だったボウイは、それからも先へ先へと歩みを進め、もう誰にも真似のできない境地へと到達した。彼はいまからおよそ1年前の2016年1月8日、69歳の誕生日に最高のアルバム『★』で世界中のリスナーの度肝を抜き、その2日後には帰らぬ人となってしまったのだ。まったくもって驚嘆すべき人物、20世紀と21世紀をつなぐ最重要アーティスト。

      彼を展覧会というかたちで紹介するにあたって与えられた条件、そしてその狙いは? 前代未聞の大回顧展を取り仕切ったふたりのキュレーターのうちのひとり、ジェフリー・マーシュ(Geoffrey Marsh)に聞いた。(野中モモ)

      Photography Denis O'Regan/Idols

      まず日本の読者のために、この展覧会を最初に企画したヴィクトリア・アンド・アルバート博物館がどのようなミュージアムなのか紹介していただけますか?

      わかりました。私はジェフリー・マーシュ。ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート(V&A)博物館のシアター&パフォーマンス部門のディレクターです。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館はヴィクトリアとアルバートについてのミュージアムではなく(笑)、英国のアートとデザイン、パフォーマンスについての国立博物館です。英国は産業革命がはじまった工業国なのだけれど、19世紀、経済的にアメリカがどんどん強くなり、次にドイツ、日本も進出してきて、もっと産業を振興する必要に迫られた。そこでさまざまな製品がいかに作られているのかを人々に伝えようと、このミュージアムが設立されたのです。とはいえ「装飾美術の博物館」というわけではなく、物はどのように作られるのか、人間はいかに考え創造するのかを追求しているので、パフォーマンス部門が設けられました。そしてもちろん私たちはデヴィッドに特別な関心を寄せてきました。パフォーミングアーツの世界において、過去50年間で最高にクリエイティヴな人物のひとりですからね。

      ポップの分野に力を入れはじめたのはいつからでしょう? ボウイ展の図録では、以前開催されたカイリー・ミノーグ展が言及されていましたね。

      いい質問です。ポピュラー・カルチャーに関して、60年代、70年代からポスターや雑誌などをコレクションしている部門も他にあるのですが、私たちのところでは70年代、80年代あたりからですね。でもポップ・ミュージックのすべてを集めているわけではありません。ポップ・ミュージックの演劇的なほう。もちろんそこにはデヴィッド・ボウイも入ってきます。たとえばヴァン・モリソンみたいな基本的にギターを演奏しているだけの人は、いくら音楽が良くてもコレクションの対象にはなりません。またV&Aはおそらく英国最大、世界最大級のファッションのコレクションを持っています。したがって見た目とスタイリングの分野に大きな影響を与えたり受けたりしたアーティストも重要になります。カイリーはたくさんの有名なデザイナーと仕事をしていますよね。

      また私たちは、政治と言いますか、社会の大きな変化に携わってきたアーティストにも興味があります。ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスの展示をした際には、アメリカの黒人公民権運動の文脈にも注目しました。はじめの頃のシュープリームスは足首まであるすばらしいドレスに身を包んでいました。当時のアフリカ系アメリカ人たちはそういう風に自分を提示するべきだと思っていたのです。すごく上品で、すごく高級そうな装い。しかしよく知られているように、1968年、ブラック・パワーの盛り上がりが頂点に達したとき、ダイアナ・ロスはスウェットシャツで現れて、自分はゲットー育ちの「ラブ・チャイルド(私生児)」だと歌いました。黒人パフォーマーがどんな風に人々に支持されるかが完全に変わったのです。スライ&ザ・ファミリーストーンとかも出てきたりしてね。黒人音楽とスタイルは結びついて世界に影響を与えている。特に60年代はそうだった。そういう視点も音楽やファッションの一面なのです。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      ボウイ展の企画はどのようにはじまったのでしょう?

      実を言うと最初はエルヴィス・プレスリーの展覧会をやろうとしていたんです。いまでもまだやりたいと思ってるのですが。しかしエルヴィスに関しては、一部の権利は娘のリサ・マリーにあるのだけれど、4分の3はある営利企業が持っていました。展覧会をやるぞと決めて展示室も押さえたところで、その企業が売却されてしまって協力はできないということになった。そんな折、ある人物がニューヨークから電話してきて、「デヴィッドのアーカイヴがあるから見に来い」と招かれたんです。そこで本展の共同キュレーターのヴィッキー(ヴィクトリア・ブロークス)といっしょにアメリカの某所へ向かいました。

      私たちはこれまでにもいろいろなアーカイヴを見てきたけれど、デヴィッドのコレクションは普通のロックスターのものではなかった。どんな大物バンドも大抵はほとんど何も残っていないものです。マネージャーが持ち逃げしたり、倉庫が焼け落ちたり、どんどん紛失されて……。それに物をコレクションするという行為そのものが、あまりロックンロールじゃないでしょう。そういうのはむしろビジネス的なものです。パフォーマーがそういうことをするのは、非常に強い、自分自身の運命みたいなものを感じている場合じゃないかと思います。デヴィッドのコレクションを見て、まるで彼がキュレーターであるかのような完璧さにびっくりしました。彼はよく美術館に足を運んでいたから、キュレーションについて理解していたのでしょう。彼は自分が作ったキャラクター、"デヴィッド・ボウイ"をキュレートした。

      この展覧会にデヴィッド・ジョーンズ(ボウイの本名)についてのものは何もありません。デヴィッド・ボウイの背後にいる男、彼の個人的な人間関係、家族、親戚……何もない。すべてキャラクターについてのものです。まるで彼が彼自身を、デヴィッド・ボウイを演じていたように、彼はこのコレクションを作り出した。すごく変わってますよね。似たような人物として唯一思い浮かぶのは博物館を建てたあのトルコの作家(オルハン・パムク)ぐらいです。もうひとつ変わっている点は、ほとんどのロックスターは衣装など完成品だけを取っておくものなのに、デヴィッドは制作過程も残していたことです。小さなスケッチだとか、ほとんどの人は捨ててしまうようなものを。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      展示されている品はデヴィッドのアーカイヴから提供されたものですが、それをどう見せるかについては、彼はまったく口を出さなかったとうかがっています。

      展覧会を開催するにあたってふたつの合意がなされました。まず彼自身はまったく関わらないということ。普通じゃないなと思いましたけど、実際もしデヴィッドが関わっていたら、すべて自分でコントロールしようとして大変なことになっていたでしょう。次に、展示される品の説明の歴史的な正確性を確認したいということ。彼については不正確な記述が繰り返されてきていますからね。それ以外は何をしてもいいと言われました。これは彼がいかに強い自信を持っているかのあらわれだと思います。ロックスターはたいてい傷つきやすい人々です。巨大なエゴを持っている。それなのに彼は、「何でも借りていっていいよ」と完全に任せてくれた。

      最終的に唯一借りることができなかったのは、子どもの頃に父親に贈られたサキソフォンだけです。あれはプラスチック製で非常に壊れやすいので。それに彼は当時まだあのサキソフォンを吹いていたんですよ。なので、同じタイプのものを探してきて展示しています。

      彼はどうして私たちに任せてくれたんだろうと不思議にも思うのですが、まず出身地であるロンドンにあったこと、それにV&Aが独自に持っているコレクションと自分のものを関連づけられることが重要だったのではないかと推測しています。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      デヴィッドのインタビューをいろいろ読んだのですが、彼はときどき嘘を言いますよね。特に子ども時代についての発言には矛盾がたくさんあります。今回、デヴィッド側が情報の確認を要求したということは、この展覧会で書かれていることは真実だと信じていいということでしょうか?

      すごくすごくいい質問だね! うーん……事実は正確なはず。解釈はヴィッキーと私によるものです。しかし興味深いのは、デヴィッドをよく見れば見るほど、彼のやることはすべてあらかじめ仕掛けられたものだとわかることです。すべて。決してコントロールを失ったことがない。

      いまにして思えば、この展覧会も彼の強力な意志の一部だったことは確かです。「彼は自分が死ぬとわかっていた」と言う人もいるけれど、展覧会が最初にはじまったときには彼は元気でした。しかし、「いつか展覧会をやる」という想いは、ずっと彼の心にあった。彼はポップ・ミュージックがいかにはかないものか常に意識していたと思います。彼はアーカイヴを構築し、展覧会を開催することで、それに永遠の命を与えることができると証明したかったんじゃないか。

      この展覧会は真実か否か、でしたね。答えは……『クラックト・アクター』は知ってる?

      BBCが制作したドキュメンタリー番組ですね。1974年、アメリカでの「ダイアモンドの犬」ツアーを撮影した。

      あれは彼についての映像だけれど、よくよく見ると、すべてがすごく人為的に作られている。たとえばロサンゼルスの中心地を離れて車で移動する場面がありますよね。彼はミルクを飲み、砂漠の蝋人形館について口にする。でも本当のところ、私はあの場所を知っているのだけど、そこには蝋人形館なんて存在しない!(笑) 細かい話だけど。彼らはあのドラッグ漬けのロックスターのイメージを作り出した。

      あの頃の彼が見た目の印象よりも実は健康だったのなら、それは喜ばしいことかもしれませんね(笑)。

      つまり「君の見るものはすべて幻想(イリュージョン)」ということなんだと思います。だから、彼は嘘をついたことはないと思うんですよね。彼はアクターなんです。彼はキャラクターで、内面の感覚ではそれはいつも真実。彼は嘘をついているんじゃなくて、戯れているんです。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      展覧会の構成についてお聞きします。時系列に沿って彼の活動を紹介するのでなく、さまざまな時代の品を混在させるかたちにしたのはなぜでしょうか?

      まず、私たちはクリエイティヴィティについてのミュージアムなので、クリエイティヴ・プロセスに注目したかった。この次はこれ、その次は……と並べるよりも、アイデアの部分が重要だと思いました。多くのアーティストがそうであるように、彼は常に前に進んでいたけれど、心にアイデアの蓄えがあって、そこからたびたび出してきていた。それを見せるにはこういう構成がいいと判断しました。

      展覧会というものの宿命として、どうしてもこちらから一方的にお話を伝えるかたちになってしまいがちなのですが、それは避けたかった。彼は根本的にライブ・パフォーマーです。オーディエンスがいなければライブでパフォーマンスはできません。パフォーマーは半分、オーディエンスがあとの半分。彼は常にオーディエンスに興味を持っていました。ファンに興味があるというか、両者が接触するところに。なので、ただ時系列順に品を並べるのでなく、ヴィジュアルと音楽でボウイ・ランドスケープを作り出したかったんです。ヘッドフォンで音に耳を傾けながら会場を歩き回って、自分自身のボウイ・ワールドを想像してほしいですね。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      でも、この構成には悪い面もあります。たとえば、彼は1972年にジギー・スターダスト・ツアーをはじめてから2004年にツアーをやめるまでの32年のあいだ、平均して11日に1回ライブをしている。驚くべきことです。それだけ人前に立ち続けるというのはすごいことですよ。いまこうしてインタビューをしていて、次はドナルド・トランプにインタビューしなきゃいけないとする。次は日本の首相、英国の首相……という具合に10日に1回、30年間やり続けるのを想像してみてください。とても信じられないでしょう?(笑) 彼はステージに立つのが大好きだった。その途方もなさを伝えるには、時系列で事実と数字を強調するほうがよかったでしょうね。

      でも、すべてを一度にやることはできない。デヴィッド・ボウイについてはたくさんの展覧会があるし、たくさんの本が書かれている。アーカイヴには何万点もの品が保存されていて、今回紹介したのはその表面のごく一部にすぎないのです。これから先、誰かが次のボウイ展を開催することもできる。もしかしたらあなたがやるべきかもしれませんよ?

      確かにすごく充実した展覧会だけれども、もっと他の可能性もありますよね。あなたが書いたボウイとロンドンについての論考はすごく面白かったです(図録に収録)。実際にこの展示を見てみて、率直に言うとやはりロンドン中心になっていると感じました。

      その通り。私はロンドナーで、ロンドンには浮き沈みの歴史があるけれど、街として愛しています。この展覧会でいろいろな都市を巡回するうちに、各地の人々のボウイへの想いに驚かされました。特にベルリンでは感動しましたね。ごくごく単純に、ベルリンのボウイの写真が展示されたのですが……。あ、もちろんここでの『戦場のメリークリスマス』に絞った展示もすばらしいと思いますよ。

      私が子どもの頃、ベルリンは共産主義やら何やらとの関係で、すごく興味深い場所だった。そしてデヴィッド・ボウイはあの時代、最初によそからベルリンにやってきて暮らした有名人でした。音楽がスタイルが、という以前に、彼はベルリンのために立ち上がった。ベルリンの人たちはデヴィッドに対してすばらしい愛情を持っています。

      Shintaro Yamanaka(Qsyum!)

      とはいえ、デヴィッドのルーツを考えると、ロンドンで育ったことはとても大きい。そして彼が育ったロンドンは荒れ果て、くたびれて、ひどい爆撃を受けた都市だった。もちろんここ東京もひどい被害を受けたことは知っています。彼が育った南東ロンドンは、ロケット爆弾が飛んできた場所だった。5軒に1軒の家が破壊されたんです。人々はぼろぼろの灰色の文化の中に生きていて、唯一本当にエキサイティングなことといえば、映画館に行ってアメリカ映画を観ることだった。劇場は1968年まで検閲されていて、面白いことはできなかった。まあ検閲があろうがなかろうが、どっちにしても英国人は抑圧されているのだけど。それも彼がいろんな方向に「爆発させたい」と願った理由の一端だからね。

      ロンドン中心主義と言われるのはもっともな批判だと思います。実際のところ彼は世界市民です。9.11の後にはコンサート・フォー・ニューヨーク・シティに出演しました。彼はニューヨーカーで、同時にロンドナーだし、不思議なことにある部分では日本人でもある。滅多にないことです。

      カナダに巡回した際には、「デヴィッド・ボウイの100冊」リストを発表しました。彼はものすごい読書家で、大量の本を持ち運んで旅していた。そういう部分も展示に十分には入っていませんよね。なんせ1冊や2冊じゃないから……。

      そのリストについてお聞きしたいと思っていたのですけど、あれはデヴィッド自身が選んだのでしょうか。それとも誰かが資料をもとに作ったものなのでしょうか。そこのところは曖昧なままにされていますよね?

      そうです、非常に曖昧です(笑)。あれは彼のアーキヴィスト(記録保管係)、サンディに頼んだんです。イングランドに「無人島ディスク」ってラジオ番組があるのを知ってますか? 有名人がお気に入りのCDやレコードを選んで紹介するのだけど、特に政治家の場合、「それ絶対自分で選んでないだろ」っていうのがわかる(笑)。

      あれは「デヴィッド・ボウイ・リスト」。どこから出てきたのか、どうやって作られたのか、それに関しては私からは何も言えない(笑)。サンディは、デヴィッドと一緒に検討した本物だと言っていました。だから、どこかの誰かがでっちあげたようなものではありません。

      Photo by Steve Schapiro

      いちおう公式だけれど責任の所在をはっきりさせないという、デヴィッドのなんともずるい、絶妙な立ち位置の取りかた。そういう微妙な距離感が日本語に翻訳される過程で無視されてしまう事態がよく見られました。「これがデヴィッドのお気に入りの100冊!」みたいに雑にまとめられて広まってしまう……

      ネットはそうですよね(笑)。うちの息子は19歳で、彼はソーシャルメディア・ワールドに生きてる。彼は本を読まない。大学でいったいどうやって勉強してるのか私には謎なんだけど。そういう若い世代に、インターネット以前の世界でデヴィッドにどれだけ影響力があったかを伝えるのはとても難しい。

      日本がどうかは知りませんが、イングランドの場合、地元に図書館があってもある意味すごく制約が厳しかった。たとえばファッションについての本なんかは置いてなかった。そういうのは軽薄で深刻な問題じゃないとみなされていたからね。ポピュラー・ミュージックの本もそうですね。

      だからデヴィッドは、インターネット以前のインターネットのサーチエンジンみたいな存在だったのです。彼がしていることを通して、人々はたくさんのことを発見した。だから50、60、70歳ぐらいの世代の人々、特にごく普通の育ちの人々にとって、彼はすごく刺激的だった。奇妙なもの、本、アート……彼はあらゆる種類の世界への扉を開ける人物だった。だからみんな彼に強い想いを寄せている。

      いまの若い人たちはインターネットで何でもみつけられるから、そういう思い入れは消えています。でも、デヴィッドのメッセージ--「自分自身に忠実であれ」という呼びかけは、今日の若い人たちにとってもすごく価値のあるものだと思います。それはすごく難しいことだから。息子を見ていると、いまは常に周りを気にせざるを得ない環境ができあがっていて、逃れられなくなっているのがわかる。それはまるで1950年代みたいですからね。

      DAVID BOWIE is」展
      会期:2017年1月8日(日)~4月9日(日)
      会場:寺田倉庫G1ビル

      関連記事:ボウイの公認フォトグラファー:ミック・ロック

      Credits

      Text Momo Nonaka

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      Topics:art, music, think pieces, interview, david bowie, david bowie is, exhibition, tokyo, momo nonaka, geoffrey marsh

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