JANGLES, from left: Mona Hammond, Tony Britts, 1982, © HTV/courtesy Everett Collection

自粛期間に人気を集めたフィットネスインストラクター、トニー・ブリッツの正体

SNSで話題のインストラクター、トニー・ブリッツ。BBCの人気番組でエクササイズを教えていた彼が、今になって〈発掘〉された理由とは。

by Jason Okundaye; translated by Nozomi Otaki
|
28 October 2020, 5:44am

JANGLES, from left: Mona Hammond, Tony Britts, 1982, © HTV/courtesy Everett Collection

自分がコロナ禍に家庭向けフィットネス番組のリバイバルについて記事を書くことになるとは、想像もしていなかった。

私は政治的理由から、Sports Directでエクササイズバンドやヨガマットを買うことを推奨するのは控えたい、と思っている(この企業のCEOマイク・アシュリーは従業員の権利や保護を完全に無視しているので、みんなボイコットするべきだ)。

また、現代のデジタル世界を分析するために、SNSのフィットネスインフルエンサーたちがいかにInstagramの無慈悲なエンゲージメント率のトップ争いを繰り広げているかを記事にしたいわけでもない。

ロックダウン中に失われてしまったかに思えたフィットネスへの関心を、インターネットで一身に集めた、フィットネスインストラクター、トニー・ブリッツによるBBCのアーカイブ映像。そしてこのトニーこそ、私が今、心惹かれてやまない存在なのだ。

1980年代、BBCの朝の情報番組『Breakfast Time』(現在は『BBC Breakfast』と名前を変えている)内の3分間のコーナー『Twice as Fit』で、トニーは視聴者に完成度の高い、それでいて即興性も感じられるエクササイズを教えていた。

「おはよう! 今日は3つのエクササイズを学んでから、いつもみたいにそれを組み合わせてみましょう。いいですか?」

トニーの弾むような超人的な動きにも、それを包み込むセクシーなスポーツウェアにも、度肝を抜かれるはずだ。一般的な80年代のトレーニングビデオのイメージとはかけ離れた、ダンス、エアロビ、ヨガを組み合わせた彼のエクササイズは、私たちが想像する人間の身体の限界を軽々と超える。

ある『Breakfast Time』の司会者は、「彼のお尻にはボールベアリング(※軸受:機械の中で回転する軸を支える部品)が入っているんでしょうか」とコメントしたほどだ。

『Twice as Fit』は、視聴者にトニーと同等の動きを求めるというより、自宅でこっそり彼の動きを真似することで存分に恥ずかしい思いができますよ、というコンテンツを提供している。

初めてトニー、つまりものすごくセクシーで、筋骨たくましく、キャンプな黒人男性を見たとき、私はすぐに親近感を覚えた。

まだ若くて、時に虚栄心の強い黒人の同性愛者である私にとって、彼のファッションは、クラブへ行くときの格好や、今年のブラックプライドに着ていくつもりだった服を連想させた。たとえば〈見るのはいいけどお触り禁止〉とでも言いたげなメッシュ素材のクロップド丈のタンクトップとストライプのスポーツショーツの組み合わせだ。

80年代のシンセファンクに合わせて腰を振りながら、トニーは「これは楽しいことなんだから、思い切り楽しもう」と私たちに呼びかける。彼のコーナーが終わると、カメラはフォーマルな格好の番組司会者へと切り替わり、番組は続いていく。

こういう映像をつなぎ合わせると、不自然だったりパロディのようになりがちだが、この番組にはトニーのパフォーマンスを純粋に賞賛し、尊敬する空気があった。

しかし、このシンプルな編集は、彼のコーナーを特定の社会政治的な文脈へと封じ込めているともいえる。1980年代は、英国に厳しい倫理的規範や、人びとが互いを軽視する空気が蔓延していた時代だった。私はトニーに親近感を覚えたと同時に、彼の人生を頭のなかで再構築してみようと試みた。

サッチャリズムや性に保守的な倫理観に支配されていた当時の英国民は、公共放送でまるでブリクストンのもぐり酒場にいるアフリカ系カリブ人のクィアの黒人たちのように踊る男性を見て、どのように感じたのだろうか。

私は、ずっとアーカイブの参照や、倫理的かつ歴史的な観点から過去を掘り下げることで、自らの人種的、性的なアイデンティティを育んできた。しかし、親近感を感じる人物に出会っても、たいていは既に亡くなっていて、生きていれば60代だったであろうひとばかりだ。もはやそれが当たり前になっている。

それでも、ドキュメンタリー『パリ、夜は眠らない。』や『Tongues Untied』を観て、主要キャストの大半が若くして亡くなっている事実を知ったときに感じた痛みは、黒人のクィアの人びとのアーカイブ写真やテキスト、映像に出くわすたびに鮮明に蘇る。

私がトニーに惹かれた理由は、現代のSNSで彼に向けられている憧れや性的な視線が、当時の彼に対する反応と似ているように感じたからだ。トニーが人気者だったのは明らかで、番組のある回ではファンレターへの感謝を伝えていた。

もちろん、彼の人気が確固たるものになる前に、BBCにこのようなコンテンツを放送したことに対して苦情が寄せられていた可能性はある。しかし、ファンレターや新聞記事の切り抜きなどは残っていないため、彼が実際は視聴者にどう受け止められていたかは推測するほかない。ネット検索では何も判明しなかった。

私の知る範囲では、トニーの本名はアンソニー・メンソン・アミュア。情報筋によると、彼は1955年11月24日にガーナに生まれ、1988年6月に亡くなった。彼のアクセントの判別には苦労したひとも多いようだが、私の親戚と同様、西アフリカにルーツがあり、そこに欧米の抑揚が加わっていることに気づいた。

SNSではトニーの人生を追ったドキュメンタリーやさらなるアーカイブ素材の再公開を求める声も多いが、詳細にわたるアーカイブを保管する義務は、大規模な組織ではなく、アクティビストやコミュニティの代表に委ねられているらしい。

ファンレターの保存は珍しくないので、彼宛ての手紙もどこかで保管されているのかもしれない。最近になってトニーの映像が発掘されたことには感謝しているが、もっと多くのレガシーが発見されることを願ってやまない。

BBCの朝の人気番組で踊っていた彼を、私はなぜ今日に至るまで知らなかったのだろう。このような事実は今でも、私たちの世代の黒人ゲイ男性を苦しめている。私たちはこれまでも何度も文化を牽引してきた先祖の知識や経験を否定され、アイデンティティや社会で占める役割を否定されてきた。

英国で年上の黒人ゲイ男性たちに会い、彼らから学ぶたびに、自分がこのように世代を超えた交流を持てなかった人びとのことを想う。黒人同性愛者コミュニティの歴史調査には、想像による推測はつきものだ。

トニー・ブリッツという人物を発見できて、私は確かに嬉しかったし、胸が高鳴った。それでも、この疑問や不満が尽きることはない。

This piece has been updated to reflect input from Tony’s family.

Tagged:
LGBT+
LGBTQ
Think Pieces
tony britts