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『荒野にて』アンドリュー・ヘイ監督が語る、悪しきアメリカの自己責任論

グザヴィエ・ドランも絶賛! 『ウィークエンド』『さざなみ』のアンドリュー・ヘイ最新作は、孤児の少年と一匹の競走馬を描いた『荒野にて』。世界が注目するイギリスの俊英監督が、悪しきアメリカの自己責任論と自分にリアルな物語を語ることの大切さを語った。

by Takuya Tsunekawa
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11 April 2019, 6:50am

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『ウィークエンド』『さざなみ』で高い支持を得たアンドリュー・ヘイは、愛の欠如に苦しみ、孤独や違和感を抱え込んだ者を描いてきた。最新作『荒野にて』は、孤児となった15歳の少年チャーリー(チャーリー・プラマー)と役に立たなくなった競走馬リーン・オン・ピートの共鳴の物語。興味深いのは、ウィリー・ヴローティンの原作と比べて、明らかにチャーリーが異性の女の子へ関心を示していないことだ。ヘイは、原作でわずかに見られたロマンスの要素を剥ぎ取るだけでなく、誰にも心を開くことができない彼の疎外感にクィアな経験を重ねている。

──少年と動物の関係を描いた『荒野にて』は、ケン・ローチ『ケス』やリン・ラムジー『ボクと空と麦畑』を彷彿とさせますが、この物語のどういったところにあなた自身とのつながりを持ちましたか。

「たしかに似てるところはあると思います。最初に原作小説を読んだとき、私も『ケス』を思い出しました。一見、本作は10代の子どもと動物の関係を描いてはいますが、実はその関係がテーマではありません。特に経済的な葛藤がある状況のなかでもがいている人々の物語です。他者とつながりたい、誰かに共感してほしい、そういう安定を求めている心について描かれていると思います。『ケス』は男の子と鳥の物語ではなく、社会に取り残され、必死にもがいている子どもについての物語です。『荒野にて』もそういった意味では同じだと思います」

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──女たらしの父との家庭を出たチャーリーが行き着くのは、勝利至上主義な競走馬の世界、家父長主義的な田舎の家庭など極めて「男性的」な環境だと言えます。チャーリーはマチズモ的な世界にフィットすることができない少年だと思います。

「チャーリーはとても繊細で、伝統的なアメリカの男の子という感じではありません。アメリカのマッチョ・カルチャーは、私自身にとってあまり歓迎したくないもので、とても奇妙に感じます。チャーリーもまたそういう世界にはなじめていない。彼は色々な世界に行きますが、家族の生活も合わないし、競走馬の生活にも──ピートとはつながりを感じるし、そのコミュニティの感覚は好きだけれども──あまり慣れない。どの文化ともフィットしない。彼はいつもアウトサイダーなのです」

──チャーリーとピートはそのような搾取する社会から放棄された者同士だと思います。チャーリーは決して馬に乗ることはありませんが、彼らの関係をどのように捉えましたか。

「彼らは、社会や取り巻く文化に捨てられています。ピートは使われた後にメキシコに行って殺されることになっていたわけですが、チャーリーも無意識のうちに自分自身も同じようなものだと感じていたのだと思います。だから彼らは惹かれ合って、ある種の仲間意識が生まれる。社会の割れ目から脱落していった仲間なのです。チャーリーがピートを助けようとする方法は、おそらく彼が他者からそのように扱われたいやり方なのだと思う。しかし、彼はピートのことを世話しきれない。ちょうど私たちが現実社会でほかの人のことを助けてあげたいと思うのだけど、自分自身の問題ばかりに忙しく時間を取られてしまい、他者まで手が回らないというのと同じように」

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──祖父から奴隷のように扱われている少女ローリーもチャーリーと似ています。本作の多くの大人は彼らに対して無関心に見えます。

「あの祖父はたしかに子どもをひどく扱っていますが、チャーリーの父親は必ずしもひどい人というわけではないと思います。彼はチャーリーに必要なものを与えることができない。政治のシステムが救わない場合、彼らは社会にとって全然意味がないものとして考えられ、置き去りにされてしまいます。置き去りにされてしまった人たちは、あまりよくない選択をしてしまう。だけど、原作の小説はそういう人たちをある種の共感や思いやりを持って見ています」

──そのなかで無銭飲食をしたチャーリーをわざと見逃してあげるウェイトレスが登場します。

「犯罪を犯してしまった人と接するときには、彼らがなぜそうしてしまう必要があったのかを理解することが大切だと思っています。あのウェイトレスは、チャーリーが非常に困難な状況にあることを理解して思いやりを示しています。とても重要なシーンだと考えて脚本を書くときにここを最初に書きました」

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──本作はアメリカの個人主義やセーフティネットからこぼれ落ちた者たちの姿を取り上げています。アンドレア・アーノルド『アメリカン・ハニー』もまた同様にアメリカン・ドリームのある種の失敗を描いたものでした。

「アンドレアもイギリス人なので、イギリス人の視点からするとアメリカのやり方はわからないところがあるのかもしれません。セーフティネットがもはやないように思えます。アメリカではセーフティネットから落ちた人を自己責任だと捉えがちですが、彼らは必ずしも捨てられるべきではない。アメリカは「頑張れば君は成功できる」と言いますが、アメリカン・ドリームが叶わず失敗してしまった場合には悲劇が起こってしまうと思うのです」

──一見、あなたの作品はクィアなキャラクターを持つものとそうでないものに分けられますが、一貫して世界で孤独だと感じているアウトサイダーに目を向けています。あるいはもしかしたらチャーリーの抱えている疎外感を彼がゲイだという風に重ねて見て取ることもできるのかもしれません。

「そのように考えるのは、非常に面白いと思います。私の映画には私自身の視点や経験が常に持ち込まれています。私はゲイとして育ってきて、余白にいるような感じがしていました。周りとは同じではなく、社会のなかに自分がいないようなような感覚があったのです。『さざなみ』のシャーロット・ランプリングのキャラクターでさえもあの世界におけるクィアな存在として見ることができると思います。彼女も自分が属する世界から強い分離感を感じています。チャーリーは本当にゲイであってもおかしくない。原作者にそのような意図があるかわからないし、俳優にそう伝えていたわけではないですが、そういう部分もあるかもしれないと思いながら撮っていました。彼が感じている社会からの分離感は、ゲイやクィアの人が感じる分離感と同じものかもしれません」

──『ウィークエンド』のエンディングでゲイのカップルが駅で交わすキスは通行人からは祝福されませんでした。『荒野にて』のチャーリーも愛を得ますが、最後に立ち止まって私たちの方へと振り返る彼の表情は必ずしも晴れやかなものではありません。それはフランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』も思い起こさせます。

「たしかに『大人は判ってくれない』を思い出させるところがあるかもしれません。私自身もあの映画は大好きで素晴らしい映画だと思っています。私はあの最後のシーンで、物語を綺麗にまとめたくはありませんでした。これはチャーリーにとっての新たな旅の始まりであるということを見せたかったのです。彼は様々なトラウマをくぐり抜けて、多くの困難を経験してきました。やりたくないこともやりました。母親はいなくなり、父親も亡くなり、大好きだった馬もいなくなってしまった。だけど、これでハッピーエンドで、後は彼の人生がすごくシンプルで完璧になるわけではありません。これから今まで起こったことすべてと向き合って、より複雑に人生が続いていく。そういう感覚を観ている人に感じてほしかったのです」

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──あなたの映画はいつも憂鬱なムードの曲で終わります。今回はボニー・プリンス・ビリー「The World’s Greatest」が流れますが、なぜこの曲を採用したのでしょうか。彼はあなたが好きなケリー・ライヒャルトの映画に出演してもいますね。

「ケリーの映画は大好きで、彼女は素晴らしい映画作家だと思っています。アメリカというのは、「偉大で強い国で、誰でもなりたいものになれる」と言っているけれど、現実は全くそうではない。チャーリーは自分が求めていた家庭や安定を得たけれど、これからパーフェクトな人生が待っているわけではない。そのような感覚にこの曲が合っていると思いました。歌詞の内容とボニーの歌い方が非常に対比的で、その矛盾がアメリカらしいと思うのです」

──『ウィークエンド』は、『ムーンライト』や『ゴッズ・オウン・カントリー』などに影響を与え、21世紀のゲイ映画の最重要作品のひとつだと言えると思います。

「ありがとう。私はあの映画を非常に誇りに思っています。ですが、あの映画を作っていたときは、みんな見たがらないんじゃないかと思っていました。ゲイの経験ではありますが、それまでとは異なるゲイの経験を描いているからです。なので、色々な人からの反応がよかったことに驚きました。『ウィークエンド』のような小さな映画が、ほかの作品のインスピレーションになっていたとしたら光栄ですね。だったら『ムーンライト』のオスカーをシェアしてもらおうかな(笑)」

──近年は『ウィークエンド』のような題材を扱った映画が増えてきていますが、その際に大切になってくる視点はどういったところにあると思われますか。

「大切なのは、自分にとってリアルなストーリーを語ることです。ヘテロセクシャルな人が見たらどう思うかを心配しすぎないことが大事だと思います。あまりたくさんの人を喜ばせようとすると、クィア映画なのに味気なく深みがないものになり、ヘテロセクシャルな経験を語るヘテロノーマティブな映画になってしまう。自分の経験に忠実なものを作れば、たとえばヘテロセクシャルな人でもクィアな経験にこういう複雑さがあるのだということを理解してもらえるかもしれません」


荒野にて』は4月12日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷他 全国順次ロードショー

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