依存症の複雑さを描く『アリー/スター誕生』『Beautiful Boy』

ティモシー・シャラメとスティーヴ・カレルが共演した『Beautiful Boy』、レディー・ガガが主演を務める『アリー/スター誕生』は、覚醒剤依存が家族に与える影響を繊細に描写している。

|
nov 9 2018, 6:55am

Image via Youtube. 

米国人は依存症の問題をどのように議論すべきか、なかなか答えを出せずにいる。恐怖をあおるような単純すぎる手法(例:〈ノーと言おう〉キャンペーン)に頼るか、美化するか、方法はふたつにひとつ。もっとも一般的なのはそもそも話題に出さないことだ。『Beautiful Boy』は、国内のこのような傾向を見直すべく、依存症を率直かつ多面的に描き、当事者を回復へ導くための周囲の協力を示した。誰でも依存症に陥る可能性はある。しかし、本作からもわかるように、完治するひとはほとんどいない。依存症の原因は、当事者の素行の悪さや努力不足ではないのだ。

この作品の主演を務めるのは、みなさんお馴染みティモシー・シャラメ。自らの可能性を台無しにしている物憂げなティーンエイジャー、ニックを熱演した。彼は日中は部屋で難解な詩を読み、夜はドラッグにふける。様々なドラッグを使っていたが、もっとも重症だったのは覚醒剤依存だったと彼はいう。ニックは複雑なキャラクターだ。義理の弟や妹と丸1日ゲームで遊ぶ優しい兄かと思えば、彼らの貯金箱からなけなしの小遣いをくすねてクスリを手に入れたりもする。しかし、私たちは、スティーヴ・カレル演じる父親のように、ニックはいつか変わるはず、という希望にすがり続ける。どうみても彼は変わりそうにないのに。結局ニックは変わらず、再発と回復の悪循環に陥っていく。

ティモシーは私たちの感情に訴える方法を心得ている(ともすればイヤミな奴になりそうな感傷的な役どころを見事に演じた)。私たちがニックに抱き続ける根拠のない信頼は、おそらく依存症患者の家族や友人が抱く希望と同じなのだろう。その後、ニックは更生施設に入るためのお金を払ってくれ、と父親に泣きつき、体調が回復した途端に施設から逃げ出す。私たちは、立ち直ろうとしない(もしくは立ち直ることができないのかもしれないが)誰かを信じることに、失望感を覚えずにはいられない。

残念ながら、『Beautiful Boy』が公開されるのに今ほどぴったりな時代はない。今年、米国は依存症の厳しい現実や問題の複雑さに向き合うことを余儀なくされた。デミ・ロヴァートやマック・ミラーのようなセレブの薬物過剰摂取が報道され、オピオイドによる死亡件数は、過去最悪を更新し続けている(2016年、過剰摂取による死亡事故の66%がオピオイドに関連していたという)。ニックの大学での優秀な成績からもわかるように、覚醒剤を使っていても、〈やつれたジャンキー〉というステレオタイプが当てはまるとは限らない。成功を収め、充実した生活を送る人物が、ひそかに依存症を抱えている可能性もある。

最近公開された作品のなかで、依存症の苦しみを描いているのは『Beautiful Boy』だけではない。『アリー/スター誕生』では、ブラッドリー・クーパー演じるジャクソンのアルコール依存症との闘いが、物語の中心に据えられている。さらに、本作は依存症が個人の闘いではないことも示している。悲痛な場面のひとつが、レディー・ガガ演じるアリーが、気絶したジャクソンを自分の父親(漏らしてしまったジャクソンにシャワーを浴びさせようとしていた)から引き離し、「これは私の仕事なの!」と叫ぶシーンだ。

ジャクソンに対するアリーの義務感は、ニックの依存症を〈治さなければ〉という彼の家族の責任感に通じるものがある(依存症患者の家族のサポートミーティングのポスターには、家族には「治せない」と明記されている)。劇中には、ニックの継母がハイウェイで彼の車を追いかけるシーンがある。ニックが家族の家に押し入り、盗みを働き、逃げ出した直後の出来事だ。彼女はニックを助けたい一心で彼を追いかけるが、結局は諦める。ニックを救えるのは、ニックだけなのだ。

This article originally appeared on i-D US.