ディアナ・テンプルトンが捉える水中のヌードと光の揺らめき

8年の歳月をかけて制作した最新の写真集『The Swimming Pool』。ディアナ・テンプルトンが、人の体の美しさと南カリフォルニアの夏を叙情的に讃える。

by Alice Newell-Hanson
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31 May 2016, 4:20am

ディアナとエド・テンプルトン(Deanna & Ed Templeton)夫妻が住む家は、もともととある老女の持ち物だった。そのため、敷地内にあるプールは、小柄な人間であればゆったり泳げるほどの広さがある。「浅いし、向こうまでの距離もそれほどないし、このピーナッツみたいな形も可愛いでしょう」とディアナは言う。

最新の写真集『The Swimming Pool』には、ディアナが裸で水に戯れるひとびとを捉えた作品がまとめられている。そこでは彼女の友人が、そしてその友人たちが、ターコイズブルーの水に漂っている(撮影は夏季のみ行なわれた。理由は、彼女が未だに温水システムの起動方法がわからないからだそう)。そこで泳いでいる彼女たちは、まるで永遠のうちに閉じ込められているかのようだ−−琥珀のなかの虫のように。しかし、そこに"静止"の趣はない。むしろ、彼らは終わらない夏を自由に泳ぎ回っているようにさえ見える。このシリーズ制作は8年前、エドが裸で泳ぎたいと言い出したことをきっかけに始まった(「彼は裸で泳ぐのが好きなの」)。裸で泳ぐエドを、ディアナはフィルムにおさめていった。「最初は10枚ぐらい撮ったわ」と彼女は話す。「上半身から下の写真を1枚、鉛筆で描いたスケッチみたいだった。それから、面白く歪んだのが数枚。フランシス・ベーコン……いや、ベーコンを引き合いに出すなんておこがましいわね……」。水の中で泳ぐ人に太陽の光が輝くさまと、水中の光が揺らめく予測のつかない動きを、彼女は気に入った。「そこで、友達に頼んでうちに来てもらい、少し裸で泳いでもらったの。水着なしが良いと思っていた」

エドの他にヌードで撮ったことがなかったディアナ。友人たちの裸を撮ることには不安をおぼえたし、撮られる側の友人たちも不安なのではないかと心配したようだ。そこで家のブラインドをすべて閉め、裸になった友人たちが水に入るまでは背を向けると提案した。「安全な環境を保証したかったの。好きなように泳いでほしいとみんなには言ったわ」と彼女はその時のことを説明する。「背面だけというならそれでもよかったの。でも、水に入るなり、みんなとても解放的になったわ。私は上から写真を撮っていたんだけど、水の中にいるときって、誰でもそこに自分だけの世界ができあがってしまうものなのね」

スイマーたちが息つぎすることなく水中を泳ぎ、往復するのを、ディアナはまるで「カニのように」水際で追った−−上に張り出したひさしの影や、プールの淵が写り込んでしまわないように気をつけながら。「邪魔なものは一切排除したかったの。この体と、このフォルムだけを捉えたい、って」と彼女は話す。「あまりに抽象的すぎるものや、歪みが極端なものも、作品として選ぶのを避けたわ。時間の流れを止めるような、静かで穏やかなショットだけを選んだの」。

ディアナは、これまで長きにわたり、カリフォルニアの海岸沿いで出会った人々−−タトゥーを入れたティーンたちや、パンクキッズたち−−を撮り続けてきた。「交わす言葉は少ないけど、撮影で出会った人とはどうにか関係を築きたいと思っているの」と彼女は話す。水に戯れる人々を撮るという経験は、それまで彼女が慣れ親しんでいた手段とは全く違っていた。「この撮影を通して、たくさんの人と仲良くなれたと思うわ。前より、とても親しく、近しくなれた気がするの。この人たちは私を信頼してくれて、貴重な時間を私にくれたんだもの。あれは真のコラボレーションだった。そこで彼女たちに、自分を表現してほしいと強く思ったの」

@deannatempleton

『The Swimming Pool』はUm Yeah Arts出版から6月に発売予定。

Credits


Text Alice Newell-Hanson
Photography Deanna Templeton
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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