©2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』映画評

『ロブスター』で世界にカルト的な人気を博したギリシャの奇才ヨルゴス・ランティモスが帰ってきた! カンヌで脚本賞を受賞した彼の最新作『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』を映画ライターの常川拓也がレビュー。

by Takuya Tsunekawa
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22 February 2018, 9:09am

©2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

心理的なホラー・スリラーと呼ぶべきだろうか、それとも鋭利なブラック・コメディと認識してよいのだろうか。まるでホアン・コルネラの風刺的なイラストのように無感情で繰り広げられるシュールと不条理とが同居した不穏な光景が繰り広げられるヨルゴス・ランティモスの映画は、観る者の心をかき乱し、狐につままれた感覚にさせる。

第70回カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』の憂鬱な不条理は、心臓外科医スティーブン(コリン・ファレル)が美しい妻アナ(ニコール・キッドマン)とふたりの子とともに暮らす郊外の豪邸に、彼がとある事情から面倒を見ている16歳の少年マーティン(バリー・コーガン)を招き入れたことから始まる。「あなたはぼくの家族を一人殺したから、あなたの家族を一人殺さなければならない」──特殊な力を持ったマーティンは、スティーブンが過去に医療上で犯した失敗の責任を罰するため、彼の家族の未来について恐ろしい選択を次々に迫っていくのだ。

ランティモスの世界では、ある共同体の中で抑圧する者と抑圧される者、そしてその間で築かれる独自の規則が取り扱われる。その世界の住人は、その規則に呪いのように縛られ、すべてを受け入れている。故に、マーティンがなぜ悪魔のような超能力を持っているのか映画は説明することもしなければ、疑問に問うことすらない。あるいは彼と対峙して打倒しようとする展開に関心が傾くこともない。その規則の中で彼らは、何とか不服従を繰り返しては、規則を破り、刑罰が課せられるのである。

本作は『テオレマ』(1968、ピエロ・パゾリーニ)を否が応でも彷彿とさせるが、この映画の題名は、劇中で娘のキムが作文で言及するように、「イピゲネイアの悲劇」──ギリシャ軍総大将アガメムノーンが女神の鹿を殺し、その償いとして彼自身の娘イピゲネイアを捧げるよう命じられる──から名前が取られている。
映画は断片的な台詞で多くを語らないが、劇中でマーティンが彼の父が好きだったという『恋はデジャ・ブ』(1993、ハロルド・ライミス)を鑑賞している場面が挿入されていることはいささか印象的だ。あの映画もまた、ひとりの男が同じ一日を何度も繰り返さなくてはならなくなる不可解な超自然的現象に悩まされる中で選択をしていく物語だったと言える。しかし、ランティモスはこのギリシャ悲劇とよく似た不吉な寓話を、あたかも不可解なほどに残酷で邪悪な神(悪魔)が人々に行動実験をして弄んでいるかのように撮っている。カメラ自体が、異世界の存在であるかのようなアングルで周囲を絶えずゆったりと這うようにしてあるのだ。そこでは、生命感が希薄なほど無表情の者たちの虚無が醸成されているのである。

©2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

さらにこの寓話は、加害者と被害者との間での正義や復讐、責任、あるいは選択を見つめる一方で、家父長制下における男性の傲慢さが引き起こす問題を滲ませてもいるだろう。極めてダークでシニカルな形ではあるが、父であり支配者であるスティーブンは全権限を握っており、彼が家庭の調和と子どもを犠牲にしてまでも名誉に執心する物語とも読み取れるかもしれない。
思えば、コリン・ファレルは本作では闖入される側の者としている一方、同時期に製作された『The Beguilrd/ビガイルド 欲望のめざめ』(2017、ソフィア・コッポラ)では女の園に闖入する者として現れる(両作でニコール・キッドマンと共演しているが、ふたりはほとんど対極に近い関係の役柄を演じている)わけだが、そこでもまた支配的で傲慢な男性性の発露によって秩序の乱れが引き起こされる様が描かれていることは、奇妙にして興味深い事象である。

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聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
3月3日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開。