MOMENT JOON 自伝的小説「三代 兵役、逃亡、夢」完全版 4/6

MOMENT JOONのデビュー小説「三代 兵役、逃亡、夢」完全版。その4。「文藝」掲載分は前回で終わり、ここからは初公開の後篇へ。

by Moment Joon; photos by Syuya Aoki
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18 September 2019, 10:00am

《MOMENT JOON「三代 兵役、逃亡、夢」完全版 3/6》

何ヶ月間もの地獄を経て、父と叔父は進級して一等兵になった。しかし、彼らが一等兵になった頃、部隊は既に六ヶ月間の鉄柵勤務に入っていた。本来なら数ヶ月前に新兵が入ってきて父と叔父にも後輩が出来ていたはずだが、何の準備も出来ていない新入りには過酷すぎる最前線の勤務だったため、新入りは部隊の勤務先ではなく、誰もいない本営で待機するようになっていた。普通なら新兵が入ってきて、部隊全員のイジメのターゲットはその新入りに替わる。それでそれまでイジメられた人は少し楽になるのが普通だが、父と叔父は時間が経ってもずっと部隊の末のままだった。勤務が辛いからよりも、新兵が内務班に入って少しでも楽になりたいから、早く鉄柵勤務が終わって本営に戻りたかったと、父は言った。
長い鉄柵勤務が終わって本営に戻った時、きっと父と叔父には新兵がどんなやつかが一番気になっていただろう。特にこれから末子の教育を担当する叔父は、新兵の行動によって部隊内での自分の待遇も変わる訳で、もっと気になってたはずだ。残念ながら、新兵は完全なバカだったそうだ。部隊に来てから数ヶ月間、先輩たちなしでほぼ一人で生活したせいで、上下関係の恐ろしさに気づいておらず、考えるのも反応も遅い典型的なバカ。最初数分間話しただけで新兵が完全に愚かだと気づいた叔父は、どんな気持ちだっただろう。
その後輩は「この部隊の歴史の中で見たことのないレベルのバカ」と呼ばれたそうだ。それだけではなくて、新兵の出身も父と叔父と同じ全羅南道だった。後輩が何か間違うたびに叔父、たまには父までもセットにされて体罰を受けた。もう下に後輩が二人も出来た父は前と比べたら酷い目に遭う頻度は減ったが、間違いを連発する最悪の新兵のすぐ上だった叔父は、新兵と一緒に夜遅くまで先輩たちに殴られるのが日常だった。

「でも、そこで俺に何が出来るんだ? 俺だって部隊全体の序列から見ればまだどん底の方だった。上に先輩が何人いたと思う? 弟がそうなって、俺も悔しかったけど、俺に出来ることなんか一つもなかった。ただ耐えて、時間が経つのを待つ以外何も出来ないのさ」
父は未だにその時のことが悔しそうな声で話した。
「重荷は弟が背負っていた。夜ずっと殴られて青くなった顔で弟が朝、『兄貴、もう無理だよ。本当に無理だよ』と言う時の気分、お前に分かるか? ただ耐えよう、待とう、また次の新兵が入ったらお前も少しは楽になるさ、それ以外何も言ってあげられなかった。そんなものさ」

でも次の新兵は、入ってこなかった。もしその後輩が父が言う通りにそんなにバカな人だったなら、僕の経験上、その後輩が新兵の教育を担当することは出来ないと思われて、結局叔父が担当することになっただろう。それで二倍苦しんだはずだ。後輩のせいで自分が新入りだった時と何も変わらない体罰に飽きた叔父は、厳しく後輩を扱い始める。お前がしっかりしないから、俺まで一緒にされるんじゃないか! バカ野郎! バカは軍隊に入る前に死んじまえば良かったんだ! しっかりしろ! クソ野郎!⋯⋯。

そこまで聞くことで、真相が分かってきた。死んだのは誰だったか、なぜ死んだのか、誰のせいで死んだのか。

「やつが倒れているのを不寝番の兵士が見つけて、部隊は大騒ぎになった。救急車が来た時に、俺と弟は頭が真っ白になったけど、先輩たちの中にはその瞬間でさえ『めんどくさい奴だったな』みたいなことを言う人もいた。人間以下の連中だったから。詳しくは知らないけど、多分病院で死んだのだろう。やつの血で便所が真っ赤になってて、自動的にまた末になった弟と俺が掃除をした。そんなものさ」
そんなもの⋯⋯なのか。
「人が死んだのに、部隊は何一つ変わらなかった。弟と俺が末端に戻っただけ。弟は、その事件で壊れた。自分を責めたし、悪夢を見た。誰もいないところで夜一人で泣いたりした。でも、だからと言って誰か一人でも同情してくれたと思うか? ぼんやりしてたら、弱くなったら先輩たちにもっと叩かれてもっと酷くなって、死んだ奴と同じになるだけだ。弟を守るために、何かしなきゃいけなかった。しっかりさせるために、殴って殴ってまた殴った。殴られるのが悔しくて弟が反抗しようとしたら、やつを名前じゃなく階級で呼んだ。ここは軍隊なんだぞ、俺はお前の先輩だ。しっかりしないとお前も死ぬぞ。そうやって俺は、いや俺らは耐えたのだ」
父も僕も、長く沈黙した。
「彼⋯⋯後輩さんの名前は覚えてる?」
「覚えてない」
「彼の親は? 部隊に来なかった?」
「知らない。死んだやつはもう死んだ。生きてるやつは生きなければならない」
「亡くなった後輩さんの親にもそんなこと言ってみたら? お父さん、本気でそう思ってるの? ありえないでしょ!」
「後輩さん? 後輩さん? そんなクソなやつはどうでも良い! そいつのせいで俺、いや、弟が死にかけた! 弱いやつはそうなる! 耐えられないものは頭から足まで全部壊れて死ぬ! 逃げたって無駄だ! 逃げても絶対に結末は同じだ! 社会が、世界がお前のことをほっとくと思うか? ふざけんなよ!」
「俺? また俺の話なの? 俺が弱いとそんなに言いたいの?」
「じゃ、なんだ? あん? お前は弱いのさ! いつもそうだった! 軍隊に行っていろいろ経験してそれが分かって、少しは変わると思った! 途中のトラブルもあったけど、それから学んで変わったと思った! お前、恥ずかしくなかったか? あ、僕はこんなことも我慢出来ないバカです、ここはキツいからどっか楽な所へ所属変更させてくださいって、少しも恥ずかしくなかったのかよ! そこから何か学んだのなら、今みたいにまた逃げようともしてないだろう!」
「そういうお父さんは、先輩たちからその全てをやられて、その全てを見たのに、俺が経験したことを恥ずかしいと思ってるの? お父さんだって加害者じゃないの? なのに、俺に『恥ずかしい』なんて言える資格はあんのかよ!」

「あんた、どうした?」
ドアを開ける音と母の声が父の後ろから聞こえた。父が大声で電話で怒ってたら心配になったのだろう。
「何でもない。ボムジュンと話していた」
「あ、そう⋯⋯」

母がドアを閉じて部屋から出る音が聞こえた。二人ともしばらく何も言わなかった。先に沈黙を破ったのは父だった。
「⋯⋯非難したかったらしろ。でもお前こそ俺がどんな所にいたか、分かってない。俺一人が『新兵に優しくしましょう』『後輩を殴るのは止めましょう』と言ったって、皆が変わると思うか? そうしたら逆に俺が食われてしまうだけだ。「序列除外」って知ってるだろう? 部隊員の皆にバカ・裏切り者と思われたら、階級が上がったって意味ないのさ。序列除外されたやつは、兵長になっても後輩に殴られる。死んだやつが可哀相なのか? そんなやつを担当してた俺らは、可哀相じゃないのか? 俺らも、やつのことを可哀相と思えば良かったのか? 同情したって、何も変わらない。だからお前の軍隊でのトラブルなんか、俺には恥ずかしいとしか思えないのよ。今の軍隊は昔ほどじゃないからそこまで大変なこともないはずだし、逃げない方法を、耐えて我慢して社会を自分の中に受け入れる方法を学んでほしかった。逃げたって、いつか壊れるだけだということを。生き残ったやつらは皆そうだし、皆そうなっていく」

カミソリで自分の首が切れなかったその夜、僕はそれまでなかった勇気を手に入れた。 自傷や自殺、自分を傷つけてここから逃げることを考えるのはもううんざりだった。ここは間違ってると思う自分、生きたいと思う自分を守らなきゃいけない。
次の日から僕は暇な時間に、誰にも見られない所でそれまでのことを全て書き始めた。イジメ・暴言・不当な体罰、今の軍隊にはないと軍隊が宣伝しているけど、まだ根強く残ってる悪習。自分が経験した全てを大隊長宛の手紙に詳しく書いた。書いてる間に、憎しみや悲しみではない何かが生まれるのを感じた。正義感だ。これが正しいのだ。
二日ぐらいでそれまでの出来事を全部記した後は、最後に何を書けば良いかで悩んだ。一番合理的なのは、配属変更を頼むことだ。違う中隊で、新しくやりはじめる。でももし変更してもらえなかったら? 部隊員の汚い部分をばらした裏切り者になって、残りの服務期間が地獄になる。兵士たちだけじゃなくて、下士官や将校たちの進級にも影響が及ぶから、誰にも頼れなくなる。序列除外されて、先輩になっても先輩としては何も出来なくなる。
⋯⋯それが何だ。僕は先輩なんかになりたくない。そもそも誰かを虐める権力や権威なんか要らない。頼りになるのが一人もいないのは今も同じだ。これは何一つ間違ってない。何も変わらないかも知れないけど、僕はこれは間違いだと言ってやる。どうなるかは、その後に考えよう。平日の深夜の不寝番勤務が終わって、トイレに行ってきますと言って大隊長室の前の意見箱に手紙を入れてきた。これからどうなるかは、全て神様次第だ。
その二日後ぐらいに、大隊全体の事務の仕事を担当している本部中隊から人事担当の下士官が来て、僕の中隊長と話をするのを見た。話が終わって中隊長室から下士官が出ると、営内放送で僕の名前が呼ばれた。
「二等兵のキム・ボムジュン。今すぐ大隊長室へ。繰り返す。二等兵のキム⋯⋯」
内務班が騒ぎ始めた。あいつ、なんかやったのか。きっと何か起こしたのさ。クソやろ、チョッパリのバカが⋯⋯先輩たちが小さい声で話してるのを全部後ろにして大隊長室へ向かった。

大隊長室に入って敬礼をしたら、部屋の中には大隊長とさっきの人事担当の下士官が座っていた。緊張したまま席に座って、大隊長の言うことを聞いた。僕がこの部隊に来る少し前にここの大隊長に任命された彼は、ソウル大学出身のエリートで、全体的に優しい人だった。部隊員の間では模擬戦闘訓練の時に狙撃で早くにやられたことで少し笑われたりもしていたが、僕が知ってる他の将校たちの中には、そもそも最前線に視察に来るほど勤勉な人は居なかった。僕の手紙のこと、全てじっくり読んだと大隊長は言ってくれた。それだけじゃなくて、僕が手紙に書いた不条理と過酷な体罰が、軍の規律とマニュアルから見てどう間違ってるのか、論理的にまとめて話してくれた。知らない内に頬に涙が流れてることに気づいた。僕の言うことを聞いてくれる人がいた。

「未遂で終わって、良かったね。じゃなかったら君、意図的軍役回避で懲戒処分だったぞ。でもその内容もこの手紙に書いてある。覚悟は出来ているということかい?」
「はい。全部覚悟して書きました」
「まぁ、でも本当に未遂で良かった。死んだら、意味ないのさ」
訓練所の同期たち以来、誰かに心配してもらうことは初めてだった。しかも、全てが序列で決まる軍隊で、トップの大隊長にそう言ってもらえるとは。涙を拭いて話を聞いた。

「手紙を書いたことが知られたら、序列除外されるかも知れないぞ」
「その序列除外自体が、間違ってると思います」
大隊長は何も言わなかった。調子に乗って生意気なことを言ってしまったのか。いや、どう考えても、間違ってるものは間違ってる。

「この部隊に来てから、随分困っていた。未だに将校たちや下士官たちを完全に掌握しきっていない。そうすると、俺が思う効率的で強い部隊は作れない」
大隊長はお茶を一口飲んで話し続けた。
「ここに書いてあることが全て本当なら、責任を取らなきゃいけないのは、A上等兵や古参兵たちだけではない。兵士たちの管理を放棄していた下士官や将校たちも、責任を取らなきゃいけない。大変なことになるぞ。知ってるか?」
「はい、知ってます」
「キャリアにダメージを受ける人々もいるだろう。このレベルのイジメや過酷行為が、進級評価に影響を与えないことはないから。将校も下士官もそうだけど、兵士たちも無事では済まない。委員会を開かなきゃ結果は分からないけれど、もしかしたら営倉に行く人が出てくるかも知れない。そうなると君は大隊の全員に嫌われるかも知れない。知ってるか?」
「はい、知ってます」

人事係の下士官が僕の前のコップにお茶を入れてくれた。安い緑茶だったけど、本当に美味しかった。

「俺は、君の手紙を使ってこの部隊を変えるつもりだ。悪習は一気に切り捨てて、今までそれを放置していた人々には責任を取ってもらう。大騒ぎになる。もう一度言うけど、君、皆に嫌われるかも知れないぞ。だから、君には新しい仕事をやってもらわなきゃならない」
新しい仕事?
「君に、大隊の人事係員になってもらおう。将校と下士官たちの進級や休暇、給料に関する文書などを扱う仕事だから、兵士だからと言って酷い扱いをされることはないはずだ。いや、むしろ力がありすぎて、幹部たちがプレゼントや特権などで私的な関係を作って君を利用しようとするかも知れない」
大隊長の隣の人事担当の下士官が言った。
「俺も大隊長と同じ時期にここで勤務を始めたけど、過去分の超過勤務手当の明細などがハードドライブの破損で無くなりましたとか、前の担当者と係員たちが、何か少し怪しいのさ」
「決して簡単な仕事ではないぞ。激務だ。夜勤も多いだろうし、予備軍と一緒に動員訓練する時は君はパソコンの前で五日間徹夜に決まってる。普通の会社員より厳しいかも知れない。その上で、もし経理関係で不正が見つかったら証拠を集めて俺に報告しなければならない。それに伴うリスクもあるだろう。でもその仕事をしてる限り、君は軍の上下関係から少しは自由になれるんだ。どうだ。やってみるか?」

新しい中隊は、軍隊とは言え会社に似ている所だった。人事・軍需・弾薬・作戦など各分野ごとに任務が分けられていて、仕事の内容も明確で全てがシステム化されている。先輩だから偉いんじゃなくて、やってる仕事の内容とその仕事をどうやりこなせるかの能力で、待遇も変わるし生活も変わる。不条理な部分がない訳ではなかったが、きっとどの会社にもあるぐらいのものだったと思う。誰が先に服務を始めたかで全てが決まっていた前の中隊は、僕の手紙を使った大隊長によって一回爆破された。将校や下士官たちは大隊長の前で叱られて進級評価にマイナスをもらったし、中でも僕の上にいた小隊長は減給処分を受けた。兵士たちに関しては懲戒委員会が開かれて処罰の内容が決まった。営倉に送られた人は一人もいなかったけど、多くの兵士たちが他の大隊に所属変更を命じられて、建物から出ていた。その中にはAもいた。彼が大隊から出るまで、彼と顔を合わせることはなかった。
残りの一年半の期間を、僕は係員として服務した。仕事は大隊長が約束した通りだった。激務で夜勤も多かったし、動員訓練の時はカフェインを喉に注ぎながら五日近く眠れずに働いた。でも、良い人々に出会えたから、全て耐えられた。僕を笑いものにするんじゃなくて一緒に笑えて冗談を言ってくれる先輩、優しくて明るい後輩たち。頑張って働く仲間たち。天国ではなかったが、絶対に地獄ではなかった。そこはいつの間にか自分の家になっていた。陸軍第二師団第三一連隊第三大隊の本部中隊。二〇一二年と一三年の僕の家。チェ・ジンホン、キム・ジングク、キム・ミョンハク。僕の愛しい先輩、後輩、仲間たち。

除隊の二ヶ月前ぐらいに、僕の後任となる後輩が入ってきた。社会にいたときはゴルフ選手だったらしくて、体はすごく大きいのにすごく繊細で優しい人だった。僕が先輩から学んだように、二ヶ月かけて彼に仕事を教えた。一年以上働きながら作った記録、注意事項、仕事のコツを全部説明するには二ヶ月は短かったけど、僕も出来たから、きっと彼にも出来るはずだ。
引き継ぎのほぼ最終段階で、後輩に機密管理人事データの扱い方を教えた。兵士たちだけではなく将校・下士官まで、部隊の全員に関して機密分類された情報を管理するシステム。自傷・自殺未遂の経験がある僕はもちろん、社会や軍隊で何か少しでも問題があった人々は全員その記録がここに残る。
「先輩は、自分のファイルを見たことないですか?」
僕が仕事を始めて一番最初に思ったことを、後輩から質問された。
「いや、そりゃずっと前から見たかったけど、それダメでしょ。見ようと思えば、データ管理中に見てしまいましたとか言って見られるけど⋯⋯原則を守って正しいやり方で働くと大隊長に約束したから。ほら、言ったじゃん。係員にとって一番の武器は何だ?」
「原則、マニュアルです!」
「そう。もうクソ官僚制の一部になっちゃった以上、俺らはそれに頼るのよ。他の部局とぶつかる時に一番力になるのはそれだから。オッケー?」
「はい!」

家に帰る日まで、僕は後輩に言ったとおりに自分のファイルは見なかった。でもどうしても、どうしても見なければならない人のファイルがある。除隊の前夜、誰もいないオフィスに行ってパソコンを起動した。オフィスに電気がついてるのを見て不寝番の後輩が来て一言。
「えっ、キム先輩、寝ないんですか? へええ、除隊する前日に夜勤なんて、これは部隊史上初めてじゃないですかね」
「いや、やっぱ少し不安でさ。もう一回システム点検だけしとくわ、ごめんごめん」

明日になって、全てを後にして家に帰る前に、知りたい。Aは、どんな人だったのか。

《5/6に続く》

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