ミレニアルズとZ世代はなぜ〈死〉を考えるのか?

長年タブー視されてきた死。最近になって、僕たちはようやくこのテーマに親しみをもてるようになってきた。それは地球が人間と共に死に向かっているからかもしれない。

by Tom George; translated by Nozomi Otaki
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17 October 2019, 9:19am

僕はよく、人生最後の〈特別な日〉に思いを馳せる。

自分が着るスーツ、教会の壁や信者席を飾る真紅のバラ。葬儀中に流れるのは、聖歌隊が歌うクラシックな聖歌と、僕のお気に入りを数曲。棺が教会に入るときは、スティーヴィー・ニックスを流したい。彼女の美しい歌声が、最高の雰囲気を演出してくれるだろう。

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実をいうと、僕は23歳にして、結婚式よりも葬式を想像したことのほうがずっと多い。死が必然なのは紛れもない事実だが、いつか結婚を望んでくれるくらい自分を愛してくれる相手が見つかる、なんて傲慢な考えだ。それなのに、結婚は当然のように考えても、死というテーマはいまだに避けられがちだ。

調べてみたところ、死にまつわるトピックの議論や研究はほとんど見つからなかった。そこで僕は、優秀なジャーナリストとして信ぴょう性の高いリサーチ方法に従い、Instagramストーリーでフォロワーたち(大半はリベラル寄りのZ世代の女性と同性愛者の男性)を対象に調査を実施した。

その結果、自分の葬式についてじっくり考えたことがある、と答えたのは4分の1以下で、頭に浮かぶことはあるが決して楽しいものではない、と答えたひとは64%にのぼった。いちども考えたことがない、と答えたのは全体のわずか12%だった。

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この結果も当然だろう。ミレニアルズやZ世代は、地球の現状や不安定な未来を嫌というほど思い知らされている。僕がこの記事を執筆しているあいだにも、16歳の気候変動アクティビストで、ノーベル平和賞にもノミネートされたグレタ・トゥーンベリが飛行機が環境に与える影響を周知するべく、国連の気候変動会議に出席するために大西洋をヨットで横断中だ(訳注:グレタは8月28日にNYに到着)。

つい数ヶ月前には、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員が自身のインスタライブで「子どもたちの生活は今後非常に困難なものになる、と科学者のあいだで意見が一致しています。もしそうだとしたら、若者が『今、子どもをもっても大丈夫なのか?』という疑問を抱くのも当然でしょう」と発言し、反発の声が相次いだ。

保守派はすぐさまこれを〈子どもゼロ政策〉と批判し、幼児殺害にも言及して彼女を非難したが、彼女と同じ意見をもつ若者は多い。ある調査では、18歳から29歳までの若者の38%が、気候変動は夫婦が子どもを考えるさいに考慮すべき重要な問題だ、と回答している。

地球温暖化が壊滅的なレベルに到達するまで、僕たちに与えられた猶予はわずか11年。米国では銃乱射事件が日常化し、政界では過激派が台頭している。多くの若者が今まで以上に死を意識し、葬式について考える機会が増えているのも無理はない。

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しかし、サイバー心理学者のドーン・ブランリー=ベル博士は、この意見に完全に同意するわけではない。博士によると、現代の若者が死を意識するのは今に始まったことではないという。いっぽう彼女は、インターネットやSNSの影響や、それらによって死というテーマに晒される可能性も認識している。

「オンラインの行動やコミュニケーションで扱われるトピックは、かつて友人、家族、社会的な集団と共有していたものと基本的に同じです。たとえば死を悲劇的で美しく描写するなど、死を美化する表現など例外はありますが、(死に)触れること自体が悪い訳ではありません」

現在シーズン3まで配信中の、倫理観の議論を巻き起こしたドラマ『13の理由』は、鑑賞者に苦痛を与え、また彼らが模倣する恐れがあるとして、ハンナが自ら命を絶つシーンを削除することを決定した。描写があまりにも刺激的で生々しいため、危険な〈ハウツー〉ガイドだ、と多くのメンタルヘルス専門家から激しく批判されたのだ。

もちろん、製作側は最善を考えて判断したのだが、Instagramではフィードを少したどるだけで、すぐに死や世界の危機からの逃避を願うダークな笑いを誘うミームに出くわすはずだ。こういった不条理主義的なユーモアによって、僕たちは、自分の投稿を目にするフォロワーの精神状態に配慮せずに〈いいね〉したりリツートすることの危険性を、つい見落としがちになる。

いっぽう博士は、死に触れることは必ずしも悪いことではない、と強調した。「ヘルスケアや緩和ケアの分野では、死に触れることで人間は人生の意義について考察し、いつかは訪れる死を受け入れられるようになることを示す研究もあります」

Instagramストーリーで自分の葬式について考えたことがあるというフォロワーに質問した結果、あるひとつのパターンが浮かび上がった。彼らは葬儀をエンパワメントの瞬間、死後であっても自分自身の物語をコントロールする最期の機会と捉えているのだ。

あるフォロワーは、みんなに棺を囲んでショットで乾杯してほしい、と語った。「私はイェーガーボムが大好きだから、自分の葬式では、みんなと乾杯する最期のチャンスをつくりたい」

なかには遺体を囲んで乾杯なんて考えられない、という参列者もいるかもしれないが、葬式に故人の人生、参列者たちと生前に分かち合った体験を反映するというアイデア自体は、別に悪趣味なものではない。

「私にとって大切なのは、(もう死んでるとはいえ)地球で過ごす最後の瞬間に、盛大なパーティを開いて本当の自分を表現すること。『彼女は本当に優しくて、すばらしいひとだったね。惜しいひとを亡くした』なんていわれたくない。だってそんなの私じゃないから」

This article originally appeared on i-D UK.

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