アントン・リシンと東京のストリート

ブランド『ANTON LISIN』を手がけるアントン・リシンが、東京に初めて降り立った。モデルとしても活動する彼が、自身のコレクションを身に纏い、東京の路地裏を歩く。

by Tatsuya Yamaguchi; photos by Shun Komiyama
|
02 October 2018, 9:32am

ロシアに生まれ育ったアントン・リシンは、かつてGosha Rubchinskiyの精神を体現した“ミューズ”のひとりで、ロシアのモデル・エージェンシー〈ルンペン〉に所属する現役のモデル、そして自身のブランドANTON LISINを手がける“クリエイター”でもある。i-Dは初来日した彼とともに、入り組んだ東京のストリートにくり出した。

「日本への旅は“文化と人との出会い”の連続で、ロシアでもなく他の国でもなく、日本にしかないものをこの眼でみたことは僕自身の“何か”をたしかに変化させる経験だったよ」と、母国に帰った彼からメッセージが届いた。アントンのクリエイティビティに影響を与え続けているものは? その問いに対する回答のひとつは「幼少時代」だ。「人はみな幼少期に形成されるから。成長の過程で僕を取り巻いていたすべてのことに影響を受けているんだ」。16歳で夢中になり服づくりを始めるきっかけでもあったスケートボード、あるいはロシア正教会の首都であるセルギエフ・ポサードに生まれ育った彼のルーツである哲学、宗教、文化、長らく魅了されているというブラックメタルからのインスピレーションを内包するANTON LISIN。その2018-19年秋冬コレクション「The Shining」もまた、彼自身の記憶——ロシアの90年代後半から2000年代前半という時代に触発されたものだ。

1991年のソ連崩壊による政治的混乱と経済困窮は“家族”を打ち崩し、市民の生活を大きく変貌させた。街中には、路上生活を余儀なくされた子どもたちであふれていた。「90年代は生きていくことさえ厳しい環境だった。多くの時間を路上で費やすほかなかったんだ」。しかし、不遇の時代にあっても子どもたちの心には無垢な“輝き”があったのだという。「ブランドに一貫する僕の“ミューズ”とは、ロシアの性質そのもの。歴史が作り上げた独特の雰囲気、そのなかでも現実から遠く離れるかのように、隠されている場所。放棄され続けている協会や歴史的建造物、建設現場といったものだとか」。彼のコレクションは、人々の記憶の陰に潜むロシアの“真実”を、現在という時間軸に呼び起こすものでもあるのだ。「今季のシルエットは、90年代に生き、シェルターや孤児院、ストリートで暮らす子どもたちが着ていた洋服からきている。兄弟のお下がりや慈善団体から寄付されたものは、当然サイズを選ぶことはできず、彼らの身体よりも極端に大きいものばかりだったんだ」

彼が創り出すストリートウェアのシルエットやプリント、刺繍に込められるものとは「“忘れ去られたもの”を再構築したこれまでにない新しい要素」だという。「このブランドコンセプトは、もともと単独で存在する互換性のないものを再解釈によって結びつけ、一体化することなんだ」。彼はこう続ける。「僕は自分自身のアイデンティティを単一的な文化や考え方で特定することは絶対にしない。まったく異なる文化や哲学などにいつだって興味を持っているし、新しい視点とインスピレーションの受け入れ方を発見したい。どんなときでも、ずっとね」