インド、ゴアの夜闇に浮かぶ恍惚と魔法:Supriya Lele 2022年春夏コレクション

インド系英国人デザイナーのスプリヤ・レレとフォトグラファーのソラブ・フラが、ゴアでのコレクション撮影を振り返る。

by Dal Chodha; translated by Nozomi Otaki
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09 May 2022, 7:00am

この記事はi-D The Out Of Body Issue, no. 367, Spring 2022に掲載されたものです。注文はこちら

今から数年前、スプリヤ・レレは、デリーを拠点とするアーティスト、ソラブ・フラの101枚の写真を収めたフォトエッセイ『The Coast』をプレゼントされた。真っ暗な空の下、宗教行事が行われている海沿いの村で撮られたこれらの写真は、インドの現代社会の根底にある攻撃性を明らかにしている。フラは陸と海の境界線を、人びとが恍惚状態になる、宗教的な解放の場として捉えたのだ。

いっぽう、ロンドンを拠点とするスプリヤは、きらめく刺激的な服を通して、東洋の力強さとヨーロッパのグランジを絶妙なバランスで融合している。彼女は毎シーズンをインドへの帰省で締めくくる(ウェストミッドランズで生まれ育った彼女は、幼い頃は定期的にナーグプルとジャバルプルの家族のもとを訪れていた)。今年の春夏キャンペーンでは、そんな彼女を形づくるさまざまな要素が見事に溶け合っていた。

今回i-Dは、ソラブのアーカイブにレレの服の新たな写真を加えた一連の作品について、ふたりにインタビューを敢行。これらの写真は、私たちが今まで見たこともないようなスプリヤの一面をうかがわせている。夜のゴアの暗闇とざらついた質感の中には、危険だけでなく魔法や高揚も感じられる。

Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019

ダル:インドにどんな魅力を感じているのでしょうか。ずっとインドに戻ってコレクションを撮影していますが、その理由は?

スプリヤ:私にとって、自分の作品を家族が生まれた場所へと持ち帰るのは、とても重要なことです。自分の作品を通して、文字どおりその場所を〈再訪〉しているんです。そうでないと、コレクションは毎回ヨーロッパでやることになります。ロンドンでショーをやって、パリやミラノで販売しても、作品をそのルーツとなった場所に持ち帰る機会はほとんどありません。私は作品と常につながりを持ち、それを別の文脈に置いて考えたい。別の誰かと一緒に制作することが、その助けになります。確かに私は〈ブランド〉として──この言葉は好きではないのですが──プロダクトをつくっていますが、制作プロセスには必ず浮き沈みがある。今シーズンはインドに戻って撮影しなければ、と特に強く思いました。でも、これまでと同じやり方ではなく、少し感傷的な方法で。もっとはっきりと、今っぽく、生々しく感じられるように。

ダル:ソラブ、あなたの作品には反ロマン主義のようなものを感じます。それが必ずしもテーマであるとは思いませんが、あなたの身の周りの世界のとらえ方に表れているように感じます。あなたは自分の写真に生々しさを感じますか?

ソラブ:スプリヤがジャバルプルでジェイミー・ホークスワースと一緒に制作した写真集『Narmada』を見たとき、すごく気に入ったんです。個人的にはこの作品をロマンティックというカテゴリーには分類したくありませんが、スプリヤが「生々しい」という理由はわかります。彼女のフォトシュートを見て気づいたのは、全てに水が存在しているということ。僕の作品にもどういうわけか、水が繰り返し登場します。スプリヤは〈浮き沈み〉という言い回しを使いましたが、水には独特のエネルギーがあります。彼女が川沿いでこの『Narmada』を撮ったことにも気づきました。川には独特の穏やかな流れがありますから。川の水が、これまでとは異なるエネルギーによって何かを探るための風景になったんです。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.

ダル:ファッションの仕事をするのは今回が初めてですよね?

ソラブ:服が写真にどんなバランスを生み出すのかを理解するいい機会になりました。今、僕と写真は興味深い関係にあります。実は完全に自分の写真に飽きてしまったんです。でも、今回のプロジェクトに取り組んで、見慣れた景色の中に何かが蘇りました。これまでも水中で撮影してみたいとは思っていましたが、それは生々しい作品をつくるためではありません。僕にとっては遊び心が重要で、なぜか水の中にいると遊び心が生まれる。予想外のものが生まれるんです。自分のことを優秀なディレクターだとは思いませんし、事前に何かを決めてから取り掛かると失敗することも多い。海が僕を少し混乱させる役割を果たしてくれました。

「身体が隠されている〈半空間〉を探ることに興味がありました。もう少しミステリアスで、不確かなものを」──ソラブ・フラ

スプリヤ:海には全く違うエネルギーがありました。パワフルで、ちょっと危険な感じ。だから海岸に行くのがぴったりだと思ったし、もっとわかりやすいものとしては、コレクションに網の刺繍を使ったアイテムやランタンバッグを取り入れました。ソラブとの制作は、のんびり過ごしながら完成を待つだけでいい、そんな感じでした。ずっとファッション畑ではないひとと仕事をすることに興味がありました。ヘアメイクやプロダクションのあるスタジオでのフォトシュートとは違いましたが、何の問題もありません。いつもより自然発生的で、リスキーでもあった。そういうシナリオから魔法が生まれるんです。

ダル:ブランドという言葉に抵抗感があるとのことですが、それはなぜですか?

スプリヤ:スタジオで2人のアシスタントと一緒に何とかやり遂げる──クリエイティブな感じがするので、そういう働き方のほうが好きです。自分をブランドだと考えるのはちょっと冷たい感じがします。私はただ良いデザイナーとして良い作品をつくりたいだけなので。

Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019

ダル:ソラブ、先ほどファッションを撮った経験はないと言いましたが、違いますよね。服が写っている写真はすべてファッション写真といえると思います。今の世代は間違いなくそういうふうに写真を捉えていますよね。

ソラブ:僕もそう思いますよ。でも、さっきは嘘をついたわけではなくて、あえて今回の体験を区別するために〈ファッションフォトグラファー〉という言葉を使っています。結局、あなたの言う通り、服に関するものは、見方によっては何でもファッションになりうる。僕が自分の制作プロセスについて話すときも、〈ひだ〉や〈縫い目〉など専門的な言葉を使います。今日僕が着てる服はあちこちに穴が空いています。僕が好きなのは、少しほつれていたり、破れていたり、完璧ではないもの。まさに僕のことです。母のおかげで、服を通してのケアすることの大切さに気付かされました。

ダル:何かの記事で読んだのですが、お母さんの統合失調症と向き合う一種のセラピーとして写真を選んだそうですね。あなたの最初の2冊の写真集『Look It’s Getting Sunny Outside!!!』と『Life is Elsewhere』は、どちらもお母さんに関するものでした。

ソラブ:そうです。服は母の病気において重要な役割を果たしていました。母の健康状態やメンタルヘルスを反映していたんです。どちらも家で撮影し、そのなかで母の心の状態を表す服が繰り返し登場します。結局、『The Coast』のような作品にも、さまざまなファッションや個性が登場します。この作品に出てくる服には、ジェンダー、カースト、宗教に関する象徴的な意味があります。僕の作品ではそこまで意識されてはいないのかもしれませんが、こういうものはいつも何かを暗示しているんです。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.

ダル:先ほど自分の作品に飽きてしまったと言いましたが、それはどういう意味ですか?

ソラブ:写真という媒体そのものにちょっと飽きてしまったんです。でも、これはとても健全な状態です。飽きが来ることは今までにも何度かあって、動画のほうに魅力を感じることもありましたが、その主な原因は〈反復〉です。何かを繰り返していると感じた瞬間、退屈になります。僕は常に自分をつくり変え、忙しくしていたい。遊び心を忘れないために。作品に遊び心を持ち、リスクを恐れないことは、まさにスプリヤが話していたことに通じると思います。

ダル:実際に撮影してみていかがでしたか?

ソラブ:ある程度計画はあったんですが、未知の部分も残していました。それが海の出番です。景色をもっと見慣れないものにしたくて、あえて夜に撮影しました。夜は孤独を感じますが、それを受け入れさえすれば、魔法が生まれる時間でもあります。この作品を通して夜の独特の感覚、謎、不確かさを表現したかったんです。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.

ダル:キャスティングにはどうアプローチしましたか? あなたにとって、写真に写る人びとはキャラクターですか?

スプリヤ:例えば物語のようなキャラクターとしては考えていません。キャスティングのときも、それぞれの女性をひとりの人間としてみなし、彼女らしい服を着てもらいます。キャンペーンも同じです。モデルにはそれぞれアイデンティティやそのひとらしさがありますから。

ダル:写真にモデルの顔が写っていないのはなぜですか?

ソラブ:身体が隠されている〈半空間〉を探ることに興味がありました。ひとりの人にフォーカスした写真がかなり多かったので、先ほどスプリヤが言ったように、このプロジェクトと僕が前にやったプロジェクトの共通点、つまりもう少しミステリアスで不確かなものを探ることにしました。白いドレスを着た女性が、カメラから顔を背けて海の中に立っている写真があります。彼女の前にはまだ完全にできあがっていない波があります。波が立つかどうかもまだわかりません。景色から多くのことを明らかにし過ぎないようにしたかったんです。僕のジレンマは、これらの写真を撮ることをどう正当化するか、ということでした。

Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019

ダル:つまり、同じことを繰り返したくないということですか?

ソラブ:そのとおりです。僕はただ慣習的なやり方に従って、他の作品を投影しながら何か支離滅裂なものをつくっているだけなのか。それとも過去の作品に手がかりを見つけ、それを引っ張り続けているのか、と。僕はここ15年か20年くらいずっと故郷を撮り続けています。故郷だから有利なこともありますが、よく知っているからこそ、撮るのがいちばん難しい場所でもあります。特に際立っているものもありません。スプリヤは、何も理想化したくない、と言いました。その意味はよくわかりませんが、同時にゴヤで撮影することのリスクはわかります。ゴヤは何もかもが美しく見える場所です。僕たちは決して物事を美しく見せたいわけではありません。美しさは僕たちを欺く仮面にもなりうるので。僕はほとんどの作品に10年から15年かけてきたので、ある意味では時間を短縮するために手を尽くしました。

「制作プロセスには必ず浮き沈みがある。今シーズンはインドに戻って撮影しなければ、と特に強く思いました。でも、これまでと同じやり方ではなく、少し感傷的な方法で。もっとはっきりと、今っぽく、生々しく感じられるように」──スプリヤ・レレ

ダル:スプリヤ、先ほどソラブは〈飽き〉について話しましたが、時間の大切さにも触れました。彼が学んだのは、ファッション業界のバカバカしいほどのめまぐるしさと消費志向です。私たちは常に次の写真、バッグ、靴について考えています。話し合いをしている写真が終われば、次は1ヶ月後に発表するコレクションに取り掛かる、という感じで。いつも今やっていることやその瞬間のことを忘れがちです。

スプリヤ:私自身も飽きっぽいほうなので、なかなか難しいですね。自分たちで作ったものが嫌になったかと思えば、その後でまた好きになったり。私の制作プロセスはいつもかなりギリギリです。かなり時間が過ぎてからコレクション制作に取り掛かります。何かを作るにはそういうプレッシャーが必要なんです。時間があり過ぎたら、私は作品を生み出せないと思います。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.

 ダル:それでも時間は必要ですよね?

スプリヤ:確かに時間は常に足りないですが、それがこの業界の皮肉なところです。いつも「あと1ヶ月あれば……」と思っています。たとえもう1ヶ月あったとしても、そんなに時間をかけないことはわかってるんですけどね。ソラブのプロセスや長期的なプロジェクトについて聞けたのは最高だし、刺激をもらっています。ファッションも、もっと時間をかけられるようであってほしい。私が自分の作品をちゃんと評価できるのは、後から振り返るときだけなので。今はもう乗り越えました。地に足のついた考え方ができるように、自分とはアプローチが違うひととクリエイティブなプロジェクトをやったほうがいいと実感しています。そうでなければ、コレクションを次々に大量生産することになって、手応えがないと思います。

ダル:もしその〈もう1ヶ月〉があったとしたら、どう過ごしますか?

スプリヤ:きっと作品を発展させ過ぎてしまうと思います。でも、私のプロセスで大切なのは、たくさん失敗すること。失敗すれば、それを通して何かを学んだり、思わぬことが起きたりします。全てをきっちり決めてやるのはあまり得意ではありません。楽しみがなくなってしまう気がして。それが私のやり方です。フィッティングや体に合わせたときに、いろんなことが次々に起こります。大切なのはしっくりくるものを追求することなので。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.

ダル:ソラブから何を学びましたか?

スプリヤ:彼は物事をとても深く、理性的に見つめます。彼から服のシンボリズムの話を聞いて、目から鱗が落ちたような気分でした。私のやり方にも通じるものだと思ったし、以前の作品で触れた記号や物事についてもう少し深く考えるきっかけにもなりました。ただコレクションをつくらなきゃと思うよりも、自分のことを再確認するほうがクールだしセクシーですよね。その方が地に足がついて、しっかり何かに根差しているような感じがします。

ソラブ:ゴアで過ごした夜、僕たちは作品については話しませんでした。そこに至るまでの過程については話したんですけどね。スプリヤは健全な不安というか、自分に対する疑いのようなものを持っています。僕はよく自分の作品をこう捉えています──彼女も同じだと思いますが──作品はもっと大きな何かの残留物に過ぎない、と。

Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.
Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019
Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.
Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019
Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.
Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.
Sohrab Hura's photographs Supriya Lele SS22 in i-D 367 The Out Of Body Issue
Supriya Lele SS22 campaign. Photography Sohrab Hura.
Sohrab Hura's photography in i-D 367 The Out Of Body Issue
Image from Sohrab Hura, The Coast, self-published (Ugly Dog), 2019

Credits


Photography Sohrab Hura.
Creative direction Jonny Lu Studio.
Fashion Emilie Kareh.
Production Smita Lasrado at featartists.
Models Shimron Nathan, Shimei Nathan, Sana Thampi and Rodali Dutta.
Special thanks Magnum Photos.

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