Rati in his bedroom, by Piet Oosterbeek

ファッションを通して社会規範に挑むトビリシの若者たち

デムナ・ヴァザリアを筆頭にクリエイティブ・シーンが盛り上がりを見せているジョージアの首都トビリシ。オランダ人フォトグラファー、ピート・オースタービークはそこで暮らす若者たちの姿を冷静に見つめている。

by Rolien Zonneveld; translated by Nozomi Otaki
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18 March 2020, 9:31am

Rati in his bedroom, by Piet Oosterbeek

ここ数年、トビリシのクリエイティブシーンが盛り上がりを見せている。その中心にいるのは、デザイナーのデムナ・ヴァザリアや世界的な知名度を誇るテクノシーンの後を追いかける、ファッションを愛してやまない若者たち。年2回開催されるファッションウィークには、この街を〈今チェックするべきファッションの発信地〉と銘打つエディターが世界中から集結する。

オランダ人フォトグラファーのピート・オースタービークは、別の目的で、偶然ファッションウィーク開催期間中のトビリシを訪れた。「ファッションのサーカスが現れ、あっという間に消えていく光景はまさに壮観でした」とピート。

「元々はすぐに出発するつもりでしたが、一瞬の滞在では惜しい気がしたんです。そこでこの街に残り、今注目を集めている新たなクリエイティブシーンを徹底的に調べることにしました」

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Mariam

トビリシは、これまでずっとカルチャーの中心地だったわけではない。アジアと東欧の交差点であるジョージアには、波乱に満ちた悲惨な過去がある。1990年代、ソ連から独立したばかりの同国は内戦状態に陥り、その結果、深刻な経済危機に直面した。

今も複雑な過渡期のまっただ中にあるこの国で、新たな世代が世界のカルチャーシーンに影響を与えようとしている。残念ながら、そこには様々な試練が待ち受けている。ジョージアでは厳格で保守的な社会規範がいまだに根強く、今なお絶大な権力と影響力を誇るジョージア正教会がそれらを強化してきた。

その結果、ジョージアのLGBTQI+コミュニティは、特に暴力的な抑圧の対象となっている。2013年、トビリシで行なわれたゲイプライドパレードで、参加者たちが聖職者や極右の抗議者たちに殴られる様子は、いまだにコミュニティの人々の脳裏にこびりついている。

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Salome

ジョージアを訪ねる前、LGBTQI+コミュニティの窮状について聞いたピートは、この国の抑圧的な社会規範に異を唱える数人の若者と連絡をとることにした。また、彼は通りや広場、公園で、ファッションを通して何かしらのカウンターカルチャーを表現しているスケーター、アーティスト、ミュージシャンなど、彼のプロジェクトに共感してもらえそうな若者たちにも声をかけた。

「染めた髪、タトゥー、ピアスは、僕のような西欧出身のひとにとっては、一見そこまでラディカルには思えないかもしれない。ただオルタナティブなだけです。でも、彼らといっしょに過ごすうちに、彼らが選ぶスタイルの本当の意味にすぐに気づきました」と彼は回想する。

「たとえば、僕が撮影した女の子は、彼女が〈神父の娘〉というイメージに合わないという理由で、神父である父親にずっと文句をいわれていました。家族からは、彼女の青い髪、タトゥー、ピアスが家族の顔に泥を塗ったと責められ、彼女は自己表現を抑えつけられたように感じたそうです。それでも彼女は、なりたい自分になる自由のために闘おうとしていました」

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Nutsubidze

ピートは、ジョージアの若者たちが真の自由を享受し、同じ夢を抱く仲間と出会うために、音楽づくり、好きな服を身にまとうこと、スケート、グラフィティ、クラブ通いをとおして、いかに根強い保守的な社会規範に抵抗しているかを説明した。

彼が若者たちの撮影の舞台に選んだのは、トビリシのあちこちに点在する、ブルータリズム的な美しさを湛えたソ連時代の古い建物。彼は、モデルのひとりで今も定期的に連絡を取っているというラティに、モデルたちが誇らしげに立つ背後にある建物は、かつてのジョージアのメタファーのようだ、と語った。

「するとラティは、自分もそんな〈詩的な〉見方ができたらいいけど、このコンクリートの建物は、決して逃れられない刑務所のような場所だ、と教えてくれました。この建物を見ると、自分が人質に取られているように感じる、と」とピートは説明する。

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Matt (alias)

ラティの言葉は彼の心に深く響き、自分が西洋的な、やや美化したレンズを通してこの街を捉えていることに気づかされたという。

「悩んだり、自分の写真家としての立ち位置に疑問を覚えたのは、今回が初めてではありません。外国で撮影をしていると、よく裡なる葛藤を体験します。自分はここで一体何をしているのか? ここの文化やひとびとを搾取し、結局は別の場所に持ち帰り、まったく違う文脈で展示するためだけに写真を撮ってはいないだろうか? 被写体となるコミュニティを尊重しながら、常に自問自答を繰り返し、葛藤することは、写真家の義務だと思っています」

「でも、僕が撮影したひとびとは、こういうプロジェクトが世界的な注目を集めるきっかけになる、とポジティブに捉えてくれていました。世界がジョージアのクリエイティビティ、文化、アイデンティティに興味を持てば、おのずと政治情勢にも関心が集まる、と彼らはいっていました」。ピートはさらにこう付け加えた。「僕は、社会から拒絶された若者たちに声を与えたかったんです」

ラティの寝室の壁にスプレーで描かれたフレーズをとって〈Everything OK not OK〉と題されたこのシリーズは、ピートが若者たちから聞いた話とともに、アムステルダムで展示された。その両方を収めた写真集も発売されている。

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Nutsubidze
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Luka and friends
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Saint Nino monument
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Sofo

Credits


Photography Piet Oosterbeek
Courtesy of Troublemakerz Agency

This article originally appeared on i-D UK.

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