Slava Rusova. Photography Artem Emelianov

ロシアのクィア・ミュージック・シーンを牽引する新世代アーティストたち

80sインスパイアなドリーミーポップから汗まみれのベースメントレイヴまで、ロシアのLGBT+ミュージック/ナイトライフシーンは、この国に暮らす若者のイメージを変えつつある。

by Anastasiia Fedorova
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29 May 2020, 8:00am

Slava Rusova. Photography Artem Emelianov

ロシア北部、北極圏内に位置する街ノリリスク。住民は20万人以下で、厳しい気候で知られた工業都市だ。この街の歴史を刻んできたのは、ニッケルや銅などの採掘、そしてソ連時代の強制収容所。音楽の道にはなかなか結びつかないし、クィアでいることも容易ではない街だ。

それでもノンバイナリーのシンガーソングライター、オーガスティン(Augustine)にとってはこの街がインスピレーション源だという。彼女のデビューシングル「Papa Sever」(ロシア語で〈父なる北方〉の意)は、彼女の故郷へと捧げる頌歌だ。

「この曲はノリリスクという、私にとってパワーと着想の源である特別な場所について歌ってます」とオーガスティンは話す。「この街につながる道はない。鳥だけがたどり着ける場所。歌詞は私の悲しみから、曲は私の嘆きから生まれました。もともとはバラードになる予定だったけど、もっと人生を肯定するような曲にしたくて。この北極圏からの叫びに合わせて、みんなに踊ってほしいと思ったんです」

現在22歳のオーガスティンは、子供の頃から自分はみんなと違うと感じていた。そしてのちに、ノンバイナリーをカミングアウトする。彼女の官能的で夢幻的なヴォーカルは、ジェンダースペクトラムを超越している。彼女のソングライティングには、メタファー、人魚をはじめとする伝説の生物、そして〈普通〉の現実になかなか適応できないでいる創造力豊かなクィアたちの心を掴む言葉遣いに満ちている。

アルチョン・エメリヤーノフ(Artem Emelyanov)が監督を務めた「Papa Sever」のMVは、ケイト・ブッシュやプリンスがロールモデルだった1980年代のカルト的ポップミュージックの儚く眩しい世界観を想起させる。まさに現実化した夢であり、アウトサイダーのクィアたちの讃美歌だ。

作品自体も素晴らしいが、ここにはコミュニティの力が込められている。このMVの制作費はロシアのクィアカルチャーを扱うDIYメディアの〈O-zine〉がクラウドファンディングで調達した。わずか4日で800ポンド(約10万円)が集まったのは、ひとえにクィアの仲間たちや支援者のおかげだ。この事実から、ロシアのLGBT+の若者たちが、自分たちが社会の一員として認知されるために熱心に取り組んでいることがわかる。そして、特にこの使命を果たす代表者として彼らが信頼しているのが、新世代のクィアミュージシャンたちだ。

ロシアはLGBT+コミュニティに対して厳しい国として知られており、彼らは暴行、ハラスメント、差別などの直接的な暴力に常にさらされて生きている。さらに彼らは、社会の一員として認められない、という間接的な暴力にも苦しんでいる。2013年に成立した悪名高い〈同性愛宣伝禁止法〉の下では、メインストリームのメディアや公共の場において、クィアの声が受け入れられる余地はない。

しかし、それでもなお、新世代アーティストたちは諦めずに自分たちの活動する場を、特にインターネット上に求めている。2018年にドミトリ・コザチェンコ(Dmitry Kozachenko)とサーシャ・カザンチェヴァ(Sasha Kazantseva)がロシアに暮らすクィアの若者たちのクリエイティビティを提示する場として立ち上げたO-zineもそのひとつだ。

「これまでもロシアには秀でたクィアミュージシャンがいました。だけど彼らは、クィアであるとオープンにすることには今以上に用心深かった」とドミトリは指摘する。

「SNS、特にInstagramの興隆で、数百人ものブロガーたちがクィアであることをオープンにして活動し始め、若いミュージシャンたちも声をあげるようになりました。彼らにとっては、自分のオーディエンスに隠し事をしないことが大切なんです。ロシアのLGBT+ミュージシャンたちにとっての主要なテーマといえば、愛、親密さ、そして想い。自分たちの愛が普通ではないと社会や政府にレッテルを貼られ、それをどこにも表出する場がないとしたら、静かなる抗議をするしかありません」

しかし抗議は常に〈静か〉というわけではない。その、もっとも見事かつ過激な例が、2019年に公開されたエンジェル・ウルヤノフ(Angel Ulyanov)の「Davai Zamutim」のMVだろう。adidasの3本線入りトラックスーツに身を包んだバズカットの不良たちが、荒涼とした街の中を闊歩する。彼らは暴力的、威圧的な振る舞いをしているが、それはロシアにおける男性性の概念にそぐうものだ。彼らがひとけのない地下道でネオンカラーの髪をした歌手に出会うとき、私たちは当然のように二者の衝突を予想する。

しかし、ここで発生するのは暴力ではなく、ヴォーギングでの衝突だ。ヴォーギングはNYのボールルームシーンで生まれたカルチャーで、大胆不敵さの象徴である。それが、ホモフォビアを解体する力になるのだ。男性性を自分らしく大胆に表現したエンジェルはオープンリー・ゲイで、クィアコミュニティの境界線を超越するだけでなく、その先にある境界線をも消し去るような音楽を生み出している。

厳しい現実に対し、より穏やかに立ち向かおうとしているのがヒリスティーナ(Hristina)だ。ヒリスティーナの「Slova」(ロシア語で〈言葉〉の意)のMVの舞台は、荒廃した、建設現場とディストピアのあいだにある場所。しかし曲が進むにつれ、そこは年齢やジェンダーを超えた愛、触れ合い、相手への優しい気持ちに満ちた地となる。

ヒリスティーナはノンバイナリーで、自分の創作過程で重要なのは自らのアイデンティティだと考えている。例えばヒリスティーナのデビューアルバムは、ヒリスティーナが愛した全ての女性へ捧げた作品であり、さらにそれ以上に深い意味をもつ。

「自分がクィアであることは、間違いなく私のクリエイティビティにとって大切です。曲の中で、私は自分の感情や思考を表現しています。それは往々にして愛、人間関係、幼い頃の記憶に結びついています」とヒリスティーナは語る。

ロシアのクィアミュージックシーンを牽引する新世代アーティストたちは実に勇敢だ。それは社会から非難されるような想いを発信していることだけではなく、より大きなクィアムーブメントの顔として行動していることからも明らかだ。

SVRNYのスラヴァ・ルソーヴァ(Slava Rusova)は、シングル曲「Tired」のMVで、元彼女との恋愛関係を赤裸々に告白した。そこまでオープンに語ることに恐れはなかったのだろうか?

「それが自然だったんです。私はクィアで、クィアであることについて歌ってる。だからMVもクィア的であるべき。自らの存在を社会に認知されることは重要だから、私たちはこのMVを、自らのアクティビストとしての宣言、〈私たちはここにいる。私たちはクィアである。慣れてくれ〉っていうメッセージにしたかったんです」

いっぽうで、パフォーマンスや行動をより重視するクィアミュージシャンもいる。彼らにとってそれは、虐げられた存在としての〈現実を超えた現実〉を表現するための手段だ。SHORTPARISというバンドは、ポストロック的な音楽に演劇的な要素、詩、パフォーマンス、官能的なコレオグラフィーなどを融合する。彼らのステージで視覚的に表現されるのは、ロシア社会における有害な男らしさ、ジェンダーにまつわる根深いステレオタイプ、暴力だ。

また、サンクトペテルブルク出身で現在はベルリンを拠点とするサド・オペラ(Sado Opera)も、パフォーマンスを武器に、平等を求める闘いに挑んでいる。「〈テクノのおとぎ話〉、サド・オペラ。メイクとコスチュームをまとってプレイするクィアバンド。ディスコ、ハウス、ファンク、エレクトロが融合した音楽で、インクルーシビティ、自由、存在感、セクシュアリティについて語る」と彼らは自身について説明する。

現代ロシアのクィアミュージックは、ひとつのジャンルにとどまらず、実験的なポストロック、インディロックから、アヴァンギャルドなポップス、あるいはクラブライクなサウンドまで幅広い。その幅広さは、ロシアのLGBT+コミュニティに属する若者たちの姿をそのまま反映している。彼らは自分の寝室で安全に過ごすこともあれば、クィアフレンドリーのバーやライブ、レイヴに集まり、アンダーグラウンドのイベントを楽しむこともある。

ロシアでいちばん大きなイベントといえば、2016年、ニキータ・エゴロフ=キリロフ(Nikita Egorov-Kirillov)が立ち上げた、モスクワで開催されるクィアレイヴ〈Popoff Kitchen〉だろう。このイベントは、クィアテクノカルチャーを実際に楽しめる場として重要な役割を担っている。例えるならロンドンの〈Chapter 10〉やベルリンの〈Herrensauna〉と近い。

Angel Ulyanov by Artem Emelianov
Angel Ulyanov

「ロシアのクィアミュージックシーンはまだ大きいとはいえないけど、成長しているのは確かです」とニキータ。「LGBT+のアーティストたちが登場し始めているし、彼らは若くてオープン。数年前なら、こんな状況になるなんて想像もできなかったと思います。私はSHORTPARISエンジェル・ウルヤノフが好きで、フォローもしてます。DJなら、Popoff KitchenのレジデントDJのキリル・シャポヴァロフ(Kirill Shapovalov)やラウムテスター(Raumtester)。彼らはヨーロッパでもプレイしてるんですよ。あとはサンクトペテルブルク出身のナスチャ・レイゲル(Nastia Reigel)も」
ナスチャ・レイゲルは、サンクトペテルブルクを代表するクィアレイヴ〈Grahn〉の共同創始者で、ポストインダストリアル/ポストパンク/ノイズミュージシャンのローザ・ダマスク(Rosa Damask)としても活動している。

彼女はベニューやクラブといった空間から、より大きな現象、すなわち彼らが達成しようとしているイデオロギーの変化を生み出そうとしていると語る。「私は自分が特定のジャンルやアイデンティティの内側にいると思わないようにしています」とナスチャは断言する。

「本当に大切なのは、みんなが心地よく、自由にいられるということ、そして他者への敬意を忘れないことだと思うんです」

ロシアのクィア・ミュージック・シーンの新しい波は、まだ生まれたばかりだ。しかし、厳しい環境の中でこれまで生み出されてきた作品を考えれば、明るい未来が待っていることは間違いないだろう。さらにそれらの作品を聴くことで、LGBT+コミュニティだけでなく、ロシアで生きる若者たちの見る景色、抑圧に直面したときの恐怖や弱さだけではなく、勇気や愛で彩られる経験を理解することができる。ここでは、全ての些細な、凡庸な出来事が、インスピレーションの源になりうるのだ。
「祖母のパール、すりむいたヒザ、開け放たれた窓、ゴミ箱。そういう全てのものが、ベッドから出て交響曲を作るためのパワーになる」とオーガスティンはいう。「音楽は、私のクィア表現にとってのカギであり、自分のジェンダーアイデンティティについて語るための手段。私の特別な力です」

Augustine by Artem Emelianov
Augustine

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Credits


Photography Artem Emelianov

This article originally appeared on i-D UK.

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