リナ・サワヤマ×プッシー・ライオット「ファストファッションみたいな音楽は作りたくない」【対談前篇】

2020年代の幕開けにふさわしい傑作アルバム『SAWAYAMA』を発表したリナ・サワヤマとロシアのパンクアクティビスト集団プッシー・ライオットのナージャ・トロコンニコワによる初対談。前篇は二人が口を揃えて重要だという歌詞や現代のポップミュージックが担う役割、そしてちょっと奇妙なラブソングについて。

by Sogo Hiraiwa
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21 July 2020, 10:51am

2020年はポップミュージック誕生以来最も音楽が鳴らない年になるだろう。新型コロナウイルスの流行によって世界中でツアーや音楽フェスは軒並み中止に、日本でもライブハウスやクラブが(保証なき)自粛要請によって営業停止を余儀なくされている。人々の生活も一変した。とあれば音楽の受容のされかたや求める音楽も変わってくる。それもあってか、新作発表を先送りするアーティストも現れた。

そんななか悠然と予定どおりに発表されたのがリナ・サワヤマ(Rina Sawayama)の1stアルバム『SAWAYAMA』だ。一聴するにこの自信に満ちたリリースの理由も頷ける。ジャンル越境的なサウンド、苗字を冠したタイトルからも明らかな「家族」「アイデンティティ」という普遍的なテーマ、そして現代社会に向けられた鋭利な批評眼──そのどれもが人類規模でのモードの急転換にも耐えうる強度をもち、なおかつ極上のポップスとしてパッケージされているのだ。

激動の2020年にふさわしいこのアルバムはすでに多くの批評家や音楽メディアから絶賛されているが、以前からリナ・サワヤマのファンを公言していたのがナージャ・トロコンニコワだった。ロシア発のアクティビスト集団プッシー・ライオットの主要メンバーでもある彼女は、近年積極的に音楽制作に取り組んでおり、今年だけでもすでに警察暴力に対するアンセム「1312」や、ブラック・ライブズ・マターとロシアで起こったメンバーの不当逮捕から着想を得た「Riot」をリリースしている。

チャーリーXCXやドリアン・エレクトラなど共通の知り合いは多いもののこれまで直接会う機会はなかったという二人の初対面が、今回オンライン上で実現。現代におけるポップスの役割やクィアコミュニティの復興、日常のなかで実践できるアクティビズムについて、ロンドンとロサンゼルスの各自宅から白熱した対話が交わされた。

「恐れ」との付き合いかた

リナ・サワヤマ:ハイ、ナージャ! 初めまして。

ナージャ・トロコンニコワ:初めまして。いつだったか忘れたけれど、「STFU!」を聴いてひと目惚れしたんです。

リナ:ありがとう。すごく嬉しいです。

ナージャ:心を鷲掴みにされました。というのも、私がいま制作しているアルバムをジャンル・ベンディング度の高いものにしようとしているんだけれど、それが理由でディトリビューターと揉めているんです。彼らは「この曲はニューメタルだからアルバムには入れるべきじゃない」だとか「この曲はアルバムにはポップすぎる」って言うんですよ。もう2020年だというのに。ポップといっても、ドリアン・エレクトラとディラン・ブラディと一緒に作っているのはいわゆる“ポップ”とは違うんだけれど……。それはともかく「STFU!」に圧倒されました。私のパートナーは「作曲がすばらしい。分析しなくちゃ!」と言ってききませんでした(笑)。

リナ:私の曲を分析したの?

ナージャ:そう(笑)。3時間繰り返しリピートして。

R:それはヤバい! 嬉しいなあ。私は昨日の午後から、ずっとあなたの動画を見てました。ドキュメンタリーやインタビューをひっきりなしに。もちろんあなたやプッシー・ライオットのことは前から知っていたし、ドリアンからもいろいろ聞いていたけど。それにたしかチャーリー(XCX)とも曲を作ってたんですよね?

ナージャ:チャーリーとは2015年に一緒に曲を作りました。「My Sex」という曲なんですが、しばらくお蔵入りになっていたんです。まだプッシー・ライオットとしてどう音楽と向き合えばいいのか決めかねていた時期で。それで結局、数年後にブルック・キャンディが歌うことになりました。チャーリーとは『POP 2』ツアーのNY公演とパリ公演でも共演しました。彼女は最高です。

リナ:ですよね。私もチャーリーに頼まれて『POP 2』ツアーのロンドン公演に参加しました。ドリアンともそのとき初めて会いました。だから私たちお互い前から知っていたんですよね、会ってなかっただけで。会う前から応援できるのはインターネットならではのおもしろさですね。

ナージャ:本当に。いつかリアルでも会いたいです。ところでロンドンはいまどんな様子ですか?

リナ:コロナでみんなリラックスしてますよ。お店も営業を再開し始めたところで、距離を保てば家の庭に他人を呼べるようにもなった。ナージャはいまアメリカですか? ロシア?

ナージャ:アメリカとロシアを行ったり来たり。できれば向こうで暮らしたいだけど、警察に監視されるのでアーティスト活動ができないんです。今年2月にロシアでMVを撮ろうとしたんです。特段激しいものでもない、普通のビデオですよ。場所と機材を借りて、いざ撮影しようとしたら、警察が現れて「ゲイのプロパガンダ動画を作るんじゃない。さっさと帰れ!」と。

リナ:ええーっ?!

ナージャ:電源を切られて、すべておじゃんになりました。ロシアではこういうことがあるんです。警察は年中私を尾行しています。家にレインボーフラッグを掲げていたら罰金を科されて、友だちと街を歩くだけで逮捕される。そんなだからいまはロサンゼルスにいます。警察にかかずらわうことなく、音楽に集中したいので。

リナ:あなたがどこかのインタビューで、「もしロシアでアクティビストになりたければ、恐怖と共に生きなければならない。でも恐怖について考えてはダメを受け入れること。何が起こるか知っていても、それについて考えないこと。でないと、恐怖に押しつぶされてしまう」と話していたのを思い出しました。信じられない。プッシー・ライオットとして成し遂げてきたことはもちろんですが、あなたがアイコンとなり、いまここで息をして存在しているそのこと自体がある種のアクティビズムだと思います。

ナージャ:ロシアでアクティビストでいるのは簡単なことではありません。けれどもし何かを真剣に変えたいのなら、リスクを負うのは当然です。恐怖といえば、クリエイティブに関わる人間なら誰もが恐れ(フィア)と向き合っていますよね。あなたは上手くフィア・マネジメントができているように見えるのだけれど、作曲するときに恐れはありますか?

リナ:内なる恐怖はもちろんあります。私はクリエイティブな家庭で育ったわけではないし、そういうキャリアを奨励してくれる家でもありませんでした。両親は私がロンドンで暮らすために多くの犠牲を払いました。だからプレッシャーを感じていたんです。

それから、作曲するときには必ずパーパス(意図・目的)を持つようにしています。ポップの構造のなかにそれを埋め込み、歌詞に深みを持たせたいんです。人々が何度も聴けて、聴くたびに新しい何かを発見できるように。そこにはメッセージもあります。あなたのようにMVを使うこともあります。それでもやっぱり、作るときは恐い。私たちの教育システムでは、クリエイティブになるように教えられていないですからね。でも、日々の実践あるのみです。内なるクリエイティブ・チャイルドに栄養を与えて育てていくことがなにより重要だと思います。

憧れのブリトニー 、憧れのコカ・コーラ

ナージャ:小学生のときは誰に憧れてましたか?

リナ:ずっと歌手に憧れてました。ブリトニー・スピアーズを見て、私もああなりたいと思ったんです。でも自分とのつながりは見出せなくて。

ナージャ:同じです、私もそうでした。

リナ:ですよね? ブリトニーは赤ちゃんの頃から仕事を始めていて、「ミッキーマウス・クラブ」でTV出演もしている。彼女のようなちびっこスターになるには、相当以上のお金が必要なんですよね。ダンス教室に通えるような。私がファースト・アルバムの契約を結んだのは29歳になってからでした。ポップ・アーティストとしてはかなり遅咲きですが、それが人びとのインスピレーションになればいいなと思っています。創作の時間は常に確保していたけど、20代はほとんど普通に働いていました。

ナージャ:どんな仕事をしてたんですか?

リナ:クリエイティブな会社のスタートアップのための融資管理をしていました。なぜそうした会社が最初の3年で破産してしまうかを知れたのは後から考えると有意義でした。クリエイティブなアートを作り続けるために必要なことを学べたんです。短いあいだですが、ネイルサロンと移動式アイスクリーム屋でも働きました。あなたはどうでしたか?

ナージャ:物心がつく頃には普通の仕事はしないと決めていました。ただ6歳のときは、広告を作りたいと思っていましたね。ロシアが90年代に入り資本主義を謳歌しはじめた頃です。当時の私たちにとって資本主義は「自由」を意味していたんです。そうではないといまならわかるのですが、6歳だった私はそのことに無自覚で、コカ・コーラや大好きな甘味物のコマーシャルを作る気でいました。ある意味、夢は叶っています。私が宣伝しているのはラディカルな政治的アイデアですが、それは正直コカ・コーラを宣伝するよりずっと楽しいことだと思います。

リナ:自分が本当に信じている曲を発表してお金を稼ぐというのはある意味革命ですよね、その対価で暮らしていけるわけだから……でも私はずっとそのシステムと闘っているんです。「XS」という曲はまさに資本主義と消費文化について描いているけど、一方ではマーチ(物販)を作ってもいて。矛盾してるし、偽善的ですよね。難しいのはつまり、物を売らないとお金を回収できない資本主義システムの外でどんな風に存在できるのかがわからないから。レーベルは私にたくさんお金をつぎ込んでいるから、私はマーチなどを売ってお金を稼がなければならないんです。

リナ:でもそのアイロニーはいつも念頭に置いています。自分自身のチェックは怠らないようにしているし、この業界がいかに馬鹿げているかについてドリアンやムード・キラー(Mood Killer)ともよく話します。それから「いまはSNSのおかげでクールだよね」という話もしています。同意していないプロジェクトを数百とこなす代わりに、本来やるべきことに集中できるようになっているって。

ファストファッションみたいな音楽は作りたくない

ナージャ:あなたは誠実に自分の考えを歌詞のなかに入れていますよね。ラッパーならいるかもしれないけれど、ポップミュージックでそれをやっている人はほとんど知りません。そのことに私は強く勇気づけられたんです。というのも、数年前にドリアンと一緒にこの世界の愚痴を言い合っていたとき、それを曲にしようということになり、Wordに言いたいことを書き出していったら、論文みたいになって(笑)。それを曲に置き換えるという作り方をしたんです。最初はやりにくさを感じていたけれど、うちらはガリ勉だからこのやり方しかないと受け入れるようになりました。

リナ:そうやるべきですよ! 「Comme des Garcons(Like the Boys)」は政治家のベト・オルークの傲慢さについての会話からできました。明らかに負けているのにもかかわらず「私は勝つために生まれてきたのです」と言ってしまうような男性特有の自信や、それがいかにトキシック(有害)になりやすいかについて話していたんです。それを笑える感じに反転させたのが「Comme des Garcons」で、自信を持つことがジェンダー化されていることや女性が男性(ボーイズ)のように振る舞わないといけないことの馬鹿らしさについて描きました。

リナ:あなたは他のポップアーティストとは全く違うバックグラウンドを持っているんだから、それに寄り添うべきだと思います。これまでの経歴をなかったことにはしないでほしい。ラブソングはすでに何万とあるわけだから、これ以上要らないですよ。もちろん描きたかったら描けばいいし、私も数曲歌っているけれど、新しいものにチャレンジするほうがずっと面白いでしょう。

私にとって歌詞は重要です。もし歌詞が意味不明だったりありふれたものだったりしたら、繰り返し聴こうとは思わないし、聴くたびに新たに何かを得ることもないですよね。こういうと保護主義者的に聞こえるかもしれないけど、いまは音楽が有り余っているので、人の視聴時間を無駄にしなくないですし、ファストファッションみたいな音楽は作りたくないんです。過剰消費されるのではなく、時間をかけて楽しみ大切にされるものにしたいんです。

ナージャ:あなたの音楽にはそれをしっかり感じますよ。ラブソングといえば、前に一度だけ書こうとしたことがありました。でも失敗しました(笑)。「ОНА / HER」という曲でこんなストーリーです。ある女性がバーで別の女性と待ち合わせをしているのだけど、その人は現れず、代わりに有害なマッチョ男がナンパしてくる。「お前に必要なのは女じゃなくて男だ」とか言って。そのあと酔いながらも彼女は自分の家に帰るのですが、男は家までついて来る。そして「愛は暴力だ」と言ってレイプしようとしてきたその男を彼女は殺すんです。

リナ:ヤバい(笑)。私も前にあるラブソングを書こうとして、レイプ男を殺すという結末になりました。いいメロディやいい歌詞はそれだけで好きだし、オールドスクールなノリで作曲するアーティストも大好きです。でも、政治性を隠さないアーティストにはすごく惹かれるんです。思うに、あなたも私もポップという概念を覆して、武器みたいなものにしようと思っていますよね。私はキュートなポップとか予期できないもので人の脳をゆっくり染めていくのが好きですね。

ナージャ:私がいま考えているのは、アートと政治をいかに接合させるかということです。政治的な発言をするポップシンガーは多くいるけれど、スタジオに入ると全く政治的でなくなってしまう。音楽業界やカルチャー全体の次なるステップは、それらを融合させることではないでしょうか。1968年を生きた人たちともよくそういう話をするんです。1968年はとても画期的な年で、いま私たちが暮らしている文化や政治の基礎を築いた年でもあります。2020年との違いは、彼ら曰く「68年当時、人びとは悦び(ジョイ)と政治を接合させる術を熟知していた」ということ。いまは多くの人がアクティビズムを真面目な顔をしてやるべき事務仕事として扱っていますよね。パーティとは関係のないものとして。けれども、物事が大きく動きだすのは、人びとが政治をパーティに持ち込むときです。

リナ:すごく興味深いです。私が感じているのは、ミュージシャンがSpotifyやApple Musicといったストリーミングサービスを重視するあまり、音楽が口当たりの良いものになってきているということです。みんなプレイリストに曲を入れてもらいたがっている。それが長く聴いてもらうことや、ストリーミングでの収益につながるからです。歌詞がクレイジーすぎたり、間ジャンル的だったりすれば、プレイリストにピックアップされない。だから、議論を呼ぶような(コントラバーシャルな)個性の側面をSNSのなかに留めておく人の気持ちもわかるんです。一般ウケする曲を作っていたとしてもそれで成功したら、SNSでより大きな影響力を持てて多額のドネーションができるようになるなら、それも悪くない。向き不向きもあるので、どっちもいることが大事だと思います。

でも、さっきあなたが言ったことは正しくて、ラップはより世界を反映していますよね。ここ数年を代表する曲を考えてみると「This is America」のチャイルディッシュ・ガンビーノやケンドリック・ラマーはまさしく詩人で、時代を映した力強いアートを生み出している。ラップというジャンルにはそれが期待されてもいる。でもポップスにもそういう曲がもっとあってもいいし、メインストリームになればいいですよね。

ナージャ:ポップ・アーティストはもっと快適でいられるべきで、そのためには彼/彼女たちがいまの居場所をリスクにかける必要があると思うんです。その兆しはすでにあって、たとえばクィアネスが音楽のなかで言及されることが増えてきましたよね。次の3年で、変化が起こる予感はしています。

リナ:アメリカの人たちはすでにその準備ができているような気もします。というのも、政治についてどう話されているかという点でUKは事情が違う。汚職のレベルなどを考えても、アメリカの政治はずっと先にいっているという印象を受けます。でも、ポップカルチャー全般において、ある種のルネッサンス(復興)は必要ですよね。5年前、テレビでアジア人を見ることはほとんどありませんでした。パーティとかで会う人が私を比較するときに挙げるアジア人女性はルーシー・リューとサンドラ・オーくらいだった……でもいまはアジア人がより頻繁にテレビ出演するようになったし、アジア人を描いた物語や映画も増えてきた。それを扱うメディアも台頭してきています。

ナージャ:ずっと訊いてみたかった質問があるんです……

「リナ・サワヤマ×プッシー・ライオット「社会を揺さぶるクィア、ポップス、アクティビズム」【対談後篇】」に続く

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