『ドラァグ・レース』にも潜む体形差別。なぜプラスサイズクイーンは優勝できないのか?

米国をはじめ、世界各国でも製作されている人気番組『ル・ポールのドラァグ・レース』。しかし、番組開始から11年が経過してなお、プラスサイズの優勝者はひとりもいない。その裏には、私たちが無意識のうちに抱えている体形差別があった。

by Gina Tonic; translated by Nozomi Otaki
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13 October 2020, 7:48am

ここ数年、『ル・ポールのドラァグ・レース』をめぐって、リプレゼンテーション(表象)の議論が白熱している。

例えば、トランスパフォーマーやバイオクイーン(※シスジェンダーの女性、トランスジェンダー男性、女性として生まれたノンバイナリーの人びとが扮するドラァグクイーン)の出場について、またはオンラインのファンベースにおける有色人種のクイーンの扱いについてだ。

そのいっぽうで、プラスサイズのクイーンは、常に番組に出演していた。ラトリス・ロイエールからジグリー・カリエンテまで、『ドラァグ・レース』には毎シーズン、少なくともひとりはプラスサイズの出場者がいた。

しかし、米国では12シーズンと5回のオールスターズ、英国で1シーズン、タイで2シーズンが製作され、カナダ版も今年7月に公開されたにもかかわらず、プラスサイズの優勝者がひとりもいないのだ。

これを運だ、と言い切ってしまうのは簡単だが、歴代の優勝クイーンたちの実力を疑うことはなくても、肥満を嫌悪する社会でなければ、こんな結果にはならなかったはずだ。

優勝クイーンからファンに人気のクイーン、そもそも出場が許可されるクイーンまで、同番組はあらゆる点で多様性に欠けると批判されてきたが、体形差別についてもこの批判は当てはまるといえるだろう。

シーズン6で4位となったデリアン・レイクは、そもそも準備段階から、プラスサイズとして番組に出演することの難しさを実感したという。

「持ち込めるスーツケースは5個だけだから、身体が大きいとすぐいっぱいになってしまう」と彼女は説明する。「ファッションにおけるプラスサイズの人びとの表象はまだ十分とはいえないし、自分に合う服をつくっているデザイナーを探すのは大変なの」

出演前から持ち物を制限されるということは、それだけ優勝のチャンスも遠ざかるということだ。さらにデリアンは、番組収録にまつわる苦労も明かした。

「身体の大きさに関係なく、この番組で競うのは体力的にすごくキツい。スタミナがないと、延々と続く収録でクタクタになってしまう」

“スタミナ”は、多くのプラスサイズの人びとにとって、複雑な意味をもつ言葉だ。確かに私たちプラスサイズの人びとの体力は、より身体の小さな人びととは異なるかもしれない。

しかし、無意識のうちに能力を〈平均以下〉とみなされることが、多くのプラスサイズの人びとの活躍を妨げている。『ドラァグ・レース』のような競争の場においてはなおさらだ。

「ダンスでも衣装づくりでも、あらゆるチャレンジにおいて、プラスサイズのクイーンは、他のスリムなクイーンを超えるとはいわないまでも、同等の実力があると証明するために、他の誰よりも努力することが求められている気がした」と指摘するのは、この番組のプラスサイズの視聴者、メグだ。

「なぜかというと、プラスサイズのクイーンはうっかりミスをしたり、みんなについていけなくなった瞬間に追い出されるってわかってるから。他のみんなにできることができないっていう、ただそれだけの理由で」

『ドラァグ・レース』の競争において、プラスサイズのクイーンは物理的な制約に直面するだけでなく、精神面でのプレッシャーにも頭を悩まされることになる。

あるチャレンジで、ジンジャー・ミンジが「真面目なクイーンたちには団結力がある」としてジェイディン・ディオール・フィアースをチームメンバーに選んだとき、私は心から嬉しかった。プラスサイズの人びとは、日頃から競争や人生の重みを実感している仲間たちと結託して、毎日を生き抜いているのだ。

サーシャ(・ベル)が敗退し、自分がよりスリムなクイーンたちと番組に残されたときのジンジャーの複雑な心境は明らかだったが、番組は彼女自身をあえて辛辣に見せるかのように編集されていた。

勝者と敗者のルックスの差が歴然としている『ドラァグ・レース』では、プラスサイズのクイーンが身につけるドレスは「似合わない」と批判されたり、低評価を受けることが多い。

「この番組に出るクイーンたちは、ステレオタイプな〈女性らしい〉シルエットを見せるよう、過剰なプレッシャーをかけられます」と番組の熱狂的なファンでフェミニズム映画の評論家、グレースは主張する。

「プラスサイズクイーンは、しっかりシルエットを絞っていなかったり、パッドを付けていないことを指摘されることが多いような気がします」

グレースの指摘は、決して事実無根ではない。スリムなクイーンには許されることが、プラスサイズのクイーンにとっては(敗者復活戦である)リップシンクに繋がることもある。

例えば、英国版『ル・ポールのドラァグ・レース』シーズン1で、サム・ティン・ワン(Sum Ting Wong)は窓のブラインドでジャケットをつくったことを褒められたが、そのいっぽうで乳首に絶縁テープを貼って「男の」裸の胸を見せたことを批判された。

サムのこのルックは、米国版シーズン7出場者のマックスやバイオレット・チャチキを彷彿とさせる。このふたりは裸の平らな胸にニップレスをつけていたが、審査員の評価はまったく違っていた。

さらに、ジンジャー・ミンジがレザーとレースの衣装でエルヴィスを演じたときは審査員たちはほぼ無反応だったのに、数年後の『オールスターズ』シーズン3で、ナオミ・スモールズがその衣装を真似たときは、チャレンジで勝利を収めた。

プラスサイズの出場者がやればごく平均的とみなされることでも、他の誰かがやれば〈革新的〉になるのだ。

英国版『ル・ポールのドラァグ・レース』シーズン1に出場したヴィネガー・ストロークスによると、審査員や出場者に限らず、ファンのあいだでも「痩せた白人クイーンをもてはやす」風潮があるという。

「Instagramのフォロワー数を見れば一目瞭然。プラスサイズ、黒人、年上のクイーンは、痩せた白人クイーンほど支持されていない。白人で痩せていなければ番組に残れなかったようなひともいるのに」

デリアンもヴィネガーに同意し、彼女の指摘についてさらに詳しく説明した。「審査員に見た目を気に入られなければ、太ったクイーンはすぐに切り捨てられる。それに身体の大きなひとは、怠け者だとか不潔だとかだらしないというレッテルを貼られやすい」

体形差別が浸透している番組で苦戦を強いられるだけでなく、『ドラァグ・レース』のプラスサイズの出場者たちは、彼女たち自身や身体が笑いの的になることを期待される。

シーズン9でアレクシス・ミシェルがリーディングチャレンジのあと、体形のジョークに不快感をあらわにしたとき(しかもクイーンたちが摂食障害について率直な議論を交わした次のエピソードだった)、彼女は神経質すぎると批判された。

その後の再会エピソードでも、ミシェルのジョークに対する反応が引き合いに出された。そこで彼女は、腹を立てたことについて謝罪を強いられ、他の出演者もまるで彼女が繊細すぎるかのように受け止めていた。

デリアンも、この〈自分を笑い者にする〉というイメージについて、「プラスサイズのひとは陽気で滑稽だという先入観」があり、それに不満を訴えれば「ファットシェイミングやいじめに神経質」だとみなされるという。

問題は、腹を立てたことを責められたのが(番組中でも世間一般においても)マイノリティだった、ということだ。『ドラァグ・レース』は、他のあらゆるコンテンツと同様、悪意ある体形差別にどっぷり浸かっており、私たちは抗議の声を上げるだけで悪者扱いされる。

ファットフォビアの規制や撤廃については、テレビ業界でも、社会全般でも、ほとんど議論される機会がない。たとえ合計21シーズンが製作された世界的なリアリティー番組で、プラスサイズの優勝者がひとりもいなくても、責められるのは〈実力不足のデブ〉であり、彼女たちを絶対に勝たせない番組側ではないのだ。

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