【完全版】『ミッドサマー』アリ・アスター監督が語る、韓国映画への嫉妬と期待の裏切り方

​現代ホラーの傑作『ヘレディタリー/継承』で世界を震撼させたアメリカ屈指の若手監督アリ・アスターによる新作『ミッドサマー』が公開。「映画オタク」を自称する監督が、韓国映画に対する愛と嫉妬、ホラー映画の作法、劇中に散りばめられた細部について語る。※ネタバレあり完全版・3/26更新※

by Takuya Tsunekawa; photos by Hideya Ishima
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20 February 2020, 8:00am

取材に持参した韓国映画『地球を守れ!』や『ビー・デビル』のDVDを差し出して好きな映画か尋ねると、アリ・アスターは即座に肯首した。『ヘレディタリー/継承』で身体に染み付くような悪夢へと観客を導いた彼は、新作『ミッドサマー』を作るうえで、これら異なるトーンやジャンルを組み合わせて操る韓国映画からの影響を公言している。

「私は韓国映画が大好きです。韓国の新しい作品にいま最もワクワクする。遊び心があって冒険心に溢れ、様々な映画の要素をこれでもかというほどたくさん詰め込でいる。もちろん韓国映画はひとつの機械から生み出されているのではなく、多様な監督たちが集まって刺激的な作品を作っている。なかでも『地球を守れ!』はお気に入りで、私にとって重要な一本です。ひとつの映画のなかに可能な限り多くの映画要素を詰め込みながら、ちゃんと成立させていることに驚いたのです。笑えるし、悲しいし、怖いし、感動もする」

「『パラサイト 半地下の家族』は2019年の私のベスト映画で、面白くないという人に会ったことがない。ジェラシーを感じます。ポン・ジュノは以前からずっと素晴らしく、『母なる証明』『グエムル 漢江の怪物』『殺人の追憶』も最高でした。パク・チャヌクの作品もとても興奮させられる。特に『渇き』が一番好きだけど、『お嬢さん』や『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』も大好き。イ・チャンドンの『バーニング』や『シークレット・サンシャイン』も素晴らしかった。ナ・ホンジンの『哭声/コクソン』は、ここ10年で最高のホラー映画だと思う。韓国映画の発明の水準には常に舌を巻いています。幸いにもいま活躍してる韓国の監督たちとたくさん知り合うことができたのですが、彼らには近しいものを感じるので、同じ時代に映画作りができて嬉しく思っています」

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本作『ミッドサマー』で、女子大生ダニー(フローレンス・ピュー)は、恋人クリスチャン(ジャック・レイナー)や彼の友人らに同行し、スウェーデンのホルガ村で90年に一度、夏至=ミッドサマーに催される祝祭へ赴くことになる。妹が両親を巻き込んで一家心中を図ったことで大きな喪失とトラウマを負ったダニーは、燦々と陽が照り続ける異国の地へ出かけることで傷心を回復、克服しようと考えたのだ。

人里離れた村に到着すると、一行は花の冠と刺繍が施された白いフロックを身にまとった村人たちからサイケデリックなキノコとともに迎え入れられる。それによってダニーたちが幻覚症状を覚え始めると同時に、この映画のイメージ自体も歪み始めていく。奇妙な祝祭の儀式が進むにつれて、彼らのあいだに不安や疑念が生まれ、目の前で展開するグロテスクな出来事にショックを受けるように、私たち観客もまたその事態に対する混乱をそのまま知覚していくのだ。

羽目を外すためにヨーロッパ旅行を企てた利己的で軽率なアメリカの観光客たち、そして文明から離れた未開の地を訪れた彼らが横柄なマイクロアグレッション(自覚なき差別)のために異文化の禁忌を犯して、村に囚われるという構造は、たとえばイーライ・ロスの『ホステル』や『グリーン・インフェルノ』のようなホラー映画を彷彿ともさせる。

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しかし、アスターにとっては、恐怖は目的を達成するための手段にすぎないようだ。彼は、ホラーの様式を利用しながら、機能不全に陥ったカップルの有害な関係を描くことを試みている。ひとつの物語のなかに全く異なるジャンル同士を巧妙に織り込んでいるのだ。

「『ホステル』や『グリーン・インフェルノ』は、ホラーの伝統に則って作られている部分があると思う。たとえばそれは『ウィッカーマン』などのフォークロア(民間伝承)映画、そしてシャーリイ・ジャクスンやエドガー・アラン・ポーらが築いた文学の伝統にも連なるものです。ここで浮かんでくるのは、そうした伝統をふまえたうえで一体何ができるのか、という問いです。現代の作家たちは、伝統に敬意を払いながらも、どうしたら自分らしい作品を作ることができるのかを模索しているのだと思います」

「ただ、この作品が『ミッドサマー』としてアイデンティティを持ち、それ自体が自立して機能するなら、それが本望です。『ミッドサマー』は『ヘレディタリー』と同様に、私にとってパーソナルな映画です。『ヘレディタリー』は私の家族との体験、『ミッドサマー』は彼女と別れたばかりだった頃の失恋体験から着想を得ています。私はひとりのジャンル映画好き、映画オタクとして、ジャンルに貢献しながらも私にしか語れない物語を作るにはどうしたらいいかをいつも考えているのです」

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映画の冒頭で、ダニーは悲劇的に家族を失い、孤児となる。おとぎ話の古典的な導入である。未来のプリンセスは、遠い国へと旅に出るのだ。本作は、映画全体を描いたストーリーブックのイラストレーションから始まり、劇中にはこれから起こる出来事を予告しているかのような壁画やタペストリーが散りばめられている。

タイトルインの直後、ダニーのアパートの壁には、熊の鼻にキスをしている王冠をかぶった少女の絵(スウェーデンの画家ヨン・バウエルの1918年の絵画「poor little bear!」)が飾られている。アスターは、これらを物語の予兆や前触れとして機能させている。

「映画館に来ている観客は予告編を見て、『ミッドサマー』がどういうジャンルの映画か、そして主人公たちの研究旅行が愉快な見物には決してならないことを知っていますよね。いわゆる、ジャンルの約束です。私は、それを覆そうとしていたわけではありません。むしろその約束には合意します。でも合意したからといって、観客が予想できてしまう映画にするのはつまらないことです。だからオープニングで、観客に物語の展開を明らかにし、あなたが主人公たちの末路をわかってることは私もわかってるし、わかっていようが関係ないのだと示しているのです」

「あたかも驚きの展開が待っている、というようなふりはしたくありません。結末は誰の目にも明らかです。重要なのは、どうやってそこに辿りつくのかです。早々に期待を裏切ることができれば、映画体験を異質なものにできるのです。現在、映画は、どういう展開が待ち受けているかを楽しむものではなく、不可避のものとして扱われています。なぜ逃れられないなのか──それはみなさんがチケットを買ったからです(笑)」

「そこで大切になってくるのが、(映画という)不可避のなかで、最終的に何を感じさせられるか、そしてこれがどんなストーリーなのかということです。アメリカやイギリスからやって来た学生たちはお先真っ暗なフォーク・ホラーのなかにいるけれど、主人公ダニーだけは全く異なる物語のなかにいます。もし私がジャンルの伝統にひねりを加えているのだとすれば、その部分ではないかと思います。そして、それこそが私の関心事でもあったのです。最も注意を払ったのがダニーであり、彼女の物語でした。彼女から見たこの物語は、おとぎ話です。だから冒頭もストーリーブックの特性を持ったのです」

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『ミッドサマー』で被害者となるのは、女ではなく、男たちだ。ジャンル映画のお約束的展開をツイストさせるアスターの試みは、ジェンダーの描写にも及んでいる。特徴的なのは、クリスチャンが村の女性マジャ(イザベル・グリル)からセックスに誘われる場面だ。しばしばこれまでの通常のホラー映画あるいはエクスプロイテーション映画では、女性が傷つけられ、性的屈辱を受ける場面が盛り込まれていた。

本作で起こる事象は、そこから反転がなされている。ここでは男性であるクリスチャンが、村の女性たちの目的のために性的に搾取されるのだ。彼女たちは近親相姦を防ぐために外界からの来訪者を受け入れているのである。

「確かに意識はしていました。この場面でクリスチャンを演じたジャックが全裸であることはとても重要でした。ほかの女性たちも裸で登場するセックスシーンで、彼も同じように裸の脆い状態になること、そしてこのような物語でよく女性が搾取されるのと同じような形で彼が搾取されることが重要だと考えていたのです。それと、彼が小屋から走り出るシーンではペニスの先に血が付いているのですが、その表現をとても誇らしく思っています」

この物語の悪は、一見カルト的な集団に見える村ハルガの人々ではない。ダニーの感情に無頓着で疎ましくすら感じているクリスチャンなのだ。村人たちは、悲嘆に暮れるダニーの心情に同調し、共依存関係を提供する。受容された空間で、プリンセスは機能不全のロマンスの修復のために自己犠牲を払うのではなく、その有害な彼氏を捨てる。ボーイフレンドが犠牲を払ってカタルシスが訪れるのである。

しかし、アリ・アスターのしたたかで邪悪なもくろみは、それだけではない。『ヘレディタリー』の終盤で、画面の隅に不気味な幽霊が写り込んでいた瞬間があったことを思い出してほしい。その異変に気づいた観客たちは身が縮む思いをしたことだろう。アスターは『ミッドサマー』でもまた、画面の背後に“隠された顔”を忍び込ませている。

「そのように人によっては見えたり、見えなかったりするようなディテールを忍ばせておくことは、映画作りの楽しみのひとつです。そうすることで、観客により積極的な作品との関わり合いを促すことができる。目の前に見えているものがすべてだったら、豊かな作品だとは言えないし、何度も観返すこともないでしょう。私は、様々なレイヤーをできる限り重ねていく構造が好きなのです。今回のあの顔も作ったときは、ささやかすぎて誰にも気づかれないかもしれないと思ったけど、最近はソーシャルメディアのおかげで誰か気づいた人がすぐツイートしてくれるので(笑)。ディテールを隠したり、それによって観客が細部に注意を払うようになるのは面白いことですね」

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『ミッドサマー』は2020年2月21日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

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