真のインクルーシビティとは? Random Identities 2020秋冬
「ファッションは変わらなければいけない」。ベルリンで活躍するステファノ・ピラーティは、業界のルールを覆し、信じる道を突き進む。
Image courtesy of Random Identities
スモークが立ち込める、ライトアップされたインダストリアルな空間は、ステファノ・ピラーティのRandom Identitiesのショーにまさにふさわしい舞台だった。2018年にブランドを立ち上げた彼が、ピッティ・ウォモを訪れるのはこれが初めてではないが(最初に訪れたのは12歳のとき)、2016年に拠点をベルリンに移して以来、彼のスタイルは大きく変わった。
カシミアを用いた上質なクチュールは鳴りを潜め、クラブキッズ風のスタイルや快楽主義的なテクノシーンの要素が目立つようになった。だからこそ、今回のコレクションにも、ベルリンの有名クラブ〈ベルグハイン〉のガードマンも満足するに違いない、シンセサウンドにぴったりな実用的なアイテムが揃っていた。
しかし、多様なひとびとが暮らすクロイツベルク的な雰囲気を全面に出しつつも、本コレクションは紛れもなくイタリア的だ。ステファノ自身も、レオパード、ラインストーン、レースなど、エレガントなテーラリングの魅力、美しく着飾る歓びには抗えないらしい。

ショーに参加したのは、ステファノの友人、彼がベルリンの家族と呼ぶ同年代のクリエイターたち、ファティマ・ジャマールやジェイムズ・ジャネット、MJハーパーといった長年のミューズ、そして彼がクールだと思うキッズ(文字通りの「子ども」)たちだ。
BGMは、ホイットニー・ヒューストンの「It’s Not Right But It’s OK」とチャカ・カーンの「I’m Every Woman」のカバーをつなぎ合わせたトラック。カシミアのセーターは、ラインストーンが散りばめられていたり、ブラレットがベルトのように巻き付いていたり、レースプリント入りのパリッとしたコットンシャツの上に重ねられていた。
ぎゅっと絞ったシルエットのテーラリング、ウエストマークのジャケット、スカーフのようにたっぷりとドレープの入った、鮮やかな幾何学模様のニットも登場した。足元のブーツは厚底で、どこかミスマッチな印象すら受ける。モデルの多様性、アイテムの汎用性を通して、ステファノが私たちに伝えたかったのは、個々の着こなしよりも立ち居振る舞いのほうが大切だ、というメッセージだ。
Random Identitiesがステファノ自身のイメージに深く根差しているのは、彼が長年、Yves Saint LaurentやMiu Miu、Armani、Zegnaなど、名だたるブランドで目も眩むような高みを味わってきたからだろう。本コレクションには、参照するべきブランドの伝統的なルールも、企業理念も存在しない。あるのはステファノらしさと彼の着こなしだけだ。そして、彼は地球上でもっともおしゃれな男のひとりと言っても過言ではない。ショーの最後を飾ったのもステファノ自身で、クラシックなダブル仕立てのキャメルのコートに身を包み、コンクリートのランウェイを闊歩した。
「これはコレクションではなく、アイデアの結集です」と彼はショーの後に語った。「これは僕がすでにつくり終えた作品です。たしかに服を〈集めたもの〉ではありますが、従来のコレクションとは違う。『つくったものを発表して、調整を加えて、ショールームに置いてバイヤーに見せる』というのが本来の流れですが、今回は違います。そのプロセスはすでに終わっているので」

ステファノは今回のショーに先駆け、Instagramでコレクションを公開した。なぜなら写真を投稿し、ひとびとの反応を見ることが、彼にとっての出発点だからだ。彼は、ラグジュアリーファッションの長々としたプロセスに見切りをつけた。従来のファッション業界のシステムを回避することで、業界の現状を見直し、よりオーガニックな手段へと統合したのだ。
この取り組みは〈直接販売〉と呼ぶこともできるだろうが、彼の非常にパーソナルなアプローチと比べると、やや企業的でふさわしくない気がする。「ファッションは変わらなければいけない」と彼は訴える。
「個人的には、ファッションが死んだとは思わない。変わったのは、業界のやりかたです。マーケットは飽和状態で、みんな退屈している。僕たちはこれからも意欲的なアイデンティティを生み出し続け、時代とともに進化しなければ創造性は失われてしまうということを明らかにしていきたい」
彼のいう通りだ。〈インクルーシビティ〉は、ファッション界ではただのトレンドに過ぎないのかもしれない。しかし、ステファノ・ピラーティにとっては、生まれ持った才能なのだ。










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