Wales Bonnerが打ち出す新たな黒人男性のアイデンティティ

皮を何枚むいても、その下に新たな驚きが顔を出すグレース・ウェールズ・ボナーの世界。

by Lynette Nylander
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11 October 2016, 8:24am

グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)は探究のひとだ。彼女の作品は見るものの感情に訴えかけ、「いったい自分は何を知っているというのか」とわたしたちを自問に向かわせ、「もっと深く知りたい」と思わせるディープな体験作品だ。ハイウェストのデニムスーツから、コヤスガイの花綱装飾をほどこしたダメージ加工のヴェルヴェット・ジャケットや、スワロフスキークリスタルが配され王冠のように輝くヘッドキャップ……。グレースの作品をまとった男性モデルたちはまるで美しいアフリカン王族のようだ。

グレースはモデルたちを、彼女の物語を表現してくれる大切な役者たちと捉えている。「彼らをよく知りたい」と、彼女はイーストロンドンの静かなスタジオで語る。「そして、作品の制作過程に私が学んだことを説明することで、彼らには物語の一部になってもらいたいんです」。彼女のデビューとなったコレクションは「アフリーク(Afrique)」、ついで2015年秋冬コレクションは「エボニックス(Ebonics)」と名付けられた。「エボニックス」は、若手デザイナーを支援する非営利団体Fashion Eastのもとで開催された最初のショーとなった。そして最新となる2016年春夏コレクションは「マリック(Maiik)」と名付けられた。彼女のコレクションは"ブラックネス(黒人性)"の規範的概念を一新する力を持っている。グレースの言葉でいえば、彼女のコレクションは「まだ定義付けされていない物に可能性を与えること」をテーマとしている。

グレースは優しく物静かで、しかし揺るぎないヴィジョンを持っている。その断固たる姿勢は、部屋の中央に置かれたラックに吊るされた彼女の服を見れば明らかだ。壁に写真が無造作に貼られ、デスクに油絵のポストカードや本が置かれた部屋はこじんまりとして心地よい。書斎のような空気感がある。それも当然かもしれない。グレースはただのデザイナーではないからだ。ファッション・デザイン科で修士号を取得してセントラル・セント・マーチンズ校を卒業したばかりの24歳だが、彼女はデザイナー以上の存在だ。歴史研究家であり、ファッション界にある黒人男性のステレオタイプをコレクションごとに打ち消してアイデンティティを再定義する教育者でもある。「繊細になければならないと肝に銘じています。黒人男性のアイデンティティはとても大きな概念ですから。繊細に取り組まなければ、いろいろな歪みが出てくる。ファッション界ではそんな歪みがいたるところに生まれているでしょう? ファッション界にはデリカシーに欠けるひとがあまりにも多い」

グレースのヴィジョンは、彼女が育ったロンドン南東部のダルウィッチをベースに形成されている。「父はジャマイカ人で、母はイギリス人だから、同時に2つの環境で育ったようなものでした。ロンドンで混血として生きる苦悩は、いつでも私につきまとっていました。私が通った学校はロンドンの南西部にあって、そこでは黒人サイドの自分を皆に証明しなければならないように感じていたんです。『黒人なのか?』といつも問いかけられているように感じていました。自分が何者なのか、どんな人間になりたいのかを自分のなかで明確にしていく上で、あの頃の経験はとても有益でした」

今の彼女へと導いた最初のきっかけはファッションへの興味ではなかったようだ。「私が情熱を傾けていたのはアートとドローイングでした。だけど、ひとがどんな服を着て、その服を着ることでどんな物語や雰囲気がそこに生まれるかということには、いつも敏感だったんですよ。そこから自分の美的感覚が形成されていったのは自然な流れでした」

芸術家ケリー・ジェームズ・マーシャル(Kerry James Marshall)から写真家マリック・シディベ(Malik Sidibe)、20世紀初頭のニューヨークに巻き起こったアフリカン・アメリカンの芸術・文化ムーブメント「ハーレム・ルネッサンス」の詩人たち。そして70年代アメリカのアフリカン・アメリカンを描いたブラックスプロイテーション映画やセネガルの市場に至るまで、グレースの視野は無限とも思えるほどに広い。彼女は、世界に散らばらざるをえなかったアフリカンの文化を吸収し、それを反映したコレクションと緻密なプレゼンテーションで、現在、世界でもっとも注目される若手メンズウェア・デザイナーとなった。

コレクション会場のシニカルなファッションエディターや批評家たちからお世辞であっても拍手が起これば、それは「成功」と考えられる。彼らのコラムで少しでも書いてもらう——簡単に言えば「衝撃」が大切とされる。それが今日のファッション界だ。しかしグレースは、ファッション界とその態勢には関心がない。彼女のコレクションにあったエレガンスこそが「衝撃」となり、ショーのプレゼンテーションにはエディターや批評家たちが書かずにいられない力強さがあった。モデルたちは、絶望の淵で気高く生きる王族の末裔のように静かに、力強くそこに存在していた。「エボニックス」コレクションを見たエディターたちは息を飲み、中には涙を流すものもいた。ファッション誌にはグレースとそのショーを絶賛するレビューが溢れた。ファッション界のスターが誕生した瞬間だった。

「あの頃は疲れ切っていたから、賛辞は個人的な喜びとして感じただけでした。ショーのスペースは当日まで見ていなかったんです。実際にスペースや服、ライティングやモデル、演出を一緒に見ないことには、ショーを創造するプロセスを始めることはできません。でも実際にすべてが一体になったところを見たとき、思わず泣いてしまって。何日も寝ていなかったんですが、あの瞬間はすごく幸せでした」

本誌のシニア・ファッション・エディター、ジュリア・サル・ハモア(Julia Sarr-Jamois)は、写真家ハーレー・ウィアーとともにグレースの「エボニックス」作品の撮影のため、セネガルのダカールへと飛んだ。グレースはこれに同行した。現地のレスラーたちが自前の服と合わせてグレースの服をまとう写真は、レトバ湖で撮影された。ピンク色の湖をバックに、彼女の服をまとった現地の男性たち——セネガルという国の美しさと作品の美しさがお互いを高め合っていた。

「慌ただしかったけど、良い作品ができあがったと思う。あの色、あそこで聞こえた音、あの暑さ——あの地域には親密さがあって、でも外の世界ともきちんと繋がっている空気感がある。伝統的な服を着ているひとの後ろを、中国産の偽ブランドスニーカーを履いたひとが通ったりして。これまで私が行ったなかで、ダカールはもっとも素晴らしい場所だった。撮影を見物していた人々は私たちが何をしているのかよく分かっていないようだったけれど、モデルの男性たちは皆とても真剣に取り組んでくれました。彼らに着てもらった服はどれもフェミニンなものだったんですが、彼らはすすんで手をつないだり、肌を合わせたりしてくれて。セネガルの文化には敬意を払いながら、でも私の服と今回の撮影のテーマは"自分のセクシュアリティとメンタリティを完全に受け入れる"ということ、そして"男性らしさと女性らしさとは何か"を追求することだったから、私の物語を体現してくれたモデルたちにはとても感謝しています」

この旅に触発されたグレースは、その体験をもとに「マリック」コレクションを作り上げた。16世紀、奴隷として売られた子供のマリック・アンバーの物語を再解釈したコレクションだった。

グレースは、次なるステップをどのように考えているのだろう? ファッション業界大手との関係構築や、より多くのお金を望んでいるのだろうか? 「いいえ。私は私が興味のあることをやり続けるだけです。執筆やコラージュ、服作り、世界への参加——そのどれも、世界に向けてやらなくていい。個人的なものづくりでいいんです。ヨーロッパという枠の中でものづくりをしていても、独自の世界を確立するアーティストたちがいる。私のものづくりもそうでありたい。私は、個人的な意味でのラグジュアリー・ブランドへ成長したいと思っています」

グレースは「黒人男性=ストリート」という概念を一掃しようとしている。彼女の作品は、未来を覗く鍵穴だ。ファッション界が追いつくあいだに、グレースはさらなる革新を続けるだろう。「もう少し洗練されて、ひとびとに衝撃を与えるようなものを作りたいんです。その衝動はいつでも私の中にあります。着ることで力がみなぎるような服を作るということ。そのためには、ある方面で徹底的に突き詰めることで、ほか要素で帳尻を合わせないといけなくなることもあります。ヴィジョンを打ち出しつつも、ひとびとが服を理解するためのスペースも同時に与えなくてはいけないんです」

Credits


Text Lynette Nylander
Photography Harley Weir 
Styling Julia Sarr-Jamois in collaboration with Grace Wales Bonner
Styling assistance Ashlee Hill, Bojana Kozarevic
Production ProxSyProd
Co-production Sylvia Farago LTD
Retouching Rachel Lamb
Models Cheikouna Mb Fall and El Hadji Samb
Cheikouna and El Hadji wear all clothing Grace Wales Bonner. Accessories and shoes models' own.
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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