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Vivienne Westwood AW17:「男女共同コレクション」のゆくえ

2017年秋冬コレクションがロンドンから始まった。多くのブランドがメンズとウィメンズのラインを合同発表する予定の今季、Vivienne Westwoodがその先陣をきった。

by Anders Christian Madsen
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12 January 2017, 1:37am

ファッション業界は今、歴史が更新されていくのを目の当たりにしている。世の中が注目する類いの歴史ではない。しかし、編集者やバイヤーにとっては、新たなファッション・サイクルや、メンズとウィメンズのコレクションをひとつのショーで発表するブランドが登場するなど、新たな試みとシステムに初めて組み込まれるコレクション・シーズンとなる。先日、Siblingが男女コレクション合同発表を行なったが、ロンドン・メンズ・ファッションウィークの最終日となった今日、ヴィヴィアン・ウエストウッドがレッド・レーベルとメンズウェアをひとつのショーで発表した。ロンドンに続くミラノやパリでも、Paul Smithがメンズのショーでウィメンズのラインを合同発表し、Gucciがウィメンズのショーでメンズのラインを合同発表する予定となっている。このファッション革命は、ある意味でファッション業界を根底から変えるほどの出来事だ。「ユニセックス」という概念は、古くはフェミニズムの概念とともにムーブメントにまで発展したもので、特に90年代以降には一般化を見せてきた。いま起こっているファッション革命の一部として「メンズとウィメンズ両ラインをひとつのショーで合同発表する」ということは、デザイナーたちがこの「ユニセックス」という概念を真に向き合い、カタチにしていく好機となるだろう。Vivienne Westwoodのデザイナー、アンドレアス・クロンターラーが言うところの「メンズとウィメンズを同時進行で制作することができるから」というのが、その主な理由だ。

「シェイプも生地もカラーもすべて、『メンズ』『ウィメンズ』という概念を取り払って考えようと思ったんだ。やってみたら楽だったよ」と、Vivienne Westwoodのクリエイティブ・ディレクターでありヴィヴィアンの夫でもあるクロンターラーは、ショーのバックステージで語ってくれた。「出来上がったものを、今度は男の子に着せてみたり女の子に着せてみたりしてみた。ジェンダー関係なしにね。そうすると、"誰が着て誰に似合うか"、という次元の問題になってくる。男の子にドレスを着せてみたら、似合うけど、日常では着れない——でもそうやって既成概念を取り払って、まるで着せ替え人形で遊ぶように服を作るのは楽しかった。それに、結局ファッション・デザインとはそういうものなんだよね。ゴミ箱を漁って見つけたものを切ったり編んだりして王冠を作り、人形の頭にのせてあげる——そういうものなんだと思う。リサイクルというのではなく、ホームメイドの何かを作り出している感覚があった」と、クロンターラーは手作り感溢れる今回のコレクションについて語った。そしてこの「繊細な手作り感」こそは、今季ロンドンで行なわれたショーの多くに感じられた要素だった。ヴィヴィアン・ウエストウッドは、言うまでもないが、これまでも「ユニセックス」という概念を強く打ち出してきた数少ないデザイナーのひとりだ。ロンドン・パンクの伝説的人物たちとともにヴィヴィアンが率いたパンク・ムーブメントは、この「ユニセックス」をひとつの重要な基礎としていた。そしてそれが今回、クロンターラーが初めて形にした「男女ショー合同開催」というフォーマットに、独自の視点を生んでいた要素でもあった。

これまでもクロンターラーが数々のショーで提案していた「ジェンダーの垣根を取り払ったファッション」観——男性がドレスを着て、女性がマニッシュなテーラードのアイテムをまとうという世界観は、今回のショーでも健在だった。しかしそれは、今回のコレクションがジェンダーや男女の身体的特徴を除外して作られていたということではない。その逆だ。「メンズウェア、ウィメンズウェアという考えも、同じく重要なんだ」とクロンターラーは強調した。「どう言葉にすればいいんだろう……大きめのパンツが流行れば大きなパンツが欲しくなるし、タイトなものが流行ればタイトなパンツじゃなきゃイヤになる。ファッションはそういうもの。だから、メンズとウィメンズがあってこそユニセックスが成り立つんだ。そうでなければ、僕がこれまで作り上げてきたショーをなんて呼べばいいんだ?男に女性の服を着せるのも楽しいけど、女性に女性服を着せるほうが楽しいに決まってるんだよ。女性のための女性服を作るほうが、当然ながらハードルが高いんだ」。Vivienne Westwoodは多様性においてあらゆるレベルでパンク精神を体現しているブランドだが、同時にセックス・アピールにおいてもパンク精神を体現しているブランドなのだ。各ジェンダーに備わった否定できない身体的特徴も、きちんと考慮に入れている。

例えば、Vivienne Westwoodが定評を得ているテーラリングの世界観を見てみてほしい。「Vivivenne Westwoodは、40年前の『ワールズ・エンド』コレクションなど、パンク時代にもテーラリングを用いていたんだ。Vivienne Westwoodには長いテーラリングの歴史があって、だからこそのノウハウと経験がある。テーラリングというのは積み重ねるもの。大切なのは、惜しみない表現——主張だね。これでもかというほど突き出した大きなラペルとかね。長い間、ファッションは抑圧されてきたと思う。何かを祝福しようと思うなら、大きく表現しないと。大きいものって、やっぱりそれだけで魅力的だろう?」とクロンターラーは話す。この「主張」こそ、Vivienne Westwoodの存在感を如実に表す言葉だろう。どのショーでも、Vivienne Westwoodは政治的メッセージを強く打ち出してきた。ショーツのプリントにまでそれを色濃く打ち出してきたのだ。「ヴィヴィアンは、自分の信条を洋服に表現するひと。それをグラフィックやキャンペーン、マニフェスト、そしてショーツを通して語っている。全部彼女が考えたことだよ」

男女のコレクションが合同で開催され、「単純な二分化でジェンダーを見極めない」という考えが広がりを見せているポスト・ポストモダンの現代において、「メンズ」と「ウィメンズ」を分けて考えることは間違いなのだろうか?私たちは、メンズであろうとウィメンズであろうと、着たいものを分け隔てなく選んで着るわけだから、男女コレクション合同発表の成功は、実際のところ、ファッションのプレゼンテーション形式として、従来のそれよりも優れているかどうかを基準として計られるべきものなのかもしれない。Vivienne Westwoodのショーは、まぎれもなく「成功だった」と言っていいだろう。それはメンズとウィメンズというふたつの性を明確に意識して作られたコレクションだったからであり、また、パリで発表予定のウィメンズ・ラインのショーでメンズウェアを合同発表しない方針を打ち出していたからだろう。パリで発表予定のウィメンズ・ラインは、いかにユニセックスのコンセプトが崇高で実際的であろうとも、メンズウェアと一緒に発表するには不適切なのだ。「女性のための服作りを探る姿勢」がコンセプトの根幹にあるラインだからだ。男女のコレクションを合同で発表するという形式には、いくつかの危険が内在している。まずは、単純計算でもひとつのショーで発表するアイテムの数が2倍になるわけで、通常のショーで基準となっている10分という時間ですべてを披露するのは実質的に無理がある。通例のショーでも、10分で集中力が切れるときがあるのだ。今季のファッションウィークは始まったばかり。世界の各ファッション都市でのファッションウィークが幕を閉じるとき、私たちの視野が開けているのか、それとも混乱のうちに置き去りにされるのか——見守っていく必要があるだろう。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.